第3話/器用だけど不器用
まず卵の黄身を潰しカップの底から手首を効かせて空気を含ませる様に生地を混ぜていく。
この時含ませる空気の量は多くても少なくてもいけない。
「へぇ、仲がいいと思ったら幼馴染みだったんだね」
「そうなの。こいつ昔からクールぶっててさ、そのくせひとりになるとなんか悲しそうで。訳わかんないよ」
温まったホットプレートに油をしき、生地を流す。生地の形をスプーンで整えるのだが生地を潰さないよう注意する。
豚ロースを乗せる時は、肉の上に余った生地を少量伸ばす。そうすると肉が縮まず綺麗に仕上がるのだ。
「もしかして昔からこんな性格だったりした?」
「そう。中学校、いや小学校の頃から全然変わってないよ」
生地のフチが固まってきた。そろそろひっくり返すか。見てろお前ら。プロの技を。
ヘラをお好み焼きのフチにかけて少しずつ持ち上げる。ちゃんと火は通っているようだ。ヘラを左右均等に深くさし、手前にひっくり返す。
コツがあるとすれば「びびらす、思いっきり」だ。
「狼月君っていつもお好み焼き屋行くとこんなんなっちゃうの?」
「なんでもその道七年のプロなんだって。私が焼こうとすると怒るの。面倒くさい鉄板奉行ね」
二回目のひっくり返しの前はきつね色になるまでしっかり火を通す。
半端な焼き上がりだとひっくり返す回数が増えるからだ。多すぎず少なすぎない三回がベスト。
さて、もういいかな。ひっくり返しますか。
「ねぇねぇ鉄板奉行さんよぉ〜。黙ってないで会話に参加してよ〜ねぇったら〜」
「や、やめろ桃瀬! 俺がくすぐり弱いの知っててわざと腹を……あっ、ああっ」
「あはっ、笑った」
桃瀬が微笑んだ。この天使の顔をした悪魔め。
「別に笑ってなんかないし……はっ! お好み焼き!」
慌ててひっくり返したが俺のお好み焼きはきれいにこんがり焼けていた。あ、危なかった。
さて、あと一回ひっくり返せば完s
「わーすごーい! やっぱりお好み焼き焼くのは灰が一番上手いやー!」
「おっと待て、ソースを塗るのはまだ早い。あと一回ひっくり返さないと」
「もういいでしょ、ああいい匂い。灰すごいよ、伊達に鉄板奉行を名乗ってないね」
こんな奴にでも、褒められたらやっぱり嬉しい。疾風宮にも俺の凄さは伝わっただろう。
* * *
お好み焼きを六等分にして皿に乗せる。
桃瀬と疾風宮の分もやらないと桃瀬になんか言われそうなのでやってやったら「気がきくようになったねーえらい」と、頭を撫でられた。俺はガキかよ。
こんな楽しいひとときの中、俺の肌が僅かな“気”の変化を捉えた。
常人には知覚できない邪気の流れだ。さらに、魔物の呻き声が聞こえた。これも人には聞こえないくらいの大きさだが人間のそれより高性能な俺の耳は一瞬で声の出どころを特定した。
チッ、こんな時に来やがって。
一人だったら問題無かったのに今はこいつらがいる。
どうやって抜け出そう。
少し考えた俺はおもむろにポケットからスマホを取り出した。そして誰かからメールが来たふりをする。
「悪い、桃瀬。母ちゃんが早く帰ってこいって言ってる。もう帰るわ」
「えーそんな事言って本当は私たちと離れたいだけでしょ」
「そんなんじゃないって」
何だよ面倒臭えな。さっさと帰らせろよ。
「ひどーい、でも灰のママそんな事言うような人じゃないのになー。何か怪しいなー。ひょっとして他の女の子に誘われたとか?」
「違う違う。俺これから行かなくちゃいけない所あるから」
「待ってさっきと話が違うよ。やっぱり嘘ついてるじゃん! どこ行くの? 連れてってよ」
しまった。
思わず俺は手で顔を覆った。
こんなにあっさりバレるとは。俺も嘘が下手だな。
「だめ。桃瀬は連れてけない」
「やっぱり女の子と会う約束してたんだー。ねぇ、その子ってどんな子? 可愛い? 付いてっていい? ねぇねぇ」
だめだ。お前だけは絶対来てほしくない。
邪気から察するにあの魔物は相当強い。そんな所に来て危険な目には遭ってほしくないんだ。
「何でだめなの? 大丈夫だよ〜、私嫉妬とかしないから」
俺はお前を守りたいんだ。
例え、お前に最低野郎と呼ばれても。
俺は、拳を握りしめた。
「もしも〜し。何とか言ったらどうなの狼月く〜ん。何も言わないと勝手に付いてっちゃうよ〜。ねぇねぇ」
「いい加減にしろよ! 付いて来るなって言ってんだろ! 何なんだよお前さっきから。うぜえんだよ!」
言い過ぎたかな。ごめん桃瀬。俺だって好きでこんな事してる訳じゃないんだ。
泣きだしそうな桃瀬が気掛かりだったが、スクールバッグを強引に掴み店を飛び出した。
……「友達」、一人もいなくなっちまったな。
参考文献:www.okonomiyaki.to/