第7話/喧嘩上等
場面は変わってベリアルの塔。一階では疾風宮とパイモンが死闘を繰り広げていた。
「オラァ!」
手始めにパイモンはナイフでの刺突を繰り出した。疾風宮は風魔法で高速移動してそれを紙一重で躱す。ナイフはひゅっと空を切った。
『フッ、止まって見える。こりゃ楽勝だな、疾風宮!』
「油断大敵ですよ、フルフールさん。堅実に行きましょう」
『はいよ相棒。あと俺はフルフールじゃねえ』
疾風宮は自分に憑依した悪魔であり相棒――本名はフュルフールだが――と会話をする。
「ウオオオオ、ヤアアアアアアア!」
両手にナイフを構えたパイモンの突進攻撃。疾風宮はそれも紙一重で躱しパイモンの背後に回る。
「せりゃ!」
疾風宮はふきとばしウィンドもといガストブローを発動させる。風に圧されたパイモンは前のめりに倒れ込んだ。
「チッ……喰らえオラァ!」
半回転して体勢を立て直したパイモンは、ノーモーションから両手のナイフを投げる。
疾風宮は左に跳んで躱し、指を立てて銃の形にした。その瞳が黄色に染まる。フュルフールが身体を乗っ取ったのだ。
「次は俺の番だ! 『スタンバレット』!」
疾風宮の人差し指から雷光が一閃する。
「グア!」
肩に直撃したパイモンは仰け反り、肩を押さえた。
「ヒャハハ、見たかナイフ野郎! 急所に当たれば即気絶の高圧電流弾だ! まぁ、当たらなくてもダメージには変わりないよなぁ?」
得意げに説明すると、瞳が黒に戻る。疾風宮が人格を取り戻したのだ。
「そーやってすぐ調子乗って手の内を明かさないで下さいよ……」
『うるせえ。もっと俺にも戦わせてくれよ!』
「血の気が多くて頼もしい限りですね。じゃあチャッチャとコイツ倒しましょうか」
疾風宮はフュルフールを宥め、気合いの込もった目でパイモンを睨み据える。
すると突然。
「…………ク、クククククク、クハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
パイモンが大声で笑いだした。腹を抱えながら、大きな口を更に大きく開けて。嫌な感じの笑い声が不気味に部屋に響く。
「何が可笑しい? イかれたか?」
ずっと笑われても気分が悪い、とフュルフールが疾風宮の身体を借りて質問した。するとパイモンは疾風宮に侮った視線を向けた。
「ハハハハ、ヒーヒヒヒ! ……いや普通に可笑しいだろ! お前らみたいなクズが現役傭兵のこの俺を殺るだと? ブッハハハハ!」
「あァ……? 俺達に一撃も浴びせられてねえゴミがほざいてんじゃねえ!」
「コソコソ逃げ回って背後取るしか能がないクズが偉そうな口きくじゃねえか。何度も隙作ってやってるのにウンコみてえな攻撃しかして来ねえしよォ」
「上等だコラ……! ブッ殺してやる!」
怒りのボルテージが頂点に達したフュルフールはパイモンに殴りかかる。
「オラァ!」
フュルフールが乗っ取った疾風宮はパイモンの顔面目掛けて拳を放つ。
「本職ナメんな」
パイモンはさっきまでと違うゾッとするような低い声で呟いた。身を屈めて拳を難なく躱すと、隠し持っていたナイフを首筋に繰り出す。
「ちょ待っあぶぁッ!」
疾風宮は強引に人格を奪い取り、風魔法で思い切り後ろに退いた。辛うじて動脈は守られたものの、首の皮が切れ、ついでに髪も切れた。
何しろ強引だったので制御が利かず、疾風宮はズザァと転倒した。そこから風魔法で無理矢理起き上がり一瞬でパイモンの背後を取る。
「髪の恨み――」
「遊びは終わりだ、ガチンチョ」
冷たい声で言い放ち、パイモンは振り返ることなく疾風宮の肩にナイフを突き立てる。
「ぐあ……⁉︎」
予期せぬ事態に呆然とする疾風宮に、パイモンの上段回し蹴りが炸裂する。軽量の疾風宮はなす術なく地を滑った。
「おいガキンチョ、どうしたんだよ? ほら、俺を殺ってみろよ! ハハハハハハ!」
血まみれで倒れている疾風宮を足蹴にしてパイモンは高笑いする。
一気に形成逆転。
「く、そ…………」
出血と痛みで意識が薄れる中、疾風宮は拳を握りしめる。
――やっぱり、僕は弱いのか?
――親友に任せられたと言うのに、結局僕は期待に応えられないのか? 「力」はあるはずなのに、守られっぱなしのままで何も変われないのか?
――そもそも「変わる」なんて幻想だったのか? 幾ら「力」があったところでヒトの本質は変わらないのか?
疾風宮は自問を繰り返す。
――何もなし得ぬまま、誰も守れぬまま、僕はこんな所で死ぬのか?
「――嫌だ」
消えかけた意識が覚醒し、疾風宮ははっきりと呟いた。パイモンは何事かと一歩退く。
「こんな訳分かんない変な所で、気持ち悪い雑魚キャラ相手に人生終了してたまるかよ」
粗雑な物言いで疾風宮は自分に言い聞かせ、ふらりと立ち上がる。彼は無意識のうちに狼月の口調を真似ていた。
「僕を頼ってくれた親友、灰君の期待に応えるまで、僕は――死ぬ訳にはいかないんだ!」
そう強く叫び、疾風宮は肩に刺さったナイフを引き抜いた。ポタポタと滴り落ちる血など気にも留めず、風魔法で加速を付けてパイモンに投げつける。
「!」
不意打ちに驚いたパイモンは咄嗟にそれを腕で払う。そのせいで僅かに体勢を崩した。
「っるああああああああーーーー!」
畳み掛けるように疾風宮は風魔法のエネルギー弾を放つ。僅かな隙を突いた一撃が、パイモンに直撃する。
『俺にも加勢させな!』
フュルフールが身体を乗っ取り、指を銃の形に立てる。
「スタンバレット・最大電圧!」
指先から放たれた閃光がパイモンの心臓を射抜く。
「グア!」
たたらを踏んで膝をつくパイモンに疾風宮は魔法陣を展開させる。
「ガストブロー!」
疾風宮の原点にして頂点。魔法陣から烈風が吹き荒れ、パイモンは思い切り後方に飛ばされる。
「グフ……な、何だこの力は? さっきまでのアイツと比べ物にならない……⁉︎」
パイモンは受け身を取って身構えた。急変した疾風宮に明らかな動揺を見せる。
「この心の高鳴り……今なら撃てる気がする」
疾風宮はポケットから風の魔法石を取り出した。瞑目してそれを握りしめ、意識を集中させる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「な、何だ? まぁ何にせよ何かする前に殺す!」
パイモンは疾風宮に突進していく。
そんな中、彼は笑顔で目を開き。
「さよなら」
――ドウッ!
浮かび上がった魔法陣から一陣の疾風が暴れ出る。高速で放出されたその疾風は鋭い刃と成り、パイモンの身体を四散させた。
「ぐおごふぁ!」
意味不明な叫びを上げてパイモンは絶命した。疾風宮は肩で息をしながらポツリと呟く。
「……疾風刃・改」
それから力尽きたように大の字に倒れた。
『……凄え。凄えよ! 勝った! 俺達は勝ったんだァ!』
フュルフールが勝利の雄叫びを上げると、疾風宮は苦笑いした。
「フュルフールさん、うるさい」
『……お、おう。悪い』
ふふっと笑い、疾風宮は身体を起こす。
「い、痛ててて……さ、こんな所で休んでる暇は無い。行くよフュルフールさん。上の階で、みんなが、戦ってる、から、助太刀……しない、と…………」
体力はとっくに限界に達していた。
疾風宮はグタリと寝転び、気を失った。




