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第11話/お好み焼きの起源ははっきりしないままでいいと思う

 

 日曜日。


 今日の昼飯は行きつけのお好み焼き屋だ。あの独特の熱気のこもった油っぽい空気を肺いっぱいに吸い込むと心が安らぐから不思議だ。


「行きつけの店」というのは良い。気兼ねなく立ち寄れるし、外の世界と接するストレスも他の店と比べて比較的少ない。何より、安心感がある。


 そんな事を考えちゃう俺は引きこもり予備軍かしら、と死ぬほどどうでもいい独り言を心の中で呟きつつ、お好み焼きが焼ける音をじっくり聴く。

 平和な休日だ。


「ねぇ灰! せっかくみんなで来たんだから悟り開いてないで会話に参加してよ!」


 隣に座っている桃瀬が話しかけてきた。ちなみに四人席の座敷だ。


 平和な休日だ。……コイツらさえいなければ。


「どーいう事だよ疾風宮。聞いてねーぞ、こんなの」


 俺は二人で飯食おう、としか聞いてない。斜め前に座る疾風宮に唐突に問いかけると、奴は驚いてコップを持ったまま硬直した。額に汗が浮かぶ。


「…………べっ、別に桃瀬さんに頼まれて灰君をここまで連れ出した訳じゃ、な、ないからね!」


「本当にお前は嘘つけないなぁ……。素直過ぎだろ」


 やっぱり桃瀬の差し金か。

 疾風宮は「し、しまったー!」とおでこを手でペチンと叩く。


「僕はもうダメだ……。助けて、ウラ()君!」


 疾風宮が隣のヴラドに泣きつく。ヴラドは口の端をピクッとさせた。


「いやー疾風宮君。嘘がつけないのは誠実さの表れであって良い事だとこの僕、ヴラド・ヘルブラウ・ツェベッシュは思うんだよね。僕――ヴラド・ヘルブラウ・ツェベッシュも君みたいになりたいものだよ。ヴラド――」


「ヴラドヴラドうるせーよ! 疾風宮が間違えたの根に持ちすぎだろ!」


「狼月君。名前というのは神聖なモノなんだ。僕は核爆弾の材料じゃない!」


 ヴラドにツッコミを入れたが、逆に吠えられた。


 確かに、疾風宮は人の名前間違って覚えるからな。アイツ未だに黒岩さんのこと黒井さんだと思ってるだろ。それは無いか。……無いよね?


「それはともかく、この店暑いねー。お好み焼き屋だからかなぁ?」


 桃瀬が顔の前で手をパタパタさせて暑さをしのいだ。首筋に浮かんだ汗がキラッと光り、俺は思わず目を逸らす。その挙動に目ざとく気付いた桃瀬はわざとらしく首筋をサッと手で隠した。


「えー何なに狼月くん? 幼馴染みのうなじ見て興奮しちゃってるの? この変態」


「へっ……変態とか言うなよ! それならお前もお前だ。そんな肩出した服着ちゃって、目のやり場に困るっつーの」


「興奮した事は否定しないのね……変態」


 桃瀬は若干呆れ気味に首筋をおしぼりで拭く。私服の女子って三割増しでエロく見えるよね。何でだろ。


「そんな格好で外歩いて、変な男に絡まれても知らねーぞ」


 普通に注意してやったら、桃瀬はからかうような視線を向けた。


「そーだね。こんなに可愛い子が外歩いてたら男の視線浴びまくりだねー。もしかしたら知らない人に取られちゃうかもよ? ちらっ」


 桃瀬は上目遣いで俺の顔を覗き込む。俺はため息をついた。


「お前なぁ……。人がせっかく心配してやってるのに……」


「わー、ゴメンゴメン。分かったから怒んないでよ」


 俺を宥めるために桃瀬は両手で拝んでみせる。


「怒ってない怒ってない。俺はただ――。さて、そろそろひっくり返すか」


「最後まで言いなさいよ! 『ただ』なに⁉︎」


 桃瀬を無視して俺はお好み焼きをひっくり返す。お好み焼きは一瞬宙を舞い、ジューッと小気味良い音を立てた。


「……ま、いっか」


 桃瀬は満足気に微笑んだ。俺はそれを横目にソースとマヨネーズをかける。


「よし、出来たぞお前ら。お好み焼き職人の俺が焼いた究極の豚玉だ。職人芸をとくと味わえ!」


「灰君はお好み焼きの話になると饒舌だね」


「お好み焼きくらいしか誇れるものがないのよ……」


 桃瀬がそっと目尻を拭う。余計な世話だ。

 俺は泣きそうになりながらお好み焼きを四つに切り分け、それぞれの皿に入れた。


「ほう。これが噂に聞くOkonomi-Yakiか。美味しそうだな」


「そうだヴラド。食って驚け、これが日本が世界に誇る伝統料理、お好み焼きだ!」


「お好み焼きのモトは戦後の一銭洋食って歴史の教科書に書いてなかった? 言うほど伝統じゃ」


「甘いな桃瀬よ。お好み焼きの原型は『麩の焼き』として遠い昔、安土桃山時代から既にあったと言われているのさ。それに、一銭洋食も戦後の日本の食料不足を補う為に広まっただけであってそれ自体は戦前から駄菓子屋で子供達に食べられていたのだよ。お好み焼きは関東大震災の時に――」


「はいはい。一生使う事のない知識をどうもありがとうございまーす」


 桃瀬は熱弁する俺の口に熱々のお好み焼きを放り込む。


「あふぁっ! はひふんはほ!」


 お好み焼きが熱すぎて俺は涙目で悶絶した。


「あはは、悶絶してる悶絶してる〜!」


 人が苦しんでる姿見て笑い転げるとか桃瀬さん悪魔の化身かなんかですか?


「……ふふ」


「楽しそうで何よりだよ」


 疾風宮とヴラドがなんか言ってるけど、全然楽しくないからね? 口の中が灼熱地獄だぞコノヤロー。火傷したらどうすんだ。


 ったく……。平和な日曜日を奪われて、幼馴染みに変態呼ばわりされて、挙げ句の果てに熱々のお好み焼きを口の中に入れられて。気分は最悪なはずなのに……何で俺はこんなに楽しいんだろうな。


 ガラじゃないけど、たまにはみんなで集まるのも悪くないかな、と人の温もりを知った一匹狼でした。


『なんて言うとでも思ったか! 最悪だ! 最悪の日曜日だ!』


 お好み焼きが口に詰まって喋れない代わりに、心の中で絶叫した。


 対峙する伝説 完


ソースはhttp://okonomiyaki-sc.com/historyです。


お好み焼きだけに。

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