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第5話/確信、そして行動開始

 

 ひたすら無味乾燥な六時間目が終わり。

 みんなお待ちかねの帰りのH・R(ホームルーム)の時間だ。


「明日は英語の小テストなんだと。お前ら勉強しとけよー。……あ、そうだ。山吹はこの後生活指導室に呼ばれてるから行くように。それじゃH・R解散っ」


 イマイチ締まらない声を合図に、生徒達はばらばらと行動を開始した。

 俺は机から教科書類を引っ張り出して帰る準備を進める。すると、ひょっこり学級日誌が顔を出した。


「……日誌書くの忘れた」


 帰宅部エースともあろう俺が痛恨のミス……! 休み時間に書いておけば良かった。

 はあ、とため息を吐き日誌を広げる。一時間目なんだったっけ……?


「い、今から日誌書くの⁉︎ 遅っ!」


 一時間目の授業を思い出す為に精神統一しようとした俺を、驚いた声が妨害した。ちらっと声の主を見ると、まぁ予想通り桃瀬だった。


「悪かったな怠惰で。ところで一時間目って何だっけ?」


「古典じゃなかった? ……まさか忘れてたの⁉︎」


「そんな訳ねーだろ。確認だよ確認」


 まさか忘れてたなんて言えない俺は咄嗟に嘘を吐いた。一時間目、古典……っと。


 桃瀬は「本当かなぁ?」とニヤリと笑って俺の机に手を付いた。まるで女友達の机にそうするように。


「……なんか用?」


 俺の問いかけに、桃瀬は困ったような笑顔を浮かべた。


「うん……。ちょっと相談事と言うか、知恵を貸して欲しいなぁって」


 桃瀬は躊躇いがちに、歯切れ悪く言った。


「急にどうしたよ。定期テスト学年首位で学級委員まで務めるあの桃瀬さんが中二病な非リアぼっちの俺なんかを頼るなんて」


「うわぁ、何その嫌な笑顔……。今まで私が中二病とか言ってからかってたの根に持ってる?」


「そんなんじゃねーよ。俺の事散々イジり倒してきたくせに今更どのツラさげて頼み事とか全然考えてねーよ」


「やっぱり根に持ってる⁉︎」


「というのは冗談で。……何があったんだ?」


 真っ直ぐに桃瀬の瞳を見てやったら、桃瀬はホッと息をついた。


「なんだ、ビックリしたー。灰の冗談分かりづらいよ……」


 俺の冗談分かりづらいのか。そんな事言うほど陰湿な奴に見えるのか? ……うん、見えるな。


 さっきまでの困った顔はどこへやら、桃瀬はいつもの無遠慮な顔に戻っていた。これもひとえに俺の自虐冗談の賜物です、と。


「で、何の用?」


 改めて訊くと、桃瀬は意を決した様子で口を開いた。


「山吹アリスちゃんっているでしょ? あの子、原田先生に酷いこと言われたんだって……」


 桃瀬は湿っぽい声で語り始めた。山吹アリス……ああ、あの金髪少女ね。そう言えばアイツ、歴史の授業終わった後原田に呼び出されてたっけ。


「アリスちゃんの金髪って生まれつきで、本人も気に入ってるんだけどね、原田先生に『染めてるだろ』って髪の毛ベタベタ触られながら小言言われたらしいの。もちろん地毛だから違うって言ったんだけど、そしたら逆に怒らせちゃって休み時間中ずっと怒鳴られた、って。ねぇ灰、これって酷くない?」


 深刻そうな顔で同意を求められたが、全面肯定は出来ない。


「あー……。言っちゃ悪いけど、あんまりピンと来てない。女って髪の毛の話に敏感だよな」


「髪は女の命、ってよく言うもんね。ふーん、そんなもんかねぇ……?」


 ふむ、と桃瀬は顎に手を添える。変な口調と妙にマッチしている。


「まぁアレだ、分からなくもないぞ。親とか血筋とか否定されるような感じなんだろーなと」


 俺も少し特殊な血筋引いてるんでね、と心の中で付け足す。


 俺が同意を示したからか、桃瀬は嬉しそうな顔をした。


「それで」


「それで、原田を辞めさせる為に俺の知恵を借りようって?」


 話を先回りして俺が結論を言うと、桃瀬はコクリと頷いた。


「そう、なるかな。この一件はある意味人権問題だし、このまま放っておいたらアリスちゃんが取り返しのつかない事になりそうなの。ほら、生活指導室って密室じゃない? あんまり考えたくないけど、原田先生ちょっとおかしいから……」


 桃瀬の声は見る間に萎んで聞こえなくなってしまった。視線も不安そうに下を向く。こういう時カッコよく手を差し伸べられたら良いのかも知れない。でもな。


「でもな、これだけの話じゃ原田を辞めさせる理由にはならないだろ。お前の主観も混じってるし、あの人だって生活かかってるんだし。それに、もし原田を辞めさせたとして歴史は誰が教えるんだよ?」


「そんなの……」


 答えに詰まる桃瀬に、俺は更なる事実を教える。


「大体、ウチみたいな私立高校で教師を辞めさせるのは至難の業なの。こんなところの校長なんてのは自分の保身優先の奴ばっかりだからもし自分の高校の教師が不祥事起こしたなんて知ったら火の粉を恐れて揉み消すに決まってる。下手にヤバい情報掴んだら最悪退学もあり得るんだぞ」


 昔からそれ関連のことは調べまくってたから、それなりに詳しい。実績はまだゼロだが。


「俺も原田嫌いだけど、その依頼はもうちょっと考えさせてくれ。じゃー俺職員室に日誌出してくるわ」


 声を失う桃瀬に、俺は別れを告げた。




 * * *



「……失礼しました」


 俺は方式通りの挨拶をして職員室を出た。そのままバッグを取りに教室に戻る。


 いつも感じるのだが、職員室のアウェー感は半端ない。たった独りで大勢の敵に乗り込んでいく孤立無援状態だ。いや、普段の学校生活でも「たった独り」と 「孤立無援」は同じか。つまり俺は毎日がアウェー戦なのだ。……おうち帰りたい。


 そんな事を考えながらてくてく歩いていると、生活指導室の看板が視界の端に入った。いつもなら素通りするところだが、なんとなく立ち止まった。本当になんとなく。


 室内から話し声がする。ちょうど廊下には誰もいないので、そっと聞き耳をたてる。普通なら部屋越しの話し声なんてボンヤリとしか聞こえないだろうが、生憎俺は一般人よりちょびっと耳が良いもんでね。


 集中して耳を澄ますと、原田と山吹の声がクリアに聞こえてきた。


『いい加減認めたらどうだ? そのふざけた金髪は染め物なんだろ?』


『だからっ……! これは遺伝なんですよ!』


 何分も前に生活指導室に拘束されて、こんな話を延々と繰り返してきたのだろう。山吹の声は若干苛立っていた。


『てめえコラ! 大人に対して何ナメた口きいてんだ⁉︎ 調子乗んなクソアマ!』


 原田の怒号に続いて、乾いたスパンキング音がバチンと響く。密室の生活指導室の中で何が起こったのかあまり想像したくない。


『うっ……。た、確かにワタシはこんな性格ですし、誤解されても仕方ないかも知れません。金髪青目じゃなくて周りのみんなと同じ黒髪黒目が良いって思った事は何度もあります。それでも――』


 嗚咽混じりに山吹は強く、力強く言い放つ。


『それでもワタシは、ママのくれたこの髪や眼が好きなんです』


 きっと鋭い目で原田と対峙しているんだろうなと想像させる、力強く凛々しい声だった。


『フン! 俺はなァ、自分みたいな青春を謳歌してるガキが大っ嫌いなんだよ!』


 原田はそれすらはね退け、歪んだ憎しみを向けた。……バタバタと、なにやら揉み合う音。


『嫌っ! 触らないで! 誰か助けて!』


『ヘッ、馬鹿め。この時間帯には誰も来ねえよ。だからお前に何をしても【完全犯罪】だ』


 ――この下衆。もう聞いてられねえ。


 俺は生活指導室のドアの前に立ち、


「ゲフンゲフン!」


 と室内に聞こえるようにわざとらしく咳払いした。揉み合う音はピタリと止む。


 こういうコソコソした奴は「誰も来ない」から強気になるのであって、逆に言えば「誰かいる」と認識させればこの手の行動は止む。


『チッ、白けたな。もういい、帰れ』


 原田の乱雑な声が聞こえた。取り敢えず山吹救出は成功したな。


 間もなくガラッとドアが開き――。


 ドアの前で仁王立ちしていた俺は山吹と目が合った。山吹は俺を見て潤んだ目を丸くしたが、すぐにニコッと笑ってみせた。


「……よっ、ウルフマン。奇遇だね」


「えっ、いや――」


「ごめん、じゃーね!」


 山吹は涙を拭って脱兎の如く駆け出した。まぁ当然の反応だよな。


「ふっ…………」


 俺は息を漏らし、教室まで走った。桃瀬まだいるかな……。


 ドアを勢いよく開けると、ちょうど桃瀬と目が合った。帰り仕度をしていたようだ。


 急に出て来て驚いている桃瀬に、俺から話しかける。


「悪い、さっきの依頼受けさせてくれ。俺の考えが甘かった。……原田アイツは異常者だ」



どなたか存じませんが、本作を評価していただきありがとうございました。


感想欄とかに顔を出してくれると嬉しいです。

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