第10話/闇の魔法
「ベリアル……闘う前に一つ答えろ。桃瀬は今どこにいる?」
俺はベリアルと一定の距離感を保ちつつ問う。静寂が戻った今、これが質問する最後の機会だ。
「地下室のシェルターでお寝んねしてるぜ。まぁ心配すんな。お前が死んだらあの嬢ちゃんは俺達が責任持って一生奴隷としてこき使ってやるからよ」
「そんな挑発には乗らないぜ……もう一つ質問だ。お前らの目的は何だ? 魔法石を集めて何がしたいんだ?」
更にベリアルに問う。黒岩さんは確かこの世界を植民地にするとか予想していたが、どうせなら当人の考えを聞きたい。
「そうだな…………」
顎に手を当てベリアルは口を開いた。俺は固唾を飲んで次の言葉を待つ。ふいに、ベリアルは人差し指を伸ばした。
「パンドラの箱って知ってるか? 災厄が詰まった、決して開けてはいけない箱を開けちまう好奇心旺盛な人間の話さ。俺にとって異世界門トライブディバイダーはまさにそれだ。俺って好奇心旺盛だから、門を開けたらどんな不幸や災厄が訪れるのか凄くワクワクするんだよな」
「お前……そんな理由で封印を解くつもりなのか⁉︎」
「クク、そうさ……そして、世界に災厄と混沌を! 絶望と恐怖を! 『魔闘結社』の名を世界に轟かせるんだ! ハハハハハハハハ!」
道化師のように両手を一杯に広げ、ベリアルは高笑いする。コイツ……狂ってやがる。こんな奴が魔法石を手にしたら世界は確実に滅ぶな。
「そしてパンドラのと違って俺の箱には『希望』なんて含まれていない。俺の創る新世界にはそんな不純物いらないからな」
ふと、俺はパンドラの箱の続きを思い出した。
――パンドラは箱を開けてしまい、結果多くの災厄が世界に広まった。だが、最後に箱からは『希望』が飛び出したという……。
「だったら俺がなってやるよ……その『希望』ってやつに。災厄の箱から一足先に滑り落ちた一筋の光に」
希望。
災厄に対する唯一の反乱分子であり対抗手段。人間に残された僅かな可能性。
「脆弱な希望など絶望と何ら変わらない。お前はここで死ね!」
そう聞こえた瞬間、俺の全身が氷結した。冷たい。そして身動きが取れない。身体の自由を奪われ氷漬けになる俺に向かって、岩石大の氷の礫が絶え間なく襲いかかる。
――ガガガガガガガガガガッ!
何十、何百と積み重ねて氷山を作り出したベリアルは、フンと息を吐く。
「立てるもんなら立ってみろ、希望とやら」
ベリアルのそんな声が聞こえた気がしたので、俺は闇の魔力を集中させて一気に全身から放出する。
――ゴウッ!
邪魔な氷塊が爆散して、俺は氷牢から脱出した。
「希望がそう簡単に潰えてたまるかよ。狼男舐めんな」
服に付いた氷の欠片を払いつつ、俺は挑発的に笑う。ベリアルは驚くどころか薄笑いを浮かべた。
左腕に魔力を一瞬で溜める。
「ダークネスフレイム!」
左腕を突き出し、半ば不意打ちのように闇の炎を放った。案の定ベリアルは正面から氷魔法で打ち消しを図る。
――バァン!
部屋、いや、塔全体に凄まじい爆音と爆煙が反響する。ばっ、とベリアルは大きく仰け反った。
「クソ……さっきより威力が増してやがる。やるな……」
「お次はコイツだ……『ダークネスキャノン』!」
俺は怯むベリアルに得意の暗黒砲を撃つ。ベリアルはこれを横に退いて紙一重で避けたが、今までの笑顔は浮かべていなかった。こっちが優勢になっている。
ベリアルと一瞬で間合いを詰め、同時に左腕に魔力を集中させる。
「ダークネスフレイム!」
ついさっき、ベリアルを圧倒した技。今度は仕留める気で撃った。ベリアルは躱しながら氷魔法でそれを打ち消し、ニヤリと笑う。
「なかなかやるな……。だが、この俺に同じ技が二度通じると思うなよ」
「チッ、二重解放のダークネスフレイムを一回見ただけで完全回避とは……なんつー学習力だ」
「まぁ俺って天才だから」
おもむろにベリアルはしゃがみ込み地面に掌を付けた。地面にスウッと魔法陣が浮かび上がる。
「喰らいな」
ベリアルの声に反応して、パキパキという音と共に地面が氷に侵蝕されていく。その侵蝕が凄いスピードで俺の足元へと襲いかかる。
左脚を負傷した矢先、あまり脚を使いたくないがこのままだと靴が凍って行動不能だよな。
「クッ!」
俺は可能な限り高くに跳び、侵蝕する氷を避ける。ついさっき足をつけていた場所が容赦なく氷漬けになる。あぶねー。マジあぶねー。
回避に成功した事に安堵しつつ、俺は攻撃が失敗に終わり悔しがってるであろうベリアルに笑いかける。
なぜか奴も笑っていた。
嫌な予感にゾッとした瞬間、俺の四方から魔法陣が展開される。
――ガシャッ!
俺の左腕と胴体と首に、氷の鎖が絡み付く。
二本の鎖で胴体を吊るされ、左脚の鎖は闇魔法を撃てないように手首を固定。首に巻き付く氷の鎖は灼けるように冷たく、お前の命は俺の手の中、と冷笑していた。
氷の侵蝕で動きを封じられればなお良し、避けられても回避地点を予測して罠にかければ良し。二段構えの攻撃だったのか。
空中に吊るされながら今更気付き、今度はふつふつと怒りが湧いてきた。
「洒落臭え罠で動きを封じやがって……! ベリアル! テメエ汚ねえぞ!」
「汚い……? ハハハハッ、天下の狼男も現世の空気を吸ってすっかり腑抜けになっちまったなぁ! 殺し合いにフェアプレー求めてどうすんだよオイ。手段はどうであれ殺ったモン勝ちなんだよ」
楽しそうにベリアルはそう言い、開いていた手をグッと握った。
鎖はそれに連動して、俺をギチギチと締め上げる。胴体を切断せんと、腕をもぎ取らんと、首をへし折らんとばかりに。
「ぐはっ! がああああ! ゴブッ! や、止めろ……!」
鎖が肉に食い込み骨が悲鳴を上げた。ロクに呼吸が出来ない為に、脳に酸素が届かず意識が薄くなっていく。
「まぁ安心しろ。お前はすぐには殺さない。四肢切断して下で戦ってるお仲間達に見せしめにしてやる」
得意げにベリアルが嗤ってみせた。俺は眩む視界の中、歯を食いしばって必死に意識を保つ。
こんな技、出来れば使いたくないが……。
「……ベリアル、お前に警告する。三秒以内にこの拘束を解け……。さもなくばお前を殺す」
乏しい酸素を惜しみなく使い、俺はベリアルに警告する。
「行動を完全に封じられている上に、鎖のダメージを受け続けて満身創痍。おまけに酸素不足で意識を保つのがやっとのはず。最後の最後でハッタリかよ。見苦しいねえ」
「うるせ……三……二………一…………」
肩をすくめて冷笑するベリアルをよそに、俺はカウントダウンを開始した。
「ゼロ」
最後の酸素でそう言い切った俺は、ベリアルに向けて魔力を集中させる。
――エクスプロージョン・フレイム零式。
――ボッ!
篭ったような変な爆発音がして――ベリアルの胴体は弾け飛んだ。
「グオッ⁉︎ アアアアアアアアアア!」
あまりの出来事に、ベリアルは骨や血、内臓が飛び出した腹の風穴を押さえてゴロゴロ転げ回った。
ベリアルが魔力で直接操作していたとみられる鎖は、死んだようにダラリと力を失う。
鎖の拘束が解け、俺は氷が張った地面にドサリと不時着した。
「……クソ………………『回復』…………『回復』……『回復』……『回復』……『回復』」
ベリアルは血まみれでうずくまり、うわ言のように回復魔法を自分にかけまくっている。酸素不足で威力弱めになったから、あの調子で回復してたら多分死なないな。
ああ。酸素が足りていないのか、まだ頭がクラクラする。左腕も変な方向に捻られたし……肋骨にヒビ入ってるな、これ。
「……っ、ゲホゲホッ」
この破損状況では氷柱で負傷した左脚に構っている余裕もない。満身創痍の俺はゆっくり立ち上がった。
正直言って奴が回復魔法を取得していたというのは誤算だった。決着付けないと……時間切れになる前に。
ベリアルは傷を完全に回復してしまったらしく、ふらりと立ち上がった。
「…………いい加減トドメ刺してやるよ、狼男」
ベリアルは静かにそう言い、体内爆発など無かったかのようにゆっくりと戦闘体勢をとる。
「……奇遇だな、同じ事考えてた。それじゃ――この一撃に全てを懸ける」
俺も左腕の痛みをねじ伏せて左腕を構える。闇の魔法石から解き放たれた魔力が蛇のように腕に巻き付き、吸い込まれていく。
勝算はあまりないがやるしかないだろ。放つのは、最大出力の暗黒砲。
両者身構え、永遠のような沈黙が部屋を支配する。
生きるか死ぬか、殺るか殺られるか。全ての決着が付く一刹那。俺達は精神を最大限まで高めていた。
そんな時だった。
静寂に包まれた部屋に、カツカツと階段を上がる音が響く。
一体誰だとベリアルと俺は音の方に注目する、と。
「待たせたね」
音の正体は、所々黒スーツが破けている黒岩さんだった。




