第14話/最終決戦
昔テレビで観た怪獣を思わせる恐竜のようなフォルムに、背中から生える無数の触手。体を限界まで伏せて部屋の中にやっと収まっている。妖しく金色に輝く巨大な瞳で見られていると、中に吸い込まれてしまいそうな恐怖に襲われる。
前のがルシファー完全体だとしたら、今目の前にいる化け物はルシファー覚醒体か。
【……この身体ではこの部屋は狭すぎるな】
牙が覗く裂けた口を開いたかと思うと、背中の触手の一本を超高速で壁に叩きつけた。
――ドゴッッ!
地響きのような音がして、壁に大穴が開いた。わ、わあ外の景色が見える……。
「……おい。お前んトコのアジト何でこんなに脆いんだよ? 老朽化し過ぎだろ。それともアレか、手抜き工事なのか?」
「うるせーなお前冗談は顔だけにしとけよ」
「あ?」
「あァ?」
視線と視線がぶつかり合い、二人でメンチを切り合っていると、ルシファー覚醒体は穴を潜ってするりと部屋から抜け出した。そのまま落下し、ドズンと土煙を上げて着地する。
俺達はその様子を穴から覗き見た。
【フウゥゥゥゥゥゥゥゥ…………】
深呼吸でもしているのか、長い息を吐くルシファー。鞭のように鋭く唸る尻尾に、一本ずつが意思を持ったかのように蠢く触手。不気味さと恐怖は増すばかりだが、ここで俺が行かずに誰がこの化け物に立ち向かう。
それに、俺の命はもう長くない。だったら最期に、命を燃やして最高の花火を打ち上げる。
俺は穴から飛び降り、炎魔法で減速しながら地面に着地した。ベリアルは器用に氷で道を作ってするすると滑り降りてくる。なにそれ面白そう。
冗談はさておき、改めて近くで見ると本当に大きい。約二十メートル、って所か。大きさもビジュアルも、前に闘ったブネとか言う奴が羽の生えたトカゲに見えてしまうくらい、そのくらい格が違った。
これほど絶望的な差を見せつけられているのに、なぜか俺は心臓の高鳴りを感じていた。
――突如現れた悪の大怪獣。そこにやって来る正義のヒーロー。
「……クク」
このピンチにそぐわない笑い声を出してしまった。少年の心を忘れない中二病なら誰しも妄想した、待ち望んでいたシチュエーション。
「いっちょ世界救いますか」
手のひらに拳を「ガッ」と叩きつけて、俺はニヤリと笑ってみせる。
「ここがお前の死に場所だ」
体の芯から冷え切るような声を出し、ベリアルは冷気を放出する。お互い体はボロボロだが、その事実すらねじ伏せる。
【……笑止! 今のお前らなど触手一本で十分だ!】
それをルシファーが嘲笑う。
「狼男舐めんなああああああああ!」
俺は絶叫し、ルシファー目掛けて全速力で走る。あと数メートルという所で闇の炎で加速を付けて跳び上がった。このまま空は飛べないが、これなら。
「ダブルブレイズ・リボルバー!」
右手から紅い炎、左手からは闇の炎を噴射して、その反動で回転しながら一時的に空を飛ぶ荒技。これでルシファーの顔面に至近距離から――
【ゴミめ】
虫のようにスパンと触手に叩き落とされる。
「ぐわっ!」
咄嗟に炎で減速したから辛うじて地面に直撃は避けたものの、触手で殴られた痛みが効いている。フラリと立ち上がると、頭上からヤケに聞き慣れた声が聞こえた。
「ガキ。もっとスマートに行けよ」
見上げると、ベリアルが氷で一本道を作りながら、高速で滑っていた。道はルシファーの眼前に向けて上昇する。
「死ね化けモン」
滑り切ったベリアルは、ルシファーの眼球に何本もの氷の剣を発射した。どれも当たればタダでは済まない。
だがルシファーは触手を一振りしただけでそれら全てを弾いた。
【そんな小技が私に通用するとでも?】
そしてベリアルも触手で叩き落とす。
「ごふっ!」
ベリアルは地面に叩きつけられ、派手に土煙が舞う。普通の人間だったらこれで死んでいるかも知れない。いくらベリアルとは言え骨の一本くらいは逝ってるだろう。
「……全然効かねえなぁ!」
その声に、俺は驚きを隠せなかった。土煙の中から勢いよく影が飛び出す。ボロボロになったベリアルだ。
何考えてんだアイツ……。アイツの戦う理由は「殺されない為」とか「ルシファーに世界を征服されるのが気に食わない」とかそんなだろ。それを親の仇のように無理して突っ込むなんて、行動原理に行動が一致していない。
「喰らいやがれ、クソ野郎がァァァァァ!」
ベリアルは無数の氷柱を出現させて、ルシファー目掛けて一斉掃射する。
――ボッ!
ルシファーは口を開き、白く輝く破壊光線を撃った。俺のダークネスキャノンとは比べ物にならない威力のそれはベリアルの氷柱を呑み込み、奴に直撃する。
「クソが!」
ベリアルはそれを予測済みだったらしく、瞬時に氷の防壁を築く。――だが破壊光線は防壁を一瞬で溶かした。
「ッ⁉︎ クソ!」
またベリアルは氷の防壁を築く。また破壊光線は溶かす。また作り、溶かされる。作ったら溶かされ、溶かされたら作る。
そんないたちごっこが続く訳もなく。
確実に防壁は小さくなってきている。あ、呑み込まれた――。
――ズガァン!
「ベリアル――――――!」
【神に逆らった天罰だ…………】
声の限り絶叫する俺に、ルシファーは嘲るようにそう呟く。
一撃も与えられない。触れることすら許されない。
たった一本で俺達を退けた触手。それが奴の背中には無数に存在している。
「やっべ……勝つ未来が見えねえぞこれ」
思わず絶望して諦めかけた時。
「やれやれ……君がそんな弱気でどうすんだ?」
そんな声が耳元で聞こえ、一陣の風が吹き抜いた。
「⁉︎」
風の吹いた先を見ると、ルシファー目掛けて一直線に飛ぶ蝙蝠の群れ。それはルシファーの鼻先で集合し、いけ好かない姿に変わる。
「ハアッ!」
ヴラドは吸血鬼のスペック「怪力」でルシファーに渾身の右ストレートを放った。
――ドガッ!
ヴラドの拳を正面から受けるが、ルシファーは微動だにしない。
【……それが本気か?】
「さあどうでしょう?」
ヴラドは全身を蝙蝠に変換してルシファーの顔の周りを飛び回る。ルシファーは鬱陶しそうにヴラドを睨みつけ、背中から触手を二本伸ばして潰しにかかった。
――バァン! バァン! バァン!
人間が蚊にするように、触手を凄いスピードでうねらせ空間を潰していく。ルシファーの方は目が慣れてきたのか、打ち損じの誤差が狭くなってきている。捕まるのは時間の問題だ。
「一旦退けヴラド! いくらお前でも――」
「今だ、疾風宮くん!」
――は?
ヴラドが叫んだ瞬間、二本の触手のうちの一本が斬り落とされた。ルシファーの背後に目を凝らすと、風魔法で空を飛んでいる疾風宮が何かの魔法を発動させていた。
触手が斬れた……という事は圧縮した空気を放出する疾風の刃だな。アイツ、見ないうちにそんな技まで会得したのか。
【グッ……お前は陽動か…………小賢しい真似を】
ルシファーの忌々しそうな声から奴がダメージを受けた事は察せた。マジか。意外性の塊が、ヴラドと疾風宮が初めてルシファーに明確なダメージを与えた……!
「ギシャアアアアアアアアアッ!」
と、突然の悍ましい鳴き声と共にやって来たのは、赤い龍……に変身したブネに乗ったフルカスだ。見た目に反して高速飛行するブネにまたがり大鎌を構えるフルカス。
「フウ!」
奇妙な掛け声で大鎌を一閃。もう一本の方の触手を斬り落とした。
【お、おお……お前ら、フルカスにブネ……おのれエエエエエエ!】
フルカスとブネは俺を見つけると、すぐ側に着陸してきた。
「久しぶりだね、狼男くん。あれ、ベリアルさんは?」
「……オイ、オ前早ク降リロヨ」
「乗り物の分際で喋らないで下さい、うるさいですよ? ああ話が逸れたね、塔の外で君とベリアルさんの声が聞こえたからさ、これは何かあったなと思って飛び出してみたらこの状態。ところでベリアルさんはどこにいるのかな?」
「降りろっつってんだろ!」
横暴なフルカスにキレたブネは、龍の変身を解除してフルカスを振り落とす。
「騒がしいなお前ら……悪いが、ベリアルはついさっきアイツの破壊光線に呑み込まれて――」
「勝手に殺すなコラ」
俺の言葉に背後から不機嫌な声が重なる。フルカスは俺の背中の奥を見て「わあ」なんて言ってるし。
「ベリアル……お前、生きてたのか⁉︎」
驚きのあまり振り返ると、そこには確かにベリアルがいた。顔には擦り傷がつき、白装束は所々焦げている。
「その程度のダメージで済むとは……お前も悪運が強えこった」
「馬鹿言うな。氷壁を作り変える毎に小さくしていって、ギリギリ身体が隠れる大きさになった瞬間、最高速度で後ろに退いた。俺の神がかり的な死亡演出だ。……アイツを倒すまで俺は死ねないからよ」
「何だよ心配させんなよ……いや心配してねえけどよ……ところで、さっきの無茶な闘いぶりといいなぜお前はルシファーに執着するんだ? 過去に何かあったのか?」
「あァ? 俺の――」
「やはりあの化け物の正体はルシファーだったか」
ベリアルを遮って口を開くのは、どこからか湧いて出たヴラドだ。あとちょっとでベリアルの過去を知れたかも知れないってのにタイミングが悪い。
「ル、ルシファーって、黒岩さんの事……⁉︎」
それに驚く疾風宮。二人とも何でもないような顔をしているが、実際は二人とも塔での戦いで負った怪我を圧してここに来てくれたのだ。ホント良い奴ら。
「信じられないかも知れないけどそうだ。それより疾風宮……お前強くなったな」
「えっ……え、へへ、そうでしょ!」
突然褒められて戸惑ったのか、疾風宮は言葉に詰まったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「さて、どうだい狼月くん? これだけの仲間を得て、それでもまだ勝つ未来が見えないかい?」
いつの間に隣に来たヴラドに、肩をポンと叩かれた。俺は周りを見渡す。ヴラドと疾風宮に、魔闘結社のツートップであるフルカスとブネ。総長にして最強クラスの戦闘力を誇るベリアル。そして俺。
ヴラドの質問に対する答えは決まっている。
「見えるさ……この場に立つ全ての戦士の力を合わせてあの化け物を倒す未来がな!」
長い……長いです。4,000文字超えは多分最長じゃないですかねえ……。
本当は長くするつもりは無かったのですが、いかんせん話を切るタイミングが見つからなく、一話に全て詰め込んでしまった結果がこれです。
しかし4,000文字は長い……。長い中読んでくれてありがとうございます。そして、お疲れ様でした。
追記)
調べてみたら、最長記録回は7章の「第10話/パストメモリー」で4,446文字でした。ちなみにこの回は4,056文字です。誤情報失礼しました。




