第8話/闇の左手・炎の右手
「……お前ら」
二階に上がった俺達を待っていたのは意外なメンツだった。一人は白ローブの白髪青年、もう一人は縦縞スーツの大男。
「どうも。久しぶりですね狼男くん」
「……ケッ! 何で俺様がこのガキと同じ場所守らなきゃいけねーんだよ!」
にこりと片手を上げるフルカスと、忌々しく唾を吐くブネ。どちらも戦闘力は結社最強クラスだが相性は最悪のふたりだ。
「へえ、中々面白いタッグだ。せいぜい仲間割れして自滅しないように頑張ってね」
ヴラドが軽く煽ると、フルカスは笑顔のまま大鎌に手をかけた。
「遺言は、それだけですか?」
「死なない相手に遺言を聞くとは妙な事するねぇ」
おちょくるようなヴラドの口調によって、場にピリッとした空気が流れる。
「グチャグチャうるせんだよコラア! つまり、こっから先に通りたければ俺を倒してから行けってこった!」
その空気を壊したのはブネの胴間声だった。「グチャグチャうるせえ」と言われたフルカスは、怒るどころか薄笑いを浮かべた。
「『俺』……? 『俺達』の間違いじゃないですか? ひょっとしてブネさんって頭悪いんですか? 脳みそまで筋肉で出来てるんですか? て言うか、脳みそまで筋肉なのに何で僕より弱いんですか?」
フルカスはさっきのお返しとばかりにブネを罵倒する。角張ったブネの頰は怒りで紅潮した。
「あァ? 言い間違いじゃねえよ! 結社最強の俺様独りであんな奴等ブッ殺してやるってことだろーがボケ!」
「そう言って吸血鬼に負けてたのは誰でしたっけ? ニヤニヤ」
「うるせえ! お前もヒトの事言えるのか⁉︎」
なんか更に険悪になってしまった。このまま通り過ぎちゃおうかな、と一瞬本気で考えたが、フルカスがチラチラとこちらの動向を伺っているのに気付いてやめた。この喧嘩は俺達をおびき寄せる為の演技なんじゃないか、とまで考えてしまった。
色々考えていると、ヴラドに肘で突かれた。
「僕が二人を相手する。君は三階に行け」
あまりに無茶苦茶なヴラドの提案。いくらヴラドでも最強クラスの幹部二人が敵では勝てる保証はない。なら、そんなもの採用する訳にはいかない。
「アホかお前。独りでアイツらに勝てるとでも思ってるのか?」
「もちろん思っちゃいないさ。僕の能力を最大限に活用して――相手をする」
ニヤリとヴラドは暗い笑みを浮かべる。コイツ……「不死身」を利用して奴等を引きつけ続けるつもりだ。
「……アホかお前。尚更採用出来ねえよ。いくら吸血鬼が死なないっつっても痛みを感じない訳じゃないだろ」
「闇に侵されて満身創痍の君が他人の心配なんて生意気だな。君の言う通り確かに死ぬほど痛いけど、裏を返せばそれだけの事。桃瀬さんを救う為なら僕は喜んでこの身を差し出すよ。……それに、奥の手が無い訳でもない」
何百年と生活してきて醸し出されたのか知らんが、ヴラドの声や言葉には絶対の安心感があった。やっぱりコイツは敵に回すと厄介だけど味方につけると最高に頼れる。
まぁ、俺に気を使って「心配するな」なんて言ってもらってるのに、俺が心配してやめさせるのは違うか。それじゃあヴラドの厚意ぶち壊しだよな。
「……今から奇襲をかける。合図したら走れ」
真剣にフルカスとブネの様子を伺いながら、ヴラドは低く囁いた。俺もヴラドに囁き返す。
「……ヴラドよォ。この戦いが終わったら、皆であのお好み焼き屋で祝杯、あげようぜ」
「お、良いねぇ。じゃあ――桃瀬さんは頼んだぞ」
俺達は同時に顔を見合わせて「フッ」と笑った。そして、前を向く。
「――行くぞ!」
ヴラドが鋭く叫び、俺は部屋の奥の階段へ、ヴラドはフルカスとブネの方に、全速力で走った。
「ッ、させるかクソが!」
目ざとく気付いたブネは俺に向かって筋肉質な手を伸ばす。
「バーニングフレイム!」
俺はすぐさま炎を放ちそれを逃れる。闇の魔法を封じているなら右手の炎を使うだけだ。とは言えこんな縛りプレイで奴等に勝てる気はしない。せいぜい目くらましが限界だな。
「熱つ! この野郎!」
ブネに一瞬の隙が生まれた。そのうちに俺は階段を駆け上る。
「待て!」
ブネが俺を追おうとするが、目の前にヴラドが立ちはだかる。
「余所見とは良い度胸だ」
一瞬の溜めを作り、ヴラドは渾身の拳を放った。ブネは部屋の奥まで吹き飛ぶ。
「僕とも遊んで下さいよ、吸血鬼さん」
今度はフルカスの斬撃が飛んでくる。それらを紙一重で躱しながら、ヴラドは声を張り上げる。
「……狼月くん! 忘れるなよ、君は独りじゃない! 君をここまで残す為に戦っている仲間達の想いと一緒に君はそこにいるんだ! それを、覚えておいていてくれ」
あまり意識してこなかったけど、昔だったら考えられないことだ。こんなぼっちの俺の為に命を張って助けてくれる仲間がいるなんて。俺は柄にもなく感動して胸が熱くなった。
「……しかと胸に刻んでおいたぜ。ありがとよ」
ヴラドにそう言い捨て、俺は沢山の「仲間」に背中を押されるように階段を駆け上った。




