Chapter 6 -Part. 1-
やがて、流れゆく月日を誰も止めることができないうちに、十月の秋風が街を包むようになった。舗道には枯葉が舞い落ち、木枯らしが吹くと、その枯葉たちはまるで踊りを踊っているかのように、澄んだ空気の中を褐色の体で舞い続けていた。
そんな秋真只中のある土曜日の夜、僕とハルカはユキのマンションにいた。ユキとの夏の旅行で話した、僕とユキとのカレー対決をしようということになったのだ。ハルカはその審査員で、と言っては大袈裟だが、二人のカレーを食べてもらおうとユキが誘ったのだ。僕とユキはさっそくそれぞれのカレーを作り始めたが、当然のようにキッチンは一つしかなく、僕らは何度もぶつかり合いながらカレー作りをする羽目になった。
「こうして後ろから見てると、本当に夫婦みたいね」
そうハルカにからかわれながらも、僕らは二時間をかけてやっと作り終え、それぞれのカレーがテーブルに並べられた。
「へえ、二人ともいい感じよ。まあ問題は味だけどね。さあ、さっそく食べましょうよ」
そう言うとハルカは、自分で差し入れたビールをみんなのグラスに注ぎ、乾杯もそこそこに僕らのカレーを食べ始めた。僕とユキはそんなハルカの食べっぷりに唖然としながらも、その表情に釘づけになっていた。
「……どう?」
ユキの問いにハルカはしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「びっくりした。見た目は二人ともちょっと違ってたんだけど、食べてみたら同じ味がする。不思議ね……やっぱりあなたたちお似合いの夫婦ね」
「もう、まだ夫婦じゃないわよ」
ユキが笑いながら答えた。
「まあとにかく、二人とも食べてみてよ。本当に同じ味がするから」
ハルカのこの言葉に、僕らは恐る恐るスプーンを動かした。ハルカの言うとおり、見た目こそ違っていたが、食べてみると僕のもユキのも同じ味がした。
「本当だ……同じ味だ」
僕が思わずそう言うと、ユキがすかさず答えた。
「ヒロ、私の真似したわね」
「何言ってんだよ。それより、ユキこそ俺のカレーの味盗んだだろ?」
「盗んだって、ちょっとその言い方は何よ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。結婚する前から夫婦喧嘩してどうするのよ」
ハルカにそう窘められ、僕らはようやく口をつぐんだ。
「まあ、どっちが真似したかはさておき、このカレー、とても美味しかったわ。これは引き分けね。二人とも料理の才能あるわよ」
ハルカのこの一言で、僕らは何だか急に可笑しくなり、その後は三人で楽しく話をしながら過ごした。
やがて夜が更けてきたので、ハルカは楽しかったと言って帰っていった。僕とユキは二人で片付けをした後、リビングのソファーでビールを飲みながらくつろいだ。
「今日は楽しかったな。ハルカもたくさんカレー食べてくれたし」
「……ええ」
「どうしたんだ? さっきから顔色が悪いけど、具合でも悪いのか?」
「違うの……ねえヒロ、この前サオリさんに会ったんでしょ?」
「えっ……何で知ってるんだ?」
「ヒロが来る前、私ハルカといろいろ話してたの。その時、ハルカが後輩のメグミちゃんっていう女の子から聞いた話をしたの。メグミちゃんとヒロが他の友達と一緒に飲んで、帰り際に調子の悪かった女の子を一晩中ホテルで看病してたっていう話。メグミちゃん、ヒロの優しさに感動したって、それを聞いたハルカも感動したらしいけど、でもその子がサオリさんだって聞いたら、私何だか辛くなっちゃって」
「ごめん。ユキには、サオリと会ったこと言ってなかったよな。でも、本当に偶然だったんだ。それに、帰り際に雨が降ってきて終電なくなって、おまけに彼女熱あるし、どうしようもなくてホテルで看病してたんだ。本当に、何もしてないんだ」
「わかってるわ。そういう状況なら仕方ないと思う。でも、相手がサオリさんだっていうのがどうしようもなくひっかかるの。ねえ、昔のことを思い出しちゃうのよ」
「そうだよな。確かに、俺が軽率だった。本当に……ごめん」
「いいの……いいのよ。でも今日は帰って」
「……わかった」
僕はソファーから立ち上がるとかけてあった上着を取り、ゆっくりとユキの部屋を立ち去った。理由はどうあれ、ユキを傷つけてしまったことは間違いなかった。僕は本当に心の底から悔いていた。そして、そう後悔している自分にも嫌気がさしていた。最初からメグミやサオリと飲みにさえ行かなければ……僕は、都会の夜空に輝く数少ない星たちを見ながらただ心の中でそう呟いていた。