第11話/剛速コンビ
休んでしまいすみませんでした。今週の金曜日の更新はお休みさせていただきます。
所変わってベリアルの塔二階。ブネとフルカスを相手に、ヴラドが単身で戦っていた。
いや、「足止め」「時間稼ぎ」と言った方が的確だろう。彼の役目は「二人を上の階に入れない」こと。まともに戦っても勝てる可能性は低く、リスク覚悟で攻撃に出て返り討ちに遭うなど本末転倒だ。
だが――
「いい加減諦めたらどうですか? この勝負にあなたは勝てない。それはあなた自身がよく分かってるはずですよ」
血に染まった大鎌を見つめ、フルカスは倒れているヴラドに優しく諭す。早くも彼はブネとフルカスに圧倒されていたのだ。
「確かに僕でも強者が二人掛かりで襲ってきたら倒せない。確かに勝負は見えているかも知れない。――でも諦めない」
血まみれで傷だらけの全身を奮い立たせて、ヴラドはなお立ち上がる。
「面白え、じゃあこれを食らっても立ち上がれるかァ⁉︎」
ブネは雄叫びを上げてヴラドに突進する。大柄な彼の高速接近。退路はあっという間に消え。
ブネの突進が炸裂する直前。
ヴラドは身を引き、「スッ……」と足を引っ掛ける。そのまま勢いを利用して、闘牛士のようにブネを放り飛ばした。
――ドゴッ!
ブネは数メートル先の壁に激突し、技をかけたヴラド自身も大きく転がった。相手ほどではないが、自分にも確実なダメージが蓄積される。
「ハア、ハア……」
ヴラドは荒い息を吐き、放り飛ばした先を見やる。数メートル先の壁には亀裂が走り、砂煙がもうもうと舞っていた。
そんな中、ゆらりと影が起き上がる。
「……この程度か?」
額から流れる血を拭い、ブネは嘲るような視線を向ける。どうやらヴラドの満身創痍の一撃は通じなかったようだ。
地に膝をつくヴラドと対照的に、それを余裕で見下すブネ。
――俺は吸血鬼に勝っている。
その事実が、ブネを強く高揚させた。
「ハハ、無様だな! かつて中世ヨーロッパにおいて【夜帝】として怪物の頂点に君臨した闇のカリスマ・吸血鬼がこんな情けねえザマを晒すなんてよォ!」
ブネは声を張り上げ、手を広げ、全身で愉悦と優越に浸る。会心の嘲笑を浮かべてヴラドを挑発するが、ヴラドは、地に膝屈したかつてのカリスマは表情を変えずに立ち上がる。
「……確かにこのザマでは誇り高き吸血鬼の名が泣く。でも、それでも」
ヴラドは真っ直ぐブネを見つめる。その眼光は、かつての格調高いカリスマのものだった。
「自分の全てを賭してでも護りたい者達の為に闘う魂――それも立派な誇りだ」
確かな重みがあるヴラドの力強い台詞に、ブネは一歩たじろく。そんな中、冷静な戦士が一人口を開く。
「何を言ったところでこの絶望的な状況は変わりません。あなたはここで自分の無力さを嘆いて死んで下さい」
フルカスが背中の翼を一杯に広げた。その瞬間、彼の姿が消える。
「地獄千墜」
フルカスは目にも留まらぬスピードで縦横無尽にヴラドに斬り掛かる。比喩でも誇張でもない、名の通り千の刃がヴラドを襲う。
――ズドドドドドドドドドドッ!
フルカスが残像を残し高速飛行したのは、数秒、たった数秒の出来事だった。
「……ごふっ」
数秒経ち、ヴラドは全身傷だらけのボロ雑巾のように地面に転がり、ビチャッと血を吐く。
「地獄千墜を受けて粉々にならないのはさすがの能力と不意打ち耐性ですが、残念、あなたは僕達に殺されます」
「……不死身の吸血鬼をどうやって殺すのか、見ものだねえ」
ヴラドの皮肉の込もった軽口など無かったように、フルカスは「ところで」と話を変える。
「ヴラドさんヴラドさん。不死身の吸血鬼を殺す方法、ご存知ですか……?」
そう言って取り出したのは、手のひらに収まる程の小さな棒だった。フルカスはそれを指で摘みピンと弾く。
くるくると宙を舞う棒は、まるで手品のように長く太い一本の杭に姿を変えた。それはヒュンと重い音を立てて地面に突き刺さる。
「心臓に杭を打ち込むのが一番メジャーだし、やっていて楽しそうですよね」
狂気に満ちたフルカスの笑顔に、ヴラドの顔は凍りつく。
――僕の攻略法を知っている上に逆転不可能な戦況……これはまずい。
「へえ……でも僕は身体を無数の蝙蝠に変化出来るんだ。そんな変幻自在な身体に杭なんて刺さると思うかい?」
「心配いりませんよ。意識を奪って無抵抗状態にしてから打ち込めば良いんですから」
――混乱を招くかと思ったが、通じなかったか。ここまで完璧に対策されてると何も出来ないじゃないか。
「では、もうひと思いに意識飛ばしちゃって下さい。……苦しまずに逝けるんだからもっと感謝して欲しいですね」
フルカスは抜刀術のように大鎌を構える。視界が霞み、意識を保つのが危うくなってきたヴラド。
――ここまでかな。
ヴラドは潔く諦めて目を閉じた。フルカスは満足そうに頷き、死の鎌をヴラドに繰り出す。
それがヴラドを襲い、意識を刈り取る直前。
一陣の風が吹いた。
その風はヴラドを包み込み、鎌を紙一重で回避する。
「ハア、ハア…………ギリギリセーフ」
ヴラドを放り出し肩で息をするのは、疾風宮だった。彼は風魔法の高速移動でヴラドを間一髪で助けたのだ。
「フン! テメエみてえなヒョロガキが一人増えた所でどうなるってんだ?」
「ブネさん……何故彼がここにいるのか考えてみて下さい」
フルカスに言われ、フンと考え込むブネ。そしてふと気付く。
「コイツ……一階を担当したあのパイモンと戦って勝ったのか⁉︎」
「その通りです。まぁ彼の損傷具合から察するにギリギリの勝負だったのでしょうが……」
値踏みをするような視線を疾風宮に向け、フルカスは的確な推測をする。
そんな中、疾風宮は座り込むヴラドに手を伸ばす。
「助けに来たよ、ヴラド君」
「疾風宮くん……信じてたよ、心の友よ!」
それをヴラドは力強く握りしめて、疾風宮に引っ張り起こされる。剛力のヴラドと神速の疾風宮。剛速コンビ誕生の瞬間であった。
「いくらパイモンを殺ったとは言え、満身創痍の戦士がたった一人増えただけ。この状況がひっくり返る程の大駒ではありませんね」
フルカスは侮るような口調で戦況を解説する。ヴラド達に勝ち目はないという現実を突き付ける為に。
だが彼は、肩を竦めて呆れ顔をした。
「やれやれ……なぜ僕が君達の攻撃を受けてやってたのかまだ分からないのか? 答えは《最小のリスクで君達を足止めする為》さ。返り討ちのリスクを回避する為、僕はハナから君達と戦う気は無かった。……だが」
ヴラドはそこで区切り、疾風宮の肩をポンと叩く。
「仲間が来てくれたおかげで返り討ちのリスクは大きく減った。君達には悪いが、ここからは本気で行かせてもらう。【闇のカリスマ】の本気、篤と味わいな」
ヴラドは腹の底から冷えるような声でフルカスとブネに宣戦布告する。そんな中疾風宮は、ヴラドの肩ポンでぶり返した肩の痛みに声にならない悲鳴をあげていた。




