Chapter 1 -Part. 7-
そうしてゴールデンウィークも終わり、僕は本格的に就職活動に入った。着慣れないスーツを着て回る会社訪問は正直かなり辛いものだったが、それでもバイトにはきちんと顔を出した。ユキとも順調に夜の海で静かな時を重ねながら、ゆっくりと、そして深くお互いの気持ちを確かめ合っていった。二人とも会社訪問で疲れていたが、毎日のそんな他愛もないひと時が、少なくとも僕にとっては唯一の救いだった。
サオリともよく会った。もともと大学が近かったので、僕らはよく昼飯を一緒に食べたり、時には二人で合コンを企画したりした。サオリの連れてくる女の子はどの子も可愛いかったので、僕は友達やサークルで随分有り難がられた。そして僕は、そんなサオリとの時間もまた、別の意味で大切に思っていた。
やがて街は七月の輝きに包まれるようになり、僕とユキは何とか会社の内定を取ることに成功した。もっとも、僕の内定先は本当に引っかかった程度のものだったが、それでもあの辛い就職活動から解放されたことがとても嬉しかった。そんなある日、僕とサオリがいつものように大学の近くで昼飯を食べていると、サオリが急にある提案をしてきた。
「ねえ、ヒロくんもやっと就職が決まったことだし、夏休みに海にでも行かない?」
「海なら、家から歩いてすぐだろ?」
「違うわよ、もっと遠くの海よ。海外ってわけにはいかないけど、たとえば沖縄とか」
「沖縄に行くんだったら、グアムやサイパンのほうが安いぜ」
「そうねえ、じゃあ……まあ、どこでもいいわ。海で思いっきり遊ばない?」
「俺たち二人でか?」
「まさか、四人よ」
「あとの二人は?」
「ヒロくんの彼女と、私の彼」
「おいおい」
「いいじゃない。私、ヒロくんの彼女……ユキさん? 一回見てみたかったんだ」
「でも、ユキが何て言うか」
「そこはヒロくんがうまく言ってさ、ねえ行こうよ」
サオリからのこの誘いが後々どんな影響を与えるのか、その時の僕には全く予期できなかった。ユキがこの誘いを受けるとは思えなかったが、それでも僕は、この旅行を楽しくするために何とかユキを説得しようと思っていた。そう、その時の僕はユキのことなど全く考えずに、本当に自分のことしか見ていなかったのだ。レストランの窓の向こうに光り輝く七月の街並みを見ながら、僕はただそんな自分勝手な考えに翻弄されていた。
次の日の夜、バイトの帰りに僕はユキと近くの砂浜に佇み、昨日のサオリからの誘いを話した。案の定ユキの顔が曇ったが、僕はそれでも粘り強く誘ってみた。
「なあ、行こうよ。何だったら、向こうとは別行動でもいいんだし」
「ええ、でも……」
「車も別にしてさ、ただ一緒に行くっていう感じで。嫌だったら、話とかもしなくていいんだし」
「……そうね、わかったわ」
「オッケー、じゃあ決まりな」
「それで、どこに行くの?」
「それなんだよ。海って言ってもいろいろあるしさ」
「ねえ、伊豆なんかどう? ちょっと近すぎるかもしれないけど、南のほうに行けば結構海も綺麗よ」
「そう言えば、サンドスキーができる砂浜があったな」
「そこって、確かドラマの舞台にもなってたわね」
「よし、じゃあそこにしよう」
「でも、勝手に決めちゃって大丈夫?」
「平気だよ。どうせ何も決まってなかったんだから」
「でも、ヒロと泊まりがけの旅行なんてね」
「嫌か?」
「ううん、その逆。何かとっても楽しみ」
いつしか曇っていたユキの表情も明るくなっていた。僕はそんな姿をただ微笑ましく見つめ、そして楽しくなるであろう旅行に胸が高鳴った。