Chapter 1 -Part. 6-
その日はゴールデンウィークの真っ只中で、街中は人込みで溢れ返っていた。そして僕は、待ち合わせ場所の鎌倉の駅前で手を振りながらやって来るサオリを待ち受けていた。
「ごめん、待った?」
「まあ、ちょっとな」
「じゃあ行こうよ」
「おいおい、どこへ行くんだよ?」
「水族館よ」
僕らは電車を乗り継いでそこへ向かった。正確に言うと水族館をメインにしたテーマパークで、イルカのショーからジェットコースターまでが同居している場所だった。
「私、一回来てみたかったんだ」
テーマパークに着くと、サオリははしゃぎながら水族館へ入っていった。僕は半ば呆れながらも、サオリのそんな姿に眩しさを感じながら後を追った。
「ねえ、ここって魚が泳ぐ真ん中を歩けるのよね? 雑誌に書いてあったよ」
「いや、それは……」
それが子供騙し程度のものであることを僕は以前来て知っていたが、サオリの夢を壊すのも気が引けたので黙って後をついていった。案の定サオリは憮然とした表情で文句を言ったが、すぐに気を取り直したらしく、イルカのショーを見ようと言った。
「私、イルカ大好きなんだ。ヒロくんは?」
「俺も好きだよ。どうせならイルカに乗りたい気分だな」
「私も乗りたいな」
「サオリが乗ったら、イルカが沈んじゃうんじゃないか?」
「それ、すっごいムカツク!」
僕らはそうしてイルカのショーを見た。その後でジェットコースターにも乗り、ひとしきり遊び終わった頃には、もうあたりは夜の闇に完全に支配されていた。
「そろそろ帰るか?」
「まだまだこれからよ」
「もう夜になっちゃったぜ」
「ゴールデンウィーク中だけ花火が上がるのよ。ねえ、見ていこうよ」
僕らは海沿いのデッキに座り、次々と水中から打ち上がる花火を眺めた。うっとりとした表情で見つめるサオリを横目に、僕はその神秘的な世界の中でその魅力を改めて感じていた。
「ねえ、これからもこうやって、一緒に遊んでくれる?」
「一緒にっていっても……」
「ううん、違うの。付き合うとかそういうんじゃなくて、友達として。やっぱり、私にとってヒロくんは大切な人だから」
「……ああ、いいよ」
「よかった。実は、もう会えないんじゃないかって、ちょっと心配だったんだ」
「昔からの仲だろ?」
「そうだよね」
サオリは本当に安心したようだった。そして、僕も心の底からほっとしていた。サオリとはこれからも幼なじみとして、いや友達として会いたかったからだ。
「ねえ、実は話したいことがあるんだ」
「何?」
「私、付き合ってる人がいるの」
「えっ?」
この唐突な一言に、僕は思わず言葉を失った。もちろん、サオリに男ができたとしてもそれはある意味では当たり前のことで、取り立てて驚くことでもなかったが、この前のこともあったので何となく不意打ちにあったような感じがしたのだ。
「少し前に、短大の友達の紹介で知り合ったの。ひとつ上の大学二年生で、うん、優しい人」
「ふうん、そうなんだ」
「びっくりした?」
「ああ、ちょっとね」
「一応、ヒロくんには言っておきたかったんだ。大切な友達として」
僕は、次々に打ち上がる花火をただじっと眺めていた。確かに、サオリに対する気持ちは幼なじみの妹のようなものだったし、そんな彼女の幸せなのだからもっと喜ぶべきなのかもしれなかったが、そう思うには僕はまだある意味で幼かった。
「それで、ヒロくんのほうはどうなの?」
「まあ、一応はな」
「あ、彼女できたんだ」
「まあな」
「よかったじゃない。ねえ、どこの誰?」
「同じバイトで働いている女の子だよ」
「ふうん、ヒロくんも結構やるじゃない」
「それ、どういう意味だよ?」
「やっぱり、ヒロくんはモテるってことよ」
「そうかな」
「またとぼけちゃって。まあそこがいいところなんだけどね」
サオリはそう言うと、僕から視線を外してまた花火を見始めた。僕は、今日ほど自分が子供だと思ったことはなかった。年下ながらサオリのほうが余程大人だった。と同時に、自分は本当に魅力があるのだろうかとも思った。見た目も平凡で、取り立てて何かに秀でているわけでもなく、何と言っても現実にそう実感したことがこれまで一度もなかったのだ。僕は夜空に打ち上がる花火をただあてもなく見つめながら、ふとそんなことを考えていた。