第7話/堕天の果実
「はーい、お待たせ〜」
と、タイミング良く桃瀬が帰ってきた。三本のココアの缶を熱そうに抱えている。
「はい、アリスちゃん」
「サンクス!」
山吹は桃瀬から受け取ったココアで、乾杯するような仕草をした。そして、いつの間にか用意していた財布から小銭を桃瀬に手渡す。
桃瀬は小銭を握ったまま器用に缶を持ち直すと、今度は俺の前にココアを置いた。……え、ココア?
「……あの、桃瀬さん? 俺はブラックコーヒーを注文したのですが」
「いやー、私もココアの気分だったから」
「答えになってねぇよ……」
「本当は灰ってブラックコーヒー好きじゃないでしょ。昔から甘党だったし。……大人ぶってカッコつけなくていいから素直になんなさいよ」
いやいや、全然大人ぶってねぇよ。それじゃまるで俺が背伸びしたいからブラックコーヒー飲んでるみたいじゃないか。……言い返せねぇわ。
俺は渋々ココアを受け取り、財布から百円出した。
「まいどあり。本当は九十円だけど」
桃瀬がボソッと何か言ったが、それはアレだ。この間のゼリーのお礼って事で。……お礼十円とかドケチかよ俺は。
「ココアなどという甘ったるい女子供の飲み物をこの俺が飲むとは……。なんたる堕落」
缶のプルタブを開けて、熱いココアを一口。
「……これは」
相変わらず口の中が爛れそうに熱いが、口に広がるカカオの芳醇な香りがそれを忘れさせる。ミルクは甘く優しく、それでいてコク深い。ふわふわした甘ったるさではなく、曲がることのない一筋の芯を持った、全てを預けられる安心感がある。
自販機でここまでのクオリティを出せるとは。ココア、いやココアさん。甘ったるいだの堕落だの言ってすみませんでした。
「ふふん、美味しいでしょ?」
桃瀬が得意げに笑いかけた。悔しいが認めざるをえない。
「……うん。ココアでなら溺死してもいい」
「Oh……急にどうしたの怖いよウルフマン。つまり美味しいんだね?」
山吹が引き攣った笑いを浮かべる。今の伝わらなかったかな? 俺にとって食べ物に殺されるのは褒め言葉なんだけど。
「……まぁ俺の食レポはさておき、原田を追放する為に必要なことは」
「食レポはさておいていいの、ウルフマン?」
話の腰をポッキリ折って、山吹が小首を傾げた。何だこの既視感は。
言い返したい気持ちを抑えて続ける。
「良いの。とにかくアレだ。原田を追放する為には音声証拠や画像・映像証拠を集めるのが必要。そしたら言い逃れ出来ないし、新聞屋や週刊誌にバラすって脅しをかけられるからな」
ニヤリと笑ってみせると、山吹は青い目を丸くして驚いた。
「ウルフマンって意外と頭キレるんだね。ちょっと見直した」
「そりゃどうも。……前の俺はどんな評価だったんだ?」
「ちょい悪オヤジ的な不良もどき」
突如、山吹の口から飛び出たのは辛辣な言葉だった。桃瀬と違って本人に悪気がないのが余計タチが悪い。
「ちょい悪……不良……もどき…………ぐはっ」
心臓を鷲掴みにされたような、なんて表現は生温い。心臓鷲掴みにされてその上グチャッと握り潰されたようなショックが襲いかかる。
「そ、それならクラス皆で協力した方が良いよね。女子には後で私が説明するとして――」
桃瀬が言いかけて、俺の方をちらっと見た。そして落胆したようにため息をつく。
「……悪かったな、クラスに男友達いなくて。なんなら女友達もいないぞ」
ジトッと桃瀬を睨め付けると、桃瀬は可哀想なものから目を逸らすように視線を外した。酷え。
「What⁉︎ じゃあワタシはウルフマンの何だったの⁉︎」
「デカい声で誤解されるような事言うなよ……。そもそも友達って何? 行きたくもない便所一緒に行って、面倒臭い外遊びに付き合って、面白くもないバカ話で無理して笑ってやっと繋ぎ止められる脆弱な関係を友達って呼ぶの? 俺はそんな――」
「はいストップ! これ以上女の子の友達関係を否定しないで! アリスちゃん反応に困ってるでしょ!」
桃瀬が手のひらをバッと広げて熱弁する俺を静止させた。常日頃感じている疑問を口にしただけなのにな。俺みたいな感受性豊かなぼっちは一人でアレコレ考える時間が一般人より多いから、意外と哲学者なんて向いてるのかも知れない。俺はならないけど。
「……女子の友達は沢山いるけど、仲良い男はクラスに数人しかいないなぁ。ダメだ……」
フォローしようとした山吹が、ガクリと肩を落とす。フッ、リア充が何言ってやがる。
「数人って言っても、どうせカースト頂点のリア充共だろ。なら安心の宣伝役じゃねーか」
「……言い方がアレだけど、確かに灰の言う通りかもね。じゃー任せたよ、アリスちゃん!」
「OK! 任せといて!」
山吹はピシッと敬礼した。桃瀬もそれに倣う。仲良いなぁお前ら。
と、すっかり静かになった食堂に新たな客が一組。頭悪そうなギャル系女子の群れだ。殆ど知らない顔だが、同じクラスの奴はちらほらいる。ぎゃーぎゃー騒ぎながらチンタラ歩いて……いや、お前ら何でこっち来るの?
俺と言うか山吹に近付いてきたギャルの中の一人が「ここにいたのかアリスー!」と山吹に抱きついた。
「おっ、レーカちゃんもいて……誰これカレシ?」
キツいメイクを決めたリーダー格っぽい金髪が俺を値踏みするような視線を向ける。いい加減お前らギャルは息をするように誤解を招く発言をするのを止めろ。それに、実際お前らも大して興味無えだろ。
「カ、カカカカカレシ⁉︎ 趣味悪い冗談止めてよ! 何でこんな変人中二病がカレシなのよ!」
桃瀬は腕をブンブン振り回して否定した。それは構わないが、もう少し言葉を選びなさいね。ボロクソ言いやがって。俺のメンタルが瀕死の重症負っちゃったよ。
「アハハッ、速攻で否定されてるとかカレシチョー可哀想じゃん! マジウケるわー! じゃーアリス、今からウチらとカラオケ行くよ!」
「ええええ! また行くの⁉︎ 今日はノーマネーよワタシ⁉︎」
「駅前のヤツ今激安だからウチが奢ってやんよ! さぁ行った行った!」
ギャルに言い寄られて、山吹は困ったような笑顔を浮かべた。あまり迷惑そうじゃから驚きだ。
「もー、分かったよー。ワタシもすぐ行くからみんな先行ってて!」
山吹は擦り寄るギャル達を押しのけながらやたら薄いバッグを肩にかけた。
「そんじゃーアリス、駅でねー!」
ギャル達はゾロゾロと食堂を後にする。
「百鬼夜行かよ……」
嵐の後の静けさの中、ギャル達が完全に消えたのを確認して俺はそっと呟いた。……程なくして俺は悟る。山吹はあのギャル達と同じでリアルを楽しんでいる人種なんだと。決して俺のようなぼっちと交わる事のない存在なんだと。
さっきまでの山吹は偽物なんだと。
「あはは、確かに……。それじゃー桃ちゃん、とウルフマン。ワタシは行ってくるよ! アデュー!」
「そこは英語じゃないんかい……」
あははと山吹は笑って、桃瀬の耳元に口を寄せる。
「大人ぶってカッコつけないで素直にならないと、誰かに盗られちゃうよ」
例によって狼の耳を持つ俺は、内緒話程度なら簡単に聞き取れる。山吹の声は、明るいようで冷たいような、変な声だった。
翌日、原田対策についての情報はクラス中に行き渡ったという。桃瀬さん山吹さん、お疲れ様でした。




