第1話/突如訪れた非現実
魔闘結社の戦士によって桃瀬を人質に取られてしまった狼月。彼女を助ける為に結社が提示した条件は――。
早いもので根暗狼最終章です。全力で彼等の活躍を書き切ろうと思いますので、最後の最期までお付き合いいただけると嬉しいです。
俺は桃瀬に気を配りつつ緑パーカーと対峙する。
「……やだなー、そんな怖い顔で見ないでくれよ……。……それより、気になるだろ、『治らない』って」
緑パーカーは、俺の突き刺すような視線など気にせず、俺達に挑戦的に笑いかける。
傷付いた桃瀬の左腕に視線が移る。桃瀬は傷口を右手で庇っているものの、指の隙間から血の滲んだ痛々しい傷痕が覗く。
俺の無言を同意と受け取ったのか、緑パーカーは得意げに話し出す。
「……まずは軽く自己紹介からか? 俺はレラジェ。お察しの通り魔闘結社の使いだよーん。……はぁ」
そこまで言って、レラジェとかいう奴は無気力そうにため息を吐く。ボサボサの前髪からダルそうな半目が覗いた。
「な、治らないってどういう事ですか……?」
桃瀬は肩を震わせ、怯えるようにレラジェの顔を伺う。
「あ、君……可愛いね。……じゃねぇや。まぁコイツを見てくれ、お嬢さん」
レラジェは無造作にホルスターから矢を抜き、尖った石の先端部分を桃瀬の鼻先に突きつけた。先端にはヌメヌメした黒光りするヘドロみたいな液体が付いている。
嫌な予感が脳裏を一閃。
「毒……」
「お。勘良いな狼男……。まぁなに、コイツは結社のフォラスのオッさんが開発した毒薬でよ……特殊な魔法式を組み込むことによって、俺の意思で傷の進行具合を操作出来る。……つまり、お嬢さんの傷を今すぐ消す事も、悪化させて片腕腐らせるのも俺次第、って事。――こんな風に」
レラジェがパチンと指を鳴らす。と――
「んっ、んあああああっ! ハアハア、な、何こ――いやああああああああっ!」
桃瀬が腕を押さえて絶叫した。グチャグチャという肉が腐る音に、嗅覚が麻痺しそうな腐敗臭が漂う。紫色に変色した傷は血や体液でグズグズになって、このまま腕全体を侵食せんと少しずつ広がり続ける。
カーッと頭に血が上る。
「てめェコラ! 止めろ! ブッ殺すぞ!」
レラジェの胸ぐらを掴んで怒鳴りつけるが、奴は面倒臭そうに俺を睨みつける。
「ウゼェんだよ、そうカッカすんな……。まぁなに、お嬢さんの傷治して欲しいなら……炎、風とあとは雷の魔法石と交換だ」
桃瀬の絶叫をバックに、レラジェはニヤリと笑いかける。
「ふざけてんのかテメエ……!」
「……それはこっちの台詞だ。ルシファーの旦那に何吹き込まれたか知らねーけどよ……あの魔法石は俺達が死に物狂いで盗ったんだぜ。犠牲になった同志もいる。……そいつをハイエナみてえに横取りとは戴けねえな。良いのか? そんな卑怯なやり方で」
「卑怯もラッキョウも知るか。俺は正義のヒーローじゃねえ。中世の怪物・狼男だ」
「そうかい……。あ、言うまでもなくお嬢さんは人質だからな。……お嬢さんの腕がどうなるのかは……アンタらの返事次第。本来なら内臓腐らせて確実に殺したかったが……これも面白いな。半端に死ねない分、一生片腕だけで生きることになる。……まぁなに、世界の運命と嬢ちゃんの運命……天秤にかけろって事だ。嫌なら良いんだぜ? 俺達に魔法石渡さなくても。……でも可哀想だなー。こんな可愛い嬢ちゃんが一生傷物として過ごすなんてよ」
クククッとレラジェは神経を逆撫でするように嗤う。
「殺す……!」
「おいおい……アホかお前。俺が死んだら嬢ちゃんの傷一生治んねえぞ。取り敢えず胸ぐらから手ェ離せ……。ったく。…………良いか、三日だけ待ってやる。その間にお仲間達と話し合って結論出しとけ。俺達はアジトで待ってるからよ……。良い返事、期待してるぜ。……じゃあな、目の前の女の子ひとり救えなかった無様な怪物クン」
レラジェは俺に紙切れを投げたかと思うと、グニャリと全身を歪ませた。直後、姿が完全に消える。
地面に落ちた名刺大の紙切れには、汚い文字で結社の住所が書かれていた。多分。魔界語は話すのはイケるけど読むのはなかなか難しいからな。
黒岩さんに解読してもらおう、とズボンのポケットに突っ込むと、ドサリと何かが崩れ落ちる音がした。はっとして振り返ると桃瀬が放心状態でへたり込んでいた。
「桃瀬……傷はもう大丈夫なのか?」
俺の問いかけに、桃瀬は微笑みながら立ち上がる。
「うん、平気。……さっきは見苦しい所見せちゃった。ごめんね」
「やめてくれ、謝んのは俺の方だ。……元々俺は人間と仲良くなっちゃいけないんだよ。戦いに巻き込んじまうし、こうして人質に取られる危険もあるから。……でも、闇の魔法の力で自分が強くなったと勝手に思い込んで、何よりお前の優しさに甘えて、慢心してた。俺も、俺でも普通の人間みたいな生活が送れるんじゃないかって。それで束の間のぬるま湯を味わった結果がこれだよ。やっぱり俺は――」
自分に対する怒りに拳を固く握り締めると、それに柔らかく、温かい感触が加わる。桃瀬が俺の拳をそっと手で包んでくれたのだ。
「……慢心なんかじゃないよ。灰はいつだって私のこと守ってきてくれたでしょ。私にとって灰はヒーローだよ。それに、何か辛いこととかあるならもっと私を頼ってよ。私達、幼馴染でしょ?」
全てを包容するように、桃瀬は優しく、ニコリと笑いかける。
俺のせいで一生治らないかも知れない傷を負ったというのに。
いつ爆発するとも分からない時限爆弾を腕に付けられたというのに。
左腕が腐り落ちてしまうかも知れないというのに。
――何でそんなに優しいんだよ。
鼻の奥がツンとした。日光を浴びた氷が溶けるように、拳の力が抜けていく。
「何でそんなに優しいんだよ……。お前のこと好きになっちゃったじゃねーか……」
つい、心の底でそう思ってしまった。
「え」
桃瀬はとても驚いた様子で小さく呟き、俺の拳から手を放した。顔が見る間に赤く染まっていく。
その反応だけで、自分が何を犯したか察するに十分だった。
「――――うぁッ! ちょ、ウソ、心の声漏れてた⁉︎」
うおおおおおおお! 終わった! 全て終わった! 明日にはクラス中の笑いのタネだああああ! もう学校行けねえよおおおおお! うわああああああああああああ!
自らが起こした大失態に頭を抱えて悶絶している中、ふと無性に桃瀬の反応が気になった。
うまい具合に記憶抜け落ちてくれねえかなぁと指の隙間からチラッと桃瀬を見てみると、桃瀬は顔真っ赤にして微笑んでいた。
「私も……好き。灰のこと好きっ」
短く叫び、桃瀬は俺に抱きついた。
「ちょ待っ……はあああああああ⁉︎」
嘘だろ⁉︎ ウッソだろ⁉︎
桃瀬を引き剥がしながら俺は自分の頰を思いっきりつねる。
「痛って!」
思いの外痛くて涙目になった俺の前に、一つの揺るがない事実が突きつけられる。これは現実だと。
「……あの、桃瀬さん? さっきの発言取り消すなら今――って、何で泣いてるの⁉︎」
「……っ、だってぇ、私ずっと前から灰が好きだったから、う、嬉しくてつい……ううっ」
桃瀬は小さな手で顔を覆って肩を震わせる。
「……参考までに、いつ頃からその、アレだったの?」
「……ずーっと前。小学生の頃辺りからかな。これでも私、色々アピールしてきたつもりなのに、全然気付いてくれないんだもん……」
うへぇ……。そんな前から……。
ただ、アピールのようなものに全く気付かなかった訳ではない。むしろ必要以上に敏感だった。でも、自意識過剰のようにオーバーに反応し過ぎて、「そう」じゃなかった場合に傷つきたくなくて、ただの偶然や勘違いだと思い込んでいたんだ。コイツの気持ちなど微塵も考えずに。
「悪かったな……今まで」
「ううん、もう良いの。それより、これからよろしくね、彼氏くん!」
俺の謝罪を遮り、桃瀬は悪戯っぽく微笑む。
某パワフルな野球ゲームの中でさえ中々彼女が出来なかった俺に、半ば事故と偶然とは言えこんな日が来るとは誰が予想しただろう。
なんやかんやで俺達は、傾く西陽を浴びながら、久しぶりに、本当に久しぶりに一緒に家まで帰った。




