第12話/漆黒の堕天使
「待たせたね」
カツカツと音を立てて黒岩さんは階段を下りきり、足を止める。いつもの黒スーツは所々破れ、返り血か自分のものか分からない赤黒い染みが点々と付いている。トレードマークのサングラスだけは守り抜いたのか無傷だったが。
「黒岩さん……無事だったんですね!」
「ああ。言ったはずだ、すぐに追いつくって」
俺の問いかけに黒岩さんは優しく微笑む。このホッとする安心感。やっと増援が到着した。
と、視界の隅で凶暴に笑う影を見た。
「ククククク……待ってたぜルシファァァァァ!」
突然ベリアルが黒岩さん目掛けて突進し、不意打ちの拳を仕掛ける。
「フン……」
だが黒岩さんはベリアルの動きを完全に見切って躱し、奴の首を掴んで締め上げる。これだけの事を表情一つ変えずにやってのけたからか、黒岩さんを不気味に感じてしまった。
「がッ……⁉︎」
ベリアルは黒岩さんの手を引き剥がそうとし、脚をバタつかせる。黒岩さんは心なしか口の端を上げて、ベリアルを投げ飛ばした。
「ゲホゲホ……ハアハア……」
数メートル先に転がったベリアルは、片膝ついて呼吸を整える。
黒岩さんが来たという事は外の軍勢は殲滅したのだろうか。……ならどうして姉貴が居ないんだろう。
ああそうか殲滅はまだ終わってないんだ。姉貴一人で相手出来る数になったから黒岩さんは一足先に塔に乗り込んだんだな。お守りに炎の魔法石を待たせたんだから敵に殺ら殺られたりなんてしししてないだろははは俺はなんて要らん心配してんだき杞憂ってやつか前に学校で
落ち着け、俺。
「……姉貴はいつ来るんですか?」
暴走しかけた思考をクールダウンして、俺は黒岩さんに質問した。質問と言っても一つの答えを期待した、聞く前から答えは分かってるものだった。
黒岩さんは期待に応えてくれる。何の疑問も持たずにそう思っていた。……黒岩さん? なぜこんな質問に答えるのに躊躇ってるんですか? 項垂れてるんですか?
「……敵の凶刃に掛かり、残念ながら君のお姉さんはもう…………」
「もうすぐこっちに来るんですねああ安心したまぁそうですよねあの姉貴がくたばるなんてあり得な、い………………え?」
今何て言った?
敵の凶刃に掛かり、残念ながら君のお姉さんはもう…………残念ながら君のお姉さんはもう…………敵の凶刃に掛かり……。
君 の お 姉 さ ん は 残 念 な が ら 。
「嘘だろ…………」
喧嘩して、パシられて、抱きしめられて助けられて。姉貴と過ごした今までが走馬灯のように駆け巡った。恐怖、愕然、憤怒。色んな感情が心をぐちゃぐちゃに染める。
「偉大な勇者の冥福を祈る」
黒岩さんは胸に手を当てサングラスの奥の目を閉じる。姉貴の死を知っているという事は、黒岩さん自身がそれに対面したという事だ。この人が苦しくない訳がない。
黒岩さんに倣って胸に手を当てようとした時。
「お前が殺ったんじゃねーの? ルシファーさんよ」
ベリアルの言葉が神経を逆撫でした。胸に蟠る感情が怒りに変換されていく。
「いい加減にしろテメエ! ブッ殺すぞ!」
「心外だね。私がそんな悪人に見えるのかい?」
黒岩さんは悲しそうに肩を竦めた。
――ヒュン!
と、何かが空を切って黒岩さんに襲い掛かる。鋭利な氷柱だ。顔を目掛けたそれに黒岩さんはギリギリ反応して手で掴む。と思ったら、同じ軌道で襲い来るもう一本の氷柱。無防備な顔面に一撃。
と思ったら。
――ボウッ!
氷柱を掴んだ黒岩さんの手から、紅い炎が放たれる。それは二本の氷柱を溶かし、虚無に消えた。
魔法陣を閉じたベリアルは、得意げに笑って立ち上がった。
「あれれ? おっかしいなぁ〜。天使族は魔法石無しで四属性魔法が使えないはずなのに何でそんなの出せるのかなぁ?おかしいなぁ、奇妙だなぁ〜」
「確かに一般常識としてはそうだが私は例外だ。魔界の空気を吸い過ぎて天使の血が穢れたせいだろう。最近は四属性魔法も扱えるようになった」
ベリアルの探りに黒岩さんは淡々と返す。変ないちゃもん付けた所で、黒岩さんは俺達の味方だ。
「まだシラを切るか。なら……」
ベリアルは一瞬魔力を集中させて、弾丸のような速さの氷柱を黒岩さんに放つ。反応に遅れた黒岩さんの左胸を掠め、スーツが大きく裂ける。
「‼︎」
裂け目からポロリと何か落ちる。
「魔力の種類を嗅ぎ分ける特殊な訓練してきたからな。アンタがここに来た時からそいつを隠し持っている事は分かってたぜ」
黒岩さんの足元をコロコロと転がる炎の魔法石。
「塔の上から狼のガキのねーちゃんの戦闘スタイルを見て直感した。アイツは炎の魔法石を使っている、と。それが今アンタの手に渡っているのは何故か考えてみたら――魔法石欲しさにアンタが殺した、という結論に達した」
身体の芯が冷えるような声でベリアルは言う。そんなの嘘だと反論したいが、氷のように冷たく透き通った瞳は嘘吐きのそれとはまるで違った。
「言っている意味が分からないな……私はお姉さんにこれを託すと言われただけだ」
「嘘だ」
黒岩さんの言葉を遮り、俺は鋭く言い捨てる。
「ホラ狼月君だってそう言っているじゃないか」
安心したのか、黒岩さんは俺の肩に手を乗せた。
「触んじゃねえ人殺し!」
俺はそれを振り払う。黒岩さんは払われた手を庇い、驚きと悲しさを混ぜたような顔をする。
「狼月、君……? 君まで何を言っているんだ?」
「……姉貴は重度のコミュ症だ。例え死の間際でも、たった数回会っただけのアンタとは絶対に口を利かない、いや利けないんだよ。姉貴と十六年間も一緒にいたんだ、俺にそんな嘘が通じると思うか? ……それに」
怒りと悲しみで泣きそうになりながら、俺は最後に一言突きつける。
「ここに向かう前に姉貴が俺に言ったんだ。『黒岩の言葉はあまり信じるな』って」
まぁあの時は冗談だと思って聞き流したんだけど。今思うと姉貴は黒岩さんの「何か」に薄々勘付いていたのかも知れない。
でも……でも全て嘘であって欲しい。
姉貴が死んだのも、黒岩さんが殺したのも全て、嘘であって欲しい。
そんな僅かな期待を込めて黒岩さんを見ると、さっきまでの悲しい顔は何処へやら、顔を歪めて笑っていた。
「そっかー、バレちゃったか」
ランダム投稿回です。水曜日の投稿を復活させようとしている訳ではありません。したいんですけどね。
……月曜日の投稿休んですみませんでした。




