第11話/ペットの鎖
腕を組み、匹田は眼鏡を指で押し上げた。
……ん。
――しまったァァァァァァ!
確かに! ホントだ! 身代わりバラしてどうすんだよ! 余計な設定付けやがってバーカ!
「そっ……それはアレだ。急にそこはかとない罪悪感に苛まれてだな」
必死に弁解しようとするが、クラスの連中は俺に疑惑の視線を向ける。
「あれ、ウチは桃瀬ちゃんから情報聞いたけど?」
「俺は山吹に頼まれたな」
「ってーか、狼月の言ってることってホントなの?」
「ッ……ホントに決まってんだろ! この一件は全部俺独りが画策したんだ! だから仮に責任負うとしたら全部俺なんだよ!」
クラスの連中を黙らせる為に教室中を睨みつけたが、桃瀬が俺に冷めた声をかけた。
「灰……。もういいよ。座って」
「うるせっ! とにかく、悪いのは全部俺だから、桃瀬達は、何も悪くな……」
クラスの連中の冷めた視線が全身に突き刺さる。悪役作戦が失敗したことは、クラスの連中の反応を見るだけで明らかだった。
「匹田君の言う通りです。これは私と灰……狼月君が考えました」
桃瀬がカタリと立ち上がった。視線は真っ直ぐ前で、どこまでも凛々しく。
「馬鹿野朗……。桃瀬、お前何で立ち上がった」
「……灰さ。小学校の頃、私がクラスの男子に押されて花瓶割っちゃった事件覚えてる? 私ね、灰に助けられて嬉しかったけど、泣いてばっかりで何も出来なかったあの頃の自分が嫌いなの。だから灰、私を助けないで。もう私は泣いてばっかりの子供じゃない」
力強い笑顔と一緒に、桃瀬が静かにそう言った。コイツの中でも色々葛藤とかあったのか。何も知らなかった。でも、過去との決別かなんか知らねーけど。
「昔にケジメつけるのはお前の勝手だがよ。だからってお前が傷付いて良い理由にはならねーだろ」
山吹と原田の生活指導室での一件が脳裏に蘇る。原田に何されるか分かったもんじゃない。桃瀬だってそれに気付いてるはずだ。
「灰。どんな理由があっても、私達がした事は褒められるようなものじゃないの。あんたも分かってるでしょ」
桃瀬は諭すような落ち着いた口ぶりで俺に言い聞かせた。
うーん……。そこを言われると反論出来ないな。
「フッ、桃瀬が絡んでいたとは。学級委員なのにダメじゃないか。イケない子には後でお仕置きだな! ウヘへ……」
原田は下品に笑い声を響かせる。桃瀬の全身がブルッと震えたような気がした。
「で? 他にコイツらの協力者はいないのか? いるんだろオイ! 早く出て来いよ!」
原田が怒鳴り、教室の空気が一層重くなった。
――この空気で名乗り出る勇者がいる訳がない。
誰もがそう思った。
と、突如――。
『イケない子には後でお仕置きだな! ウヘへ……』
録音された原田の間抜けな声が、おそらく最大音量で流される。
「…………音声……担当、戸隠不思議っ……」
ピッとボイスレコーダーを止めて、戸隠さんは緊張と恐怖で顔を真っ赤にして立ち上がった。
「不思議ちゃん⁉︎」
「あの無口な戸隠サンが喋った……」
よっぽど珍しかったらしく、クラス内でどよめきが起こる。人見知りで注目を嫌う彼女が今どんな気分なのか想像に難くない。
「あー、もう! みんなにばっか良いカッコさせないよ! 貢献度ほぼゼロだけど、山吹アリスここに参上!」
戸隠さんに触発されたように、ヤケクソ気味に山吹もガタッと立ち上がった。このヤケクソは山吹なりの照れ隠しやらそういう意味が含まれてるのだろうな。
「……っ同じく、僕も協力者だ! 動画撮影の疾風宮みどり! 先生の悪事は全てカメラに収めさせてもらった!」
ついには疾風宮まで立ち上がった。……何でお前ら立ち上がってんだ。やめろ俺の真似すんな。
「フッ……馬鹿共め。黙ってりゃ安全は保障されてたのに」
思わず呆れ笑いを零すと、意外にも疾風宮が答えた。
「この計画に協力すると決めた時から保身なんて選択肢捨てたよ。それに、悪ガキが集まって大人に反抗するなんて一昔前の青春ドラマみたいで面白いじゃないか」
「一昔前って……まぁ確かに。お前アレか、盗んだバイクで走り出したいお年頃か? この支配からの卒業か?」
場にそぐわない軽口で返すと、桃瀬に「余計なこと言うな」と小突かれた。
「分からない……。なぜ皆名乗り出たんだ?」
匹田が呆然と呟いた。お前みたいな権力者に媚びて自ら尻尾振るような奴には分かんねえよ。
「……力を恐れて裏切りを働いたお前と違って、俺達は信念を持って行動した。これはその結果だ。いいからそこで指咥えて眺めてなよ、学級委員サン。学級委員じゃなくて悪ガキ共がクラスに仇なす悪人懲らしめるサマをよ」
そうだ。志の時点でお前はもう負けているんだ。あべし。
「信念…………裏切り……。僕は一体何を…………」
匹田はボンヤリと口をモゴモゴさせる。
「自分ら……後で生活指導室来い。俺を嵌めようとしたんだ、二度と逆らえないようにしてやる! オイ匹田! アイツらがどれだけ情報持ってるか教えろ! 盗撮を始めて具体的に経った時間とか!」
もはや匹田を自分のペットのように、原田は情報を迫る。
マズいな……。「作戦」開始からそろそろ三週間目に入る所だ。ココで情報押収されて消されるのは相当キツい。次から原田も警戒して「作戦」の難易度も一気に跳ね上がるし。
ここで匹田が盗撮始めて三週間とか言ったら俺達の「作戦」はお終いだな。
「僕はこの件に関してあまり詳しくないので申し訳ないのですが、彼等が実際に行動を開始したのはつい二、三日前のようですね。そのような話は随分前――三週間ほど前でしょうか――から出ていたようですが、所詮口だけという事でしょう。今の今まで何もしていませんでした」
匹田は含み笑いで眼鏡を押し上げる。原田には俺達への嘲りに見えたかも知れないが、俺には違って見える。
――隙は与えた。原田を潰してくれ。
あの腰抜けメガネはどこまで裏切れば気が済むんだ、という至極真っ当な意見はさておき恐怖の対象だった原田に逆らったその勇気は評価しないでもない。
「ふーん、自分ら大した事ないのか。ご苦労匹田。さすが学級委員だ。さて、自分らが阿呆過ぎて授業進度遅いから授業始めるか。……関係者は放課後生活指導室来い」
原田はいつもの嫌味を混ぜ授業モードになる。……最後の一言が酷く冷たく、ぞっとした。
そこから終了のチャイムが鳴るまで、やたらピリピリした授業が続いた。盗撮・音声録音を警戒したのか、比較的嫌味や暴言は少なかった。
授業が終わり迎えた休み時間。
なぜか俺の机の周りには桃瀬・山吹・疾風宮・戸隠さんが集まった。かいはにげだした! しかしまわりこまれてしまった!
「……何で俺の机が作戦会議室なんですかねぇ」
確かに俺の隣は桃瀬だし少し前には疾風宮もいる。あの時立ち上がったメンバーの五分の三がこの辺りに集中してるのは分かるが、よりによって何で俺?
恨めしげに視線を流すと、なんか戸隠さんと目が合った。
「――――っ!」
声にならない叫びを上げて、戸隠さんはカサッと桃瀬の影に隠れた。
「あ、悪い…………」
「もー、ダメでしょ! 不思議ちゃん怖がらせちゃ!」
桃瀬が戸隠さんの頭を撫でながら俺を叱る。だがそういうのは目を合わせただけで怖がられる俺の気持ちを理解してから言ってもらいたい。あと、クラスの女子に敬語を使われてから言ってもらいたい。同い年でそこそこ顔も知ってる子に「あっ、すいません……」とか言われた日には心の距離を感じてショック受けるけどまぁそんな事はいいや。
「悪かったよ戸隠さん。これからは目を……。ん? ちょっと待て。『目が合った』って事は少なくとも戸隠さんは俺を」
「ちょっ、あわわわわわわわわ」
俺が何かに気付いたところで、戸隠さんは急に真っ赤になって取り乱した。手を忙しなくパタパタしたと思うと、俺の頰に拳をめり込ませた。
「ぐはっ⁉︎」
その小さな体からは想像出来ないほど重く的確な突きに俺は一発KO。机に突っ伏した
「そ、それじゃあまるで、私がろ、ろ、狼月さんの事ずっと見てたみたいじゃないれすかぁ!」
早口でまくし立てるが、つっかえつっかえで舌が回ってない。慌ててる所小動物みたいで可愛いな。と、小動物にダウン決められた俺は机に突っ伏しながら思った。
「ヘイ! 立て! 立つんだJoeeeee! ……ああ、死んでるわ」
「見限るの速えよ! ってそうじゃなくて、お前ら何で集まったの?」
山吹のボケに俺はガバッと跳ね起き突っ込む。柄でもない事させやがって。
「それはアレだよ。リーダーを囲んで大人に反抗する作戦会議! っていうヤツだよ!」
やたらキラキラした瞳の疾風宮。なんなのこの子。キャラがブレて尾崎豊フリークになりそうだよ。
「作戦ねぇ……。このまま行くと私達は放課後原田先生に嬲り殺しだろうな。どーしよ?」
思案顔の桃瀬を横目に、俺は人差し指を立てる。
「『作戦』を最終段階に移す。幸い原田は俺達が三週間撮り溜めた情報に気付いていない。油断してる原田に正面からぶつけてやろうぜ」
要は俺達の集めた証拠品の数々で原田の説教を帳消しにしちゃおう作戦だ。




