第10話/他人なんか信用できるか
そんなこんなで対原田運動が順調に進み、音声・映像証拠も着々と集まってきた頃。
事件は起こった。
それは歴史の授業のこと。
いつものように軍隊みたいな号令を終えると、原田は唐突に口を開いた。
「……自分ら、最近様子がおかしいぞ。確かに自分らは普段から猿並みの行動しかしねえが、なんかおかしい。第一、俺の嫌味に誰も反応しねえ! 初めの頃はリアクションがあった筈だろ」
固く腕を組み、原田は猜疑心に満ちた視線で俺達を睨め付ける。蛇に睨まれた蛙のようにピシッと固まるクラスの連中。
――行動がバレた⁉︎
いや、この程度の違和感で原田が俺達の計画に勘付く可能性はほぼ無い。まだシラを切るのが正解だな。
原田は疑惑の視線を緩めることなく、凍りついたクラスの連中をじっとり見つめながら続ける。
「なーんか俺の気のせいかも知れないが、最近影でコソコソしてる奴らがいるそうじゃないかー? おいどうなんだよ自分ら」
まるで脅迫するかのような口ぶりである。原田は顎の無精髭を撫でながら生徒の反応を伺う。
……コイツさっきから生徒の出方を伺ってるだけで決定的な情報を話さないな。もしや「俺の気のせい」と予防線を張って鎌を掛けている……? いつものアイツならこんな回りくどい事せずに情報を小出しにしてジワジワと主犯を追い詰めそうだ。それをしないという事は。
――やはり原田は俺達の計画に気付いてない! これは罠だ!
「灰…………!」
俺がひとまず安堵した所で、原田に聞こえないくらいの小声で桃瀬が鋭く呼びかけた。額には汗が浮かび、心なしか瞳孔が揺れている。
俺は即座に筆箱から付箋を取り出し
「ハッタリ。シラ切る」
と走り書き、原田がよそ見をした瞬間桃瀬に渡した。
「……!」
桃瀬は付箋をちらりと一瞥して、小さく親指を立てた。俺はニッと笑い原田を俯瞰した。
「本当に何も無えの⁉︎ 成績下げられたくねーならさっさと自首しろや。黙ってる奴も同罪だぞコラ!」
そう、全ては完璧だったんだ。
完璧だったはずなのに。
原田が追及を止め、唸り声と共に視線を教科書に移そうとした瞬間。
「先生ッ! 僕、その件について知っています!」
クラスの沈黙を破り、馬鹿デカい声をあげたのは――学級委員の匹田だった。
クラスがザワリと揺れる。匹田は、まるで自分が正義の味方であるかのように歪んだ笑みを浮かべる。
「……あのバカ」
思わず呟いた言葉が匹田の耳に入ったらしく、奴は怯えるようで卑下するような視線を向けた。虎の威を借るなんとやらだ。
「実は……クラスぐるみで原田先生を盗撮、会話をボイスレコーダーで記録するふざけた運動が起こっておりまして。あ、そうだ。僕は全く悪くありませんよ。学級委員として何度も止めたのですが」
と、匹田なペラペラと口達者に続ける。媚びるような薄汚い笑顔を添えて。
「主導者は……狼月、山吹さん、桃瀬さんですね。主に、狼月が頭脳の役割をして、山吹さんと桃瀬さんが司令塔のようなものです。この三人でクラスを巻き込んでいたようです」
「ふーん……。自分ら、今の情報に間違いはないな? 聞いてんのかおい!」
原田の怒鳴り声に桃瀬はビクリと肩を震わせる。裏切りやがってあの腰抜けメガネ。
――俺は何をすべきだ……?
張り詰めた心象の中思考を巡らすと、原田と山吹の生活指導室の一件がフラッシュバックした。
――狼月君。桃瀬さんは君が守れ。
ついでにこの間ヴラドにかけられた言葉も思い出した。フッ、何を俺は迷っていたんだ。やる事はただひとつ。
――何があっても桃瀬を原田から護り抜け。
「フッ……ハハ…………ハハハハハハ!」
俺は頭を押さえて高笑いしながら席を立った。その姿はさながら悪役のそれだっただろう。
クラスの視線が一気に俺に集中する。原田を含めて。
「匹田孝太郎ゥ! お前は本当にバカだなァ! あの時お前に教えた情報は嘘で、桃瀬と山吹は俺の身代わりだよ! 山吹はともかく成績優秀・品行方正で学級委員まで務めるあの桃瀬がこんな悪巧みに加担する訳ねーだろ! バーカ!」
教室は再びザワザワと揺れる。ザワザワは止まる事なく膨張を続け、「うるせえ!」と原田の一喝を受けようやく静まった。
「フフ……まんまと騙されやがって。バカ共が」
突然の展開にポカンとしているクラスの奴等に悪態をつきながら呼吸を整えた。
「灰……。別に庇わなくてもいいよ」
桃瀬がポツリと呟く。でもな、もう後戻り出来ねえんだよ。
「無関係なクラスメイトを身代わりにするとは見損なったぞ狼月! ……だが、唯一腑に落ちない点がある。――何でそれ今バラした?」
腕を組み、匹田は眼鏡を指で押し上げた。
「え」
最近無断欠勤ばかりですみません。




