第6話/挨拶はされたら返せ
なかなか進まない不毛なやり取りの末、俺は幾つかの情報を入手した。
・闇の魔法石の中にいるのに何で力を溜めているのか?
ーージジイ曰く魔法石の中の魔力は金塊のようなものらしく、魔法石の内側からは力に変換できない。そのため、俺が魔法を使う時に変換される莫大なエネルギーの一部を掠め取って細々と暮らしているらしい。
・俺がジジイを見ることが出来るのは?
ーー闇の魔法を使い過ぎたから。
魂が闇で穢れて今までの半人半狼の状態から狼男に一歩近づいたため、魂の、言わば周波数がジジイと一致したので可視状態になったと考えられる。
・闇の魔法の副作用は?
ーー魂が闇に蝕まれること。初期症状としては闇の力による戦闘力の異常な上昇や脳や心臓の痛み。
完全に闇に侵されると肉体が異形の変化を遂げ、怪物「狼男」へと変化してしまう。そうなると人だった頃の記憶は消え、知性は獣程度に落ちる。
即ち、俺は人として「死ぬ」。
また、闇に侵された肉体は姿を持たない地縛霊達の格好の餌食らしい。魂を上書きし、肉体を乗っ取ってしまう。すると、俺が怪物化することはなくなるが、魂が他人のものであるため、この場合も、俺は「死ぬ」。
若くして自分の死について考えて気分が悪くなった所で電車が停車駅に着いたみたいだ。
* * *
「おはよ、灰君」
「ん。おはよう、疾風宮」
俺が席に着くなり疾風宮が声をかけた。
今まで仲間と呼べる奴に出会った事がない俺に、朝会ったら挨拶してくれる奴(桃瀬を除く。あいつは、なんつーか家族みたいな感じ。いや、そーいう意味じゃなくて。姉貴的な、ね)がいるのはちょっと新鮮だった。
「灰おはよー。まーた遅刻ギリギリじゃん。いつか本当に遅刻しても知らないよ? そうだ。小学校の時みたいに家の前で待っててあげよっか?」
「朝から強烈な冗談だな桃瀬。そんなガキっぽいの真っ平後免だし、それよりいいのか? その……ヘンな噂が立つぞ」
「……別に良いよ、灰となら」
何の前触れもなく投下された爆弾に俺は為す術なく顔を赤くした。
「な⁉︎ ちょ、ちょちょちょちょっと待てよおい、おか、おかしいだろそそそそそんなのさああ」
テンパりすぎて壊れたロボットみたいにになってしまった俺を桃瀬が口を押さえ頰を膨らませ今にも吹き出しそうな顔で見ている。
「きゃははははっ、何本気にしてんの! 顔真っ赤っかだよ〜! 灰君か〜わい〜い!」
「うぐ……」
そうだった。桃瀬はこんな奴だった……。
こんな奴に一瞬でもときめいた俺がバカだった……。
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン
一日の始まりを告げるチャイムが鳴った。H・Rが始まる。
そして、俺の長い一日が、始まる……。
* * *
「それじゃ、英語のワークが届いたから学級委員の匹田、桃瀬は休み時間に職員室に来るように。提出物などある者は持ってこい。以上、解散」
と、おっさん先生(名前は忘れた)が言い、朝のH・Rが終わった。
朝は憂鬱だ。
帰りてぇ……。
「ねぇねぇ灰」
桃瀬が俺に声をかけた。さっきの事もあり、警戒態勢をとる。
「どーした?」
「あのさー、ん? んん?」
何かを言いかけた桃瀬の口が止まる。
そして何故だろう、ぐい、と前のめりになり俺の顔を凝視した。
大きく開かれた澄んだ瞳。遠慮がちに小さく開いた唇。
小首を傾げまじまじと俺の目を見つめている。
遠くで疾風宮がキラキラした目で俺達を見ているが、決してそういうのではない。決してない。
あの、こんな近くで見つめられても困るんですけど、とさえ言えないような近さ。目のやり場がない。なんか息苦しい。
「ふむ……」
桃瀬が前のめりをやめ顎に手を当てる。
「え、何、桃瀬。目やにでも付いてた?」
俺は目をゴシゴシ拭きながら質問した。
「灰……家でなんかあったの?」




