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第3話/君の隣

 

 昼休み


「熱っ! ふーふー」


 ホットコーヒーの熱さに苦戦しながら、俺は賑やかな食堂で一人飯。今日は疾風宮はオナ中と食うらしい。……オナじ中学校だった人って意味だからね、念のため。


 狼はイヌ科なのに俺は猫舌ってなんでだよ……。もういいわ、冷めるのを待とう。


 コーヒーの缶をそっと脇に除けて、ばくしと焼きそばパンにかぶりついた。ばくしと言えば、人を殴るデュクシって擬音小学校の時流行ったよね。まあ俺は遠くから見てただけですが。


 …………さて。


 俺が座っているお一人様用席はカウンター席のようにずらっと横一列に並んでいて、ガラス張りの壁からは校庭がよく見える。


 そんな事をボンヤリ考えていたからか、隣に人が来るのに気付けなかった。


「やっぱりここにいた。隣良い?」


 桃瀬だ。


 俺の返事を待つ事なく、桃瀬は手に提げていた弁当袋をテーブルに置いて、右隣の椅子に腰かけた。


「珍しいな。お前が一人飯なんて」


 袋から弁当箱を取り出す桃瀬に純粋な疑問をぶつける。


「そんな事ないよ。それより、 はい」


 そう言って桃瀬が取り出したのは、食堂で売ってる果物ゼリーだった。


「灰はブドウが好きだった、よね?」


「……そんなどうでもいい事よく覚えてるなお前。もう一つは……桃味? なに? 共喰い?」


「放っといて! 好きなんだから良いでしょ!」


 桃瀬はぷくっと膨れて桃ゼリーを抱きしめた。桃好きなんだ。超どうでもいい。


 俺はズボンのポケットをガサゴソして財布を出した。


「ゼリー、有り難く頂戴致す。いくらした?」


「あー、良いの良いの。私が勝手に買っただけだし。その……。あの時助けてくれたお礼、まだ言ってなかったな、って。……ありがと」


 桃瀬は伏し目がちに呟いた。その言葉を言われ慣れてない俺は照れ隠しにコーヒーを呷り、激しくむせ返った。コーヒーが熱かったからなのか、ガラスに映った桃瀬の顔が朱に染まっていたからなのかよく分からないが。もうね、オナ中とか言ってた一分前の自分を助走つけてブン殴りたい。


 俺は二、三度咳払いをして缶をテーブルに置いた。


「礼なんて言われる筋合い無えよ。そもそも俺が教科書を忘れなければ怒られなかったんだし。あれも、ただ単に原田がウザくて俺が勝手にキレただけだよ」


「素直じゃないね。そういう所、嫌いじゃないよ」


 桃瀬はクスッと笑い、弁当箱を広げて手を合わせた。いつもと違って素直なのが調子狂う。いつもなら


『先生に向かって“いい加減にしろよ薄らハゲ”とか狼月くん痛すぎるわー! この中二病〜!』


 とか馬鹿にするところだぞ。……酷え。


「本持ってくるの忘れたし、教室帰って何するかな……」


 何の気なしに呟いたら、桃瀬は変に明るい声を出した。


「ここにいてよ。どうせ暇でしょ?」


「確かに暇だけど……。ずっと食堂にいる理由も無いし」


「じゃあ私が理由。昼休み中だけでいいから……お願い、そばにいて」


 桃瀬は前を向いて視線を合わせようとしないが、不安げな手がきゅっと俺のブレザーの裾を握った。


 ……桃瀬は引きずっているのだ。原田のことを。そして、誰かと話す事によってそれを忘れたい、負った傷を癒したいのだろう。


 だとしたらなぜ、疾風宮ほど聞き上手でもなく、ヴラドよりも女心分からない上に、クラスの女子のようにテンションの高くない俺を選んだのだろうか。よく分からん。


 よく分からんが本人が指名したからには役目を全うしなければならないだろう。……自意識過剰の妄想と言われればそれまでだが。


「俺と話しても大して面白くないと思うけど、それでも良いか?」


 一応確認すると、桃瀬の顔はぱっと明るくなった。さっきまでと違う、いつもの笑顔だ。


「もちろん!」




 * * *




 特に何もなく六時間目が終わり、帰りのH・R(ホームルーム)の時間。


「……後は特に無いな。そうだお前ら、原田先生の授業はどうだった?」


 事務的な連絡を全て終え、担任は興味有りげに皆に訊いた。そう。雑談タイムだ。早く帰らせろよおおおお!


「ちょっとの事ですぐ怒って怖かったなー」


「あの人ヤバいよ先生。マジで頭おかしいって」


「そうそう。えーと誰だっけ……。ろ……? まあ良いや、教科書忘れた人のこと殴ってたし」


 クラスからは原田を非難する声が次々に上がる。授業中に言えなかったであろう不満をここぞとばかりに爆発させる。……いや最後の奴誰だよ。まあ良いやじゃねえよ狼月くんだよチクショー。


「クラスメイトに名前を覚えられてない……⁉︎ シ、ショックだぜ……」


 本当だよショック……って。


「やかましいわ桃瀬。心の声やるな。的確すぎて悲しくなっちゃうだろ」


 片手で片肘を押さえてもう片方の手で顔を覆う……いわゆる中二病ポーズを決めてる桃瀬をじっとりとした視線で見やる。桃瀬は中二病ポーズのままにやりとした。余計なことばっかり覚えやがって。


 担任はどうどう落ち着けとクラスの連中を手で制し、少し悲しそうな表情をした。


「あの人は職員室では良い人なんだけどなぁ……」


 原田をフォローしようとしたんだろうが、今の連中にとっては逆効果だ。


「それは先生達がいるからですよ! 猫被ってるんですよ!」


「なのに俺らには威張り散らして……! クズ野郎が」


 再び怒号が飛び交う教室内で、担任は分かった許してと頭を抱えた。ちらっと桃瀬の方を見てみると、困ってる担任を見て苦笑いしていた。原田の事を苦々しく思いつつも、この凶暴な集団心理には流されない――といった所か。


「ま、まああの人は考え方が古いからなあ。それに、昔と比べて最近は体罰に関して過剰にうるさいし。厳しいのはお前らに真っ直ぐ向き合ってくれてる証……ってのはダメか?」


 担任は穏やかに生徒達を宥めた。


「なんだよ先生原田の肩持つのかよ〜」


「……まー確かにそうかもねー。授業やる気ない先生とか正直ダルいし」


 クラスの連中の対原田熱は下がって、怒号も気付いたら止んでいた。なにげに生徒に愛されてるなこの人は。


 ほっと一息つく担任。雑談タイムは終了した。


「次の歴史は明後日か。……お前ら、なるべく仲良くやってくれよ。H・R終了。解散」


 なんだか釈然としないが、桃瀬がいつもの調子に戻ってくれたのでよかった。……やっぱりよくない。


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