Chapter 1 -Part. 8-
そして季節は真夏を迎え、僕らの旅行の日がやってきた。僕は荷物を車の中に放り込みユキの家へと向かった。ユキのことを考えて、サオリたちとは現地で待ち合わせることにしていた。ユキは家の前の石段に座って待っていたが、いつもとは違う夏らしい感じに僕は一瞬目を奪われた。
「おはよう」
「いい天気ね」
「ああ……ユキ、とても可愛いよ」
「何言ってるのよ、もう!」
ユキの白いワンピース姿は夏の日差しに輝いていて、僕は思わずユキをじっと見つめてしまった。
「何見てるのよ。早く行きましょう」
僕らは車に乗り込み、海岸通りを西へ向かった。八月の海は日差しを浴びてきらきらと輝き、僕らはFMから流れる音楽を聞きながら、ひたすらに車を走らせた。
やがて僕らは、待ち合わせ場所のホテルの前に着いた。サオリたちは早々と到着していて、こちらに向かって思い切り手を振っていた。
「遅いよー!」
「仕方がないだろ。道が混んでたんだから」
「三十分も待ったんだから」
でもサオリは怒っていなかった。いやそれどころか、こちらを見ながらあらん限りの笑顔を見せていた。
「あっ、自己紹介しなきゃね。そちらがユキさん? はじめまして、サオリです」
「はじめまして、ユキです」
「あっ、それでこっちが私の彼、コウジっていうの。コウジ、こっちが私の友達のヒロくん。そしてこちらがその彼女のユキさん」
「はじめまして、コウジです」
「どうも、ヒロです」
「はじめまして、ユキです」
「まあ、あいさつはこのくらいにして、さっそく泳ぎに行きましょうよ」
半ば唖然とする三人を誘うかのように、サオリは既に走り出していた。僕は少し呆れながらも、そんな後ろ姿を眩しく見つめていた。それは、これから始まる四人の夏物語を暗示するかのように日差しが強く照り返している昼下がりだった。
僕ら四人は、海岸道路沿いの入口から砂浜へと駆け下りていった。サンドスキー場とは言っても、小ぢんまりとした砂浜の上のほうから急傾斜の砂の坂があるだけだったが、そこから見る海の色は確かに美しかった。それはちょうど隠れたプライベートビーチのような感じになっていて、波の音しか聞こえないような静かでいい雰囲気の砂浜だった。
「これがサンドスキーやるところ?」
「まあいいじゃないか。海は綺麗だし、さあ泳ごうぜ!」
案の定文句を言うサオリを尻目に、僕らは見事なまでにマリンブルーに染まる海で思い切り泳ぎ、体の中からすっきりとした気分になった。
「なっ、来てよかっただろ?」
「そうね、とても気持ちがいいわ」
その時僕とユキは、はしゃぎ続けるサオリたちから離れて砂浜に並んで座っていた。
「サオリさん、とても元気ね」
「まあ、昔から元気が取り柄だけのような子だったからな」
「でも、羨ましいわ。あんなに明るくて、私なんかとは正反対で……」
「サオリはサオリ、ユキはユキだよ。俺はそんなユキが大好きだよ」
その言葉に、顔を赤くしてうつむくユキの姿が、僕にはとてもいとおしかった。と同時に、明るくはしゃぎ回るサオリの姿にもまた新鮮な想いを抱いていた。
やがて夕方になり、僕らは心地よい疲れとともにホテルへ引き上げた。そこは海を臨む高台にあり、部屋の窓からは、黄昏色に染まる海が映画のスクリーンのように広がっていた。サオリたちと僕らは部屋を別々に取り、僕の隣にはそんな風景をうっとりとした目で眺めるユキがいた。
「綺麗ね」
「ああ、そうだな」
「私、今とても幸せよ」
「ユキ……」
僕はこちらを向いたユキを抱き寄せて、その潤んだ唇に近づいていった。とその時、突然部屋の扉が開いて、サオリが勢いよく中に入ってきた。
「ねえ夕食が終わったら花火でも……あっ」
「おいっ、部屋に入る時はノックぐらいしろよ」
「ごめんね……じゃあまた後で」
サオリは気まずそうに自分の部屋へと戻っていった。そして、僕はそんなサオリの姿にその想いをかすかに感じ取っていた。
そして夕食後、僕らは昼間泳いだ砂浜で花火をした。花火とは言ってもコンビニで買ってきたものだったが、僕らはそれでもとても楽しかった。特にサオリは、ロケット花火を振り回しながら僕ら三人を追いかけ回した。僕は少し落ち着いたところで、隣に座っていたコウジに聞いてみた。
「なあ、あれじゃあ毎日大変だろ?」
「いえ、いつもはこうじゃないんですよ。もっと静かですよ。ここへ来てから急にはしゃぎ出して、何かこっちがびっくりですよ」
「へえ、いつもは違うんだ」
ロケット花火でユキを追いかけているサオリを見ながら、僕は何だか不思議な気分になっていた。僕がまだ見たこともない、サオリの別の姿があると知って……。
翌日も僕ら四人はその海で遊んだ。相変わらずサオリの行動に他の三人が振り回されているのは同じだったが、それでも僕は楽しかった。全てが開放的で爽やかで、そして海風が全てを包み込んでくれていて……僕はこの瞬間、本当に日常を忘れていた。
「サオリ、そんなにはしゃいで疲れない?」
その時、コウジとユキは買出しに行っていて、砂浜には僕とサオリしかいなかった。
「ううん、全然。だってすごく楽しいもの」
「昨日コウジくんに聞いたんだけど、いつもはもっと静かだって、驚いてたぜ」
「だって、海に来てるのよ、大好きな海に。それに……」
「それに?」
「私、ヒロくんといると何か嬉しいの。何て言っていいかわからないけど、私らしくいられるっていうか……」
サオリは次の言葉に詰まったが、僕は我慢強くその続きを待った。
「私、今でも時々思うんだ。あの時、ヒロくんと付き合ってたら、どうなってたのかなって。今さら考えても仕方がないのにね」
僕は完全に言葉を失っていた。と同時に今までとは違う、サオリへの気持ちが湧き起こっていることに気づいた。それはまだ本当に小さなものだったが、僕の心を確実に揺さぶっていた。きらきらと輝く八月の海を見ながら、僕はその心のさざ波をしっかりと感じていた。