第4話/魔闘結社
魔界のとある廃墟に身を隠した俺達は、およそ一キロ先にあるアジトの様子を伺った。
「……なんじゃありゃ」
結社アジトの周辺には異様な光景が広がっていた。
塔とでも呼ぶべきアジトをぐるりと囲うように配置された有象無象の魑魅魍魎。その数たるや百や二百などで表せるものではなく、例えるならそれは軍隊だった。
「まるで私達が今日動く事を先読みしたかのような厳戒態勢だな」
「まずいねこれ……敵が多すぎるよ。これじゃ『作戦』が上手くいかないな」
黒岩さんはサングラスを押し上げ、その影から覗いていた疾風宮も顎を撫でて思案顔をする。
当初の予定では、黒岩さんの魔眼の能力の一つである【視界に入れた対象を強制的に引きつける】能力を使って見張りを引きつけつつ倒して侵入し、ヴラドの【全身をコウモリに変える】能力でアジト全体を探してレラジェを見つける。そしてヴラドの【吸血した対象を魅了する】能力でレラジェに桃瀬の傷を完全に治癒させる、だった。
疾風宮は【風魔法の加護での高速移動】と【雷魔法のスタン攻撃】で黒岩さんの魔眼の取りこぼしを仕留める係。……で、特に特殊能力がない俺達狼は単純に戦闘要員だ。
「僕だけだったらこの監視の目をすり抜けられないことは……いや、失敗したリスクを考えて安直な行動は避けるべきか」
護衛軍を鋭く見つめながらヴラドは低く呟く。いつもの爽やかイケメンは鳴りを潜め、その目つきは幾つもの戦禍を潜り抜けてきた修羅のものだった。
「……参ったな。この数相手に誰にも気付かれず、かつレラジェを殺さずに拘束する方法は……。姉貴、なんかある?」
「…………よく知らないけど、こんだけ警戒されてるなら……コソコソやるのは無理なんじゃない?」
「痛い所に気付いたな……。こうなったらもう最高火力での瞬間殲滅に賭けるか? でもレラジェがいる限り下手に動けない――」
「それは杞憂です。レラジェは静粛されました」
突如会話に混じってくる落ち着き払った声。ダークスーツを連想させる騎士甲冑に身を固めたベリアルの側近。
「お前……アモン、だな? さっきの発言は――」
「一芸特化型はそれが破られると一気に利用価値を失う。それだけのことです。まぁ信じるか信じないかは貴方達次第ですが……」
アモンは含み笑いを浮かべて眼鏡を押し上げる。有益な情報を信じない俺達の愚かさを嘲っているのか、何でも鵜呑みにしてしまう俺達の浅はかさを憐れんでいるのか。どっちにしろ腹立つ笑顔だ。
「今ので確信した。お前らは俺達の策を知っていたんだな」
「ふふ、何を今更。私達を敵に回した以上、貴方達の行動は全て筒抜けですよ」
やっぱりそうか……。よく考えれば気付いたかも知れないのに。俺もまだまだ浅いな。
「なぜそんな事を私達に?」
黒岩さんが冷静に問うと、アモンは待ってましたとばかりに口を開く。
「全ては総長のご意向です。私は総長のお言葉を貴方達に伝える為の連絡役でしかありません」
アモンは懐から掌サイズの水晶玉を取り出す。そして二言三言呟くと、水晶玉はプロジェクターのように立体映像を映し出した。
『よお』
豪華な椅子にどっかり腰掛け、こちらに片手を上げるベリアルの上半身が映し出される。腰まで届きそうな長髪に、天使のような白装束。凍てつく瞳をしたいけ好かない野郎だ。
「ビデオレターみたいな感じ、か……?」
姉貴が俺だけに聞こえるようにボソッと呟いた。そうなんじゃねーの、と俺は軽く頷く。
『お前ら、取り引きの日は明日だぜ? そこまでして俺に会いたかったのかよ……全く、モテる男は辛いぜ』
ため息を吐いたベリアルは芝居めかして髪を払う。その無造作な仕草すら芸術品のように美しく見えてしまうからタチが悪い。
「相変わらずいけ好かないなぁ……」
ヴラドがなんか言ったけど、お前それ完全にブーメランだからね?
『さて、本題に入るか。アモンから聞いたと思うがレラジェは俺がついさっき始末した。嬢ちゃんの傷を治させた後で、な。……何だお前疑ってるのか? じゃあ本人に見せてもらおうか。特別ゲストの嬢ちゃんで〜す』
と、ベリアルの腕が伸び映像のアングルが変わった。そこには――。
「嘘だろ……」
手足を拘束されて椅子に縛り付けられている桃瀬がいた。気を失っているようで、目を閉じてグッタリしている。でも確かに腕に傷は付いていなかった。
また腕が伸び、ベリアルはアングルを戻す。
『毒なんて回りくどい事しないで最初からこうすりゃ良かったんだな。分かってるとは思うが嬢ちゃん返して欲しければ魔法石三つと交換だ。もし下手な真似したら……その時は分かるよな? それも嫌なら力尽くで奪いに来い、人間界に迎合したにわか怪物供。……ところで、いるんだろ狼。耳を澄ませてみな。なんか変な音が聞こえねーか?』
急に名前を呼ばれて怒りからハッと醒める。魔界の空気を吸って発現した狼耳を澄ませると、……こちらに迫る足音の大群。
「しまった!」
大群でこの廃墟を包囲するつもりだ! 立体映像は時間稼ぎだったか!
『気付いた? ま、幸運を祈るぜ! ハハハ!』
神経を逆撫でする高笑いを残して、ベリアルは虚無に散った。
「……さて、どうなされますか? 闘って散るか闘わずして死ぬか。貴方達の道は二つに一つですよ」
チャカ……とアモンは細剣に手をかける。向こうの方もハナから交渉する気はなかったか。ここまで丁寧にお膳立てしてくれるとは、アイツらはどんだけ血に飢えてるんだよ。
まぁ、俺もだけど。
「ブッ飛ばす。お前も、お前らも、ベリアルも全員ブッ飛ばす」
アモンを闘志のこもった目で睨み据えると、身体中から邪気がふつふつと湧いて出やがる。
首に掛けていた闇の魔法石を握り締めた。
「闇の魔法石に眠りし狼の魂よ! 我に今一度その力――」
突如、心臓に激痛が走る。まるで心臓が破裂してしまったかのような痛みに、思わずその場に倒れこんだ。
「グッ……! アア! ハアハア、な、何だコレ……⁉︎」
心臓の辺りを押さえてうわ言のように呟くと、闇の魔法石から黒い光が放たれる。
それはさっきの立体映像のようにジジイ――闇の魔法石に眠る初代・狼男を映し出した。
『……末期症状じゃな。闇の魔法の穢れが魂の殆どを侵蝕し尽くしたんじゃろう。おいクソガキ。これ以上の闇の解放は身体が持たない、お前死ぬぞ。生きたかったら手を引きな』
「ふざけんなクソジジイ……! 『魔界最大の悪魔連合』相手に危険顧みずせっかく集まった、せっかく出来た『仲間』置いて、テメエだけ逃げるなんて――出来る訳ねーだろーが!」
痛みで閉じ掛けた目をかっ開いて、狼の咆哮が如く叫んだ。心臓の痛みすらねじ伏せてゆらりと立ち上がる。
「……ジジイ、俺の身体あと何分持つ?」
『かっ、いつからお前はそんな熱苦しい奴になったんじゃ。……持って十分。どうなっても知らんぞ』
ジジイは素っ気なく、でもどこか嬉しそうにそう告げて魔法石に吸い込まれていった。
「狼月君のお姉さんはかなり大きなブランクがあるらしいから――現状ベリアルと互角に渡り合えるのは狼月君とヴラドのみ……。この二人をベリアル戦まで温存しておきたいが……」
黒岩さんが高速でブツブツと何か呟く。
「作戦会議などしている場合ですか? 我が軍勢はすぐ側まで来ていますよ」
アモンの急かし文句にヴラドはピクリと反応する。
「場所が割れているのなら室内に留まるのは危険だ。みんな、外に出よう」
ヴラドの言う通り外に出ると軍勢はおよそ二十メートル先と思ったより近くに迫っていた。廃墟をぐるりと包囲する陣形だ。
「第一関門……。ベリアルの塔に辿り着くにはまずこれを突破しないと……」
ヴラドが独り言を呟く。吸血鬼の固有スキルを持っているとは言えこの数の暴力はヴラドにとって分が悪い。蝙蝠化に怪力と、一対一だからこそ相手を圧倒出来る能力ばっかりだからな。
かと言って疾風宮に任せるには数が多過ぎるし……。
――ドゴオオオオオオッ!
と、ゴチャゴチャした思考を吹き飛ばす無造作な爆音。見なくても分かる。姉貴が爆発魔法を発動させたのだ。
「あたしが爆発で道を作る! あんた達は早く行きなさい!」
ゲリラ的な爆発で絶え間なく軍勢を削りながら、姉貴は絶叫する。
「姉貴……大丈夫なのか?」
「はっ、あんた如きがあたしの心配するなんて生意気にも程があるわ! ……それに、一回やってみたかったんだ、こういう派手な爆破テロ」
ニヤリと姉貴は笑う。俺だから分かる。その笑みに虚勢なんて含まれていなかった。大胆不敵でふてぶてしい、いつもの姉貴だ。
「私も残る。なぁに、すぐ追いつくさ。だから……前だけ見て突っ走れ」
黒岩さんはサングラスを押し上げ、俺達を安心させるようにポンと背中を叩く。
「死ぬなよ……姉貴、と黒岩さん!」
「先にアジトで待ってます!」
「それじゃ……行くぞ! 疾風宮くん、狼月くん!」
爆炎、怒号と阿鼻叫喚とが飛び交う戦場に姉貴と黒岩さんを残し、疾風宮、ヴラド、そして俺はそびえ立つ塔目指して全速力で駆け抜けた。
次回は来週に更新する予定です。休んでばかりですみません。




