第12話/大事な物は喪って初めて見える
「僕の父さんはそこそこ有名なプロのマジシャンなんだ。僕も父さんに憧れて手品始めたんだけど」
切り株に座りながら灰君に話しかける。聞いてくれてるかどうかは、分からない。
「父さんはプロだから僕に求めるレベルがメチャ高い。しかもできても特に褒められない。『できて当たり前』なんだ。そしてできないと僕は家族として認めてもらえない」
いつからかな。
「いつの間にか僕にとって手品は『父さんへの憧れ』から『僕の唯一の存在証明』になってしまったんだよ」
分かってる。分かってるよ。
こんなのありきたりで面白くなくてくだらない悩みだってことぐらい。
でも……辛い。
「お前も大変なんだな……」
急に重い話をしたせいか、灰君は俯いている。そして不器用だが僕に言葉をかけてくれた。
その気持ちだけで嬉しいよ。
「でも良いんだ。僕もう手品やめるから」
「え……?」
「今日僕に『魔法石を集めて世界を救う』って言う新しい存在証明が出来たから、手品をしなくても皆が僕を認めてくれる」
黒井さんの今考えれば胡散臭いあの話に乗ったのも、皆に、家族に、僕を認めてもらいたいと言う気持ちが心の中にあったからだと思う。
「でもそれ……勿体なくないか? その……そんなに上手いのにさ」
「上手くないよ、こんなの。それに才能もないし。まあ、根気とか根性とか手品に関係ない所は鍛えられたかな」
ははは、と自虐的に乾いた声で笑ってみたが、「スゲーじゃねーか」と灰君が呟いた。
「魔法の習得って実は根気が一番重要なんだぜ。経験者が言うんだ、間違いない。お前がやってきた事は全然無駄じゃない。……だからさ」
ん?
「だからさ……やめるとか言うなよ。きっと、大切な物なんだろ? そーいうのは大事にしないと、後で後悔しても遅いんだよ。お前だってこんな事望んじゃいないはずだ」
「灰君……」
まるで僕の気持ちを見透かしたような、心に刺さる、でも優しい灰君の言葉。
体が軽くなるような、胸が熱くなるような、懐かしくて、ちょっと変な感じ。
「ありがとう」
今はそれしか言えなかった。
* * *
「さぁ、そろそろ帰ろーぜ」
灰君に促されハッとする。山から見た街の景色は綺麗な夕焼け色に染まっている。もう夕方か……。
「うん。帰ろ」
今日は色々あったなぁ。
今まで生きてきて一番色々あった日かもね。
僕は今日あった事を思い出しながら灰君の後を追い山を降りた。
あ。そーいえば、
テスト勉強、やってないや……。
――テスト返却の日――
「げ、灰何その点……ウッソみどり君も……。全く、君達ちゃんと勉強はしたのかな? しょーがない、私が教えてあげよう!」
「桃瀬……スマン頼む」
僕等は真っ白な灰になった。
困却する疾風 完




