表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/139

第10話/パストメモリー

 

 気付いたら、俺は見渡す限り一面闇の空間に立っていた。いや、足元が地面とは限らない。これは浮かんでいた、というのが一番正確だろう。足元を見ると、地面が崩れてしまいそうな奇妙な感覚に襲われる。


『また会ったな、クソガキ』


 と、脳内に直接イヴァン――初代・狼男の声が響く。


『それはこっちのセリフだ、クソジジイ。ところでこれどーなってるの? ここどこ?』


『ちょっと意識を奪い取ってるだけじゃ。それより、つい前にあんな話したばかりなのに、また闇の魔法を使うとは……自殺願望でもあるのか? それともバカなのか?』


 イヴァンは冗談めかして言う。もし顔が見えたら目が笑ってないんだろうな、と想像させるような声ではあった。


 さっきは夢中で戦っていたから忘れていた、いや、夢中で戦って忘れようとしていた。闇の魔法の代償を。


『どっちも違えよ。俺はただ…………桃瀬を護りたかっただけ』


『桃瀬……お前の女か』


『ゲホゲホッ! そ、そんなんじゃねーよ! ただのクラスメイトだ』


 俺は変な事をさらりと言われて思わず咳き込んだ。だが、イヴァンは真面目くさった声で続ける。


『じゃあお前はそこら辺の女があんな風に襲われてても助けたか? 闇の魔法で命を削ってまで』


『助けたね。それが俺の、今を生きる狼男の役目だから。クソジジイ、これ以上いい加減な事言うとセクハラで訴えるぞ』


 百点満点の回答をキッパリ答えたつもりだが、何故か心は揺れていた。


――知らない奴を助ける為に躊躇い無く闇の魔法を使えたか?


――何故俺は桃瀬を傷付ける奴を見ると心が黒く染まるんだ? 殺したくなるんだ?


――俺は…………俺は桃瀬が


『それよかあのヴラドの野朗は何も変わってないのぉ。あんなカッコつけ早いとこくたばっちまえば良いんじゃ、ケッ』


 イヴァンの暴言が俺の心のモヤモヤを全てブチ壊した。……あと少しで何かに気付いてしまいそうだった。


『酷え言い草だなオイ。……ん? ジジイ生きてたのって確か五、六〇〇年前じゃなかったか? て事はアイツ……』


『ああ、軽く五世紀は生きてるんじゃろーな。いや、死に続けてるのか』


『死に続ける?』


『あれ、知らないのか? 人間が吸血されて生まれた奴等と違って、オリジナルは不死身アンデッドなんじゃぞ。“僕はもう死んでるからこれ以上死ねない”とか昔ほざいてたのぉ』


 マジか。アイツ不死身なの? てっきり漫画や映画の話だけだと思ってたぜ。


『仲良いんだな、ジジイとヴラドって』


 何の気なしにボソッと呟いたら、イヴァンは過剰に反応した。


『そんな訳ないじゃろ! あのクソ野朗が! お前はもういい、消えろ!』


『なんだそれ!』


 テレビの電源が切れるように、プツッと目の前が真っ暗になった――。



 * * *




 先生のいない、放課後の教室。


「やーい桃瀬ー! ブス〜ノロマ〜!」


「へへへ〜!」


「待ちなさいよダイゴ達! 筆箱返してってば!」


 誰もいない教室で、そのグループと桃瀬だけが壮絶な追いかけっこをしていた。

 やんちゃ男子グループの面々が桃瀬を囃し立てる。桃瀬はそれらを追いかけるが、男子は嬉しそうに逃げ回る。

 気になっている女の子をいじめちゃう、小学生男子にありがちなアレである。


 そんな中、事件は唐突に起こって――。


「はぁっ、はぁっ、捕まえた!」


 桃瀬が、逃げ遅れたリーダー格の男子の肩を掴む。


「触るなブス!」


 その男子は内心嬉しいのだが、さも邪険そうに腕を払って桃瀬を突き飛ばす。


 力加減がマズかった。


 桃瀬は大きくよろめき、近くにあった先生の机に手をつく。その際、飾られている花瓶に腕がぶつかり、落としてしまった。


 ガシャーン!


 花瓶は派手な音を立てて粉々になった。その大きな音が、場にいる者全員の心を急激に冷やした。


「…………ちょっ、ちょっと、これやべーんじゃねーのダイゴ?」


「この花瓶って先生がチョー大事にしてたヤツだぜ? ……オレらタダじゃすまねえかもだぜ」


「いっ……今からでも、正直に言えば、きっと……」


 予想していない出来事にうろたえる男子達。遠巻きにダイゴの反応を伺う。

 ダイゴはその声が聞こえながらも砕けた破片をじっと見つめる。


「フッ……」


 ダイゴは息を漏らした。赤茶の前髪が僅かに揺れる。


「何ビビってんだお前ら? この花瓶は桃瀬が()()()()()()()()()()()()()んだ。俺たちは何も悪くない。だろ? ……ちょうど誰も見てないし、こっちは四対一だ。センコーも俺たちを信じる」


 ダイゴはニヤリと笑って仲間の顔を見る。犬歯剥き出しの凶暴な笑みだった。

 仲間達は初めのうちはは良心の呵責と葛藤していたが、皆すぐに口元に笑みを浮かべた。


「確かにー。桃瀬が一人で転んで割ったの見たわー」


「オレも。ダイゴは関係なかったように見えたなー」


「裁判長! オレは桃瀬の手が花瓶をフッ飛ばしたのをモクゲキしました!」


 仲間達は口々に声を張り上げた。まるで誰かに宣言するように。


 もとより彼等に断る選択肢はない。ダイゴという絶対の支配者がいるこのグループ内では、彼の言う事は全て正しいのだ。


「……確かに私が割っちゃったけど、あんた達も悪いでしょ。一緒に謝りに――」


「『善は急げ』だ! お前ら、桃瀬がクラスの女子連れてくる前に職員室に通報しておこうぜ!」


 桃瀬の言葉を遮り、ダイゴが仲間達の肩を叩く。


「そーだな! やっぱりダイゴはこう言う時頼りになるよなぁー!」


「で、職員室ってどこだっけ?」


「一コ上の階だよ。いい加減覚えろ」


 ダイゴ軍団はバタバタと教室を飛び出した。桃瀬はそれを追いかける。

 皆が姿を消し、しんと静まり返る教室。


「…………殺す」


 開いていたドア越しに廊下から一部始終を見ていた少年がボソッと呟いた。一秒後にはその場からいなくなっていたという。




 * * *




「おーっと、桃瀬さんまだ付いてきてます! しぶといですねー。ああっ! 今、目をこすりました! 桃瀬さん、泣いております!」


「残念だったな、あと少しで職員室だぜ!」


 グループの野朗共はいつものように桃瀬を煽る。桃瀬の視界は更に滲んでいく。


「やめてよっ……!」


「ハハハハハッ! たーのしーい!」


 女の子を泣かせる罪悪感をむしろ楽しむように、ダイゴは高笑いした。

 と、彼等の前に見知った顔が立ち塞がる。ダイゴは驚いたが、すぐに笑顔を作った。


「うおっ⁉︎ 何だ狼月かよビビらせやがって。それより聞いてくれよ、桃瀬が花瓶を――」


 皆まで言わせず狼月はダイゴの顔面に拳を叩き込む。鼻血を吹いてダイゴはひっくり返った。


「ッ! てめえ!」


「よくもダイゴを!」


「このヤローッ!」


 残りの三人も一斉に狼月に飛びかかる。


「殺す」


 狼月はそう呟き、素早い蹴りで三人をほぼ同時に仕留める。三人とも声すら出せずに廊下をゴロゴロ転がり回った。


 その様子をポカンと見ていた桃瀬だったが、ワンテンポ遅れて狼月が助けてくれたと気付いた。桃瀬は涙を拭いてゆっくり狼月に近付いた。


「灰ー! 暴力はいけないけど、助けてくれてありがと……」


 桃瀬は狼月の異変に気付く。桃瀬の方になど目もくれずに、倒れているダイゴ達を睥睨している。


「…………」


 狼月は黙ってダイゴに手を差し伸べる。ダイゴはそれを叩いた。


 叩かれた手はガッと胸倉を掴み、ダイゴを力の限り引っ張りあげる。


「痛て、何しやがるこの野朗!」


 狼月は抵抗するダイゴを一瞥して、思い切り殴り飛ばした。


「ぐはっ!」


 立ち上がる気力すら失くして廊下に倒れるダイゴに、狼月は馬乗りになる。


「殺す」


 そう言い、ダイゴの顔面に何度も何度も拳を叩き込む。とっくにダイゴは気絶してしまっているが、それでも足りないと殴り続ける。


「まだだ! お前の罪はこんなもんじゃ済まないだろ!」


 桃瀬はこの状況に危機感を覚えた。狼月にやめさせるようにと彼の腕に縋り付く。


「もうケンカはヤメて! 落ち着いてよ灰!」


「うるせえ!」


 だが狼月は、それを強引に振りほどき桃瀬の頰を殴る。


「きゃっ! 痛い…………グスッ」


 桃瀬は顔を押さえてうずくまった。思いの外痛かったので、引っ込みかけた涙が溢れてくる。


「おーレイカちゃーん! ……って、ええ⁉︎ 何で泣いてるの⁉︎」


 そこにたまたま通りかかった桃瀬の友人御一行。倒れているダイゴ達と息の上がった狼月を見て色々理解する。


「あー狼月くんレイカちゃんのこと泣かせたー! 女の子にぼう力しちゃダメなんだよ! いーけないんだー!」


 声の大きい小太りが叫ぶ。すると、どこからともなくクラスの女子がゾロゾロ現れてきた。


「いーけないんだー、いけないんだー! いーけないんだー、いけないんだー!」


「ううっ……みんな……灰は悪くないの…………」


 消え入りそうな声で桃瀬が訴えるが、狼月への糾弾で全てかき消された。今すぐにでも涙を引っ込めて誤解を解きたい。桃瀬はそう思ったが、自分のせいで狼月が悪く言われているのが悔しくて悲しくて、中々涙は止まらない。それにより狼月の誤解が解けずに罵倒され続けるのがたまらなくもどかしかった。


 女子の一人が職員室に先生を呼びに行って、一旦事態は収束した――。




 * * *




「これはどういう事だ?」


 教室に先生の冷たい声が響く。手には割れた花瓶の破片がある。

 集められたダイゴ軍団、桃瀬、狼月は俯き加減に立ち尽くす。


「全く。ただの喧嘩の仲裁ならまだしも、よりによって僕の一番大事にしてるこの花瓶を割ってくれるとはね……。君達は本当に厄介者だ。この花瓶いくらしたと思ってるんだ?」


 先生は、まるで虫でも見るような目で一同を見回す。彼のネチネチ度合いは生徒の中でも評判だ。


「で、誰が割ったの? 正直に言えば許してあげるよ」


 先生は決して守られる事のない約束を口にする。ダイゴは待っていたようにニヤリと笑った。


「先生聞いて下さい! 俺達見ちゃったんですけど、桃瀬が――」


「俺が割った」


 ダイゴの発言を遮り、狼月は気怠げに言い放った。事情を知る一同は驚き、揃って狼月を見やる。


「狼月……テメエ」


 狼月の考えが分からずにダイゴはただ呟く。


「説明してもらおうか?」


 アッサリ犯人探しが終わって上機嫌な先生は続きを促す。


「ムシャクシャしたから花瓶割ったら、桃瀬に見られて、『先生に言う』とか言って職員室行こうとしたからすぐ前で捕まえてブン殴った。ダイゴ軍団(コイツら)も良い子ぶって桃瀬を助けたりしたからボコボコにしてやった。だよな? ダイゴ」


「あ、ああ。そうだ」


 責任感の強い桃瀬の事だ、やってもいないのに自分が花瓶を割った事にしてしまうだろう。だったらダイゴ達と桃瀬には何も喋らせずに、自分一人で悪役を演じて全ての罪を被る。


 自分で考えた嘘よりも「ボコボコにされながら女の子を守った」狼月のシナリオの方が魅力的に感じたのか、生贄が桃瀬から狼月に変わったとしか考えていないのか、ダイゴはそれを受け入れた。


「やっぱりお前か、狼月! 本当にどうしようもない奴だな! 後で職員室来なさい」


 お決まりのセリフを聞いて狼月は卑屈な笑みを浮かべる。

 桃瀬はというと、何も出来ずに静かに涙を流すだけだった。


なんだか長くなっちゃいました。次回でこの章は終わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ