第14話/罠
数分に渡る追跡劇は終わりを迎えそうだ。
奴の息が上がっているのが分かる。走るスピードが明らかに落ちている。しかもこの先は袋小路だ。
「さてと、そろそろ諦めたらどうだ」
俺は、行き止まりと知りながらもなお逃げる幽霊に声をかけた。
奴は俺の問いかけに一瞬振り向き、ヤケを起こしたか右に方向転換した。そこは建物が建ち並んでいるのにどうしようってんだ。
俺の疑問に答えるように奴は立ち止まり、ニヤリと笑ってみせた。
すると、奴は建物と建物の隙間の細道へ入っていった。
嘘だろ。そんな道あったのかよ。
俺もそれに倣って細道に入るが、狭すぎて歩く事しか出来ない。煩わしい。
やっとの思いで細道を抜けると、急に視界が拓けた。
雑草すら生えない剥き出しの地表。隅に乱雑に置かれた鉄パイプ。
見渡す限り広大な更地だ。
幽霊は更地の中央に仁王立ちして、俺の到着を待っていたようだ。
確かここにはデパートがあったっけ。
幽霊が虚無に向かって話しかけた。
「多少計画ハズレタケド、ナントカココマデ誘導シマシタヨ」
「!」
誘導……!
しまった……!
幽霊の謎を解いている時はそれを視野に入れていたが、追い掛けるのに夢中になってすっかり忘れていた。
俺の後を追った桃瀬と疾風宮がここにくるのも時間の問題だ。ヤバい。
不幸にも、その「時間」はすぐに訪れた。
遠くからゼエハア言う声が聞こえ、あの細道から桃瀬と疾風宮が飛び出してきた。
「お前ら‼︎」
俺は、待ち構える敵を気にする間も無く奴等の元へ駆け寄った。
「はぁはぁ……灰君……足速すぎ……はぁ…… 」
「もー、何こんなんでバテてんの! 男の子でしょ? 灰。えーっと、どーなってんの?」
「まったくお前らは……。そのヤジ馬根性だけは認めてやる。でもな、そこら中に大勢の怪物が潜んでいるんだ。逃げろ。マジでヤバい」
「ソノ通リ」
いつの間にか後ろに怪物が立っていた。
俺は怪物と桃瀬達の間に滑り込み、盾として立ち塞がった。何となく予想していた黒幕だったので、特に驚く事はない。
俺は、ボスを睨みつけながら余裕たっぷりに挑発した。
「へーえ、やっぱりあんたらか。こんなまどろっこしい事して更に仲間も沢山いるようだね。そこまでして勝ちたいの?あ、ごめん。そこまでしないと勝てないんだったね。ミノタウロス君」
「俺達ノ可愛イ弟ガ世話ニナッタナ」
「ああ、あの不細工の事か」
「何ダト……!フッ、調子ニ乗ッテラレルノモ今ノ内ダ。オイ、テメエラ!」
ミノタウロスが一声掛けると、建物の隙間からゾロゾロと幽霊とミノタウロスが雪崩れ込んできた。
元々幽霊は戦闘向きではなく、某特撮の黒い全身タイツより弱い。
だが……この広大な更地を埋め尽くさんばかりの人数。多すぎる。 恐らく時間稼ぎの為だけにいるんだろう。
ミノタウロスも結構な数だ。少なく見ても30匹はいる。
俺は、ボスを睨んだまま桃瀬と疾風宮に声をかけた。
「いいか、俺がこいつらの注意を出来るだけ逸らす。だからお前らはその間に逃げ」
「ヤダね」
疾風宮が口を出した。
「僕も……僕も戦う」
「はぁ? 何言ってんだよ。まだ一週間も訓練してない奴が戦える訳が」
「この数相手に独りで戦うなんて無茶だ。僕にも力がある。守られるだけじゃ嫌なんだ。僕も、僕も灰君の力になりたいんだ……!」
桃瀬がポカンとした顔で俺達のやり取りを見ているが、今、説明する暇はない。
真剣な声で訴える疾風宮を見て、ふと昔の自分を思い出した。
闘志が籠っている。いい目だ。
「分かった。桃瀬の護衛、任せるぞ! 」
「任された! 行ってらっしゃい! 」
頼んだぜ。
俺は疾風宮と拳を合わせると、大勢の敵軍に独りで突入していった。




