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Dolphin Story  作者: hiro2001
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Chapter 5 -Part. 2-

 その半月後、僕とユキは夏休みを利用して南の島へと旅立った。出発の日の朝、東京は久々の雨に街中がしっとりと濡れていたが、飛行機を乗り継いで島に降り立つと、強い、でも優しい日差しと、爽やかに通り過ぎる風が僕らを出迎えてくれた。僕らはまずタクシーでホテルへ向かい、部屋で着替えを済ますと、ホテルの裏手にある真っ白な砂浜が眩しいビーチへ出た。空はどこまでも青く、僕らはそのままの姿で海に入り、お互いに水しぶきをかけ合ってはしゃいだ。煌く水しぶきの向こうには、それに負けないくらいに輝くユキの姿があり、僕はその姿に目を細めながら、たとえようのない充足感に心が満たされていた。

 そうしてひとしきりはしゃいだ後、僕らは穏やかな波の音をバックに砂浜に横たわった。遠くからはささやくように風の歌声が響き、照りつける太陽は温かく僕らを包んでくれた。僕はそんな太陽を眩しく見つめながら、同時に横で寝ているユキをも眩しく見つめていた。

「いい気持ちね……本当に、いい気分」

「そうだな、海も綺麗だし……でも、ユキもとても綺麗だよ」

「もう、何言ってるのよ」

「本当さ」

 僕はその時、ユキのことを本当に美しいと思い、またいとおしいとも思った。そして僕はこの幸せを、この胸の想いを失いたくないという強い衝動に駆られた。遠く海の彼方に漂う一艘のボートを見ながら、僕はそんな風にこの夏を抱き締めていた。


 その夜、僕とユキはホテルの中にあるレストランで夕飯を食べた。そこは東南アジア風にアレンジされていて、コース料理のメニューにもトムヤンクンやカレーなどが並び、僕らは改めて南の島に来たことを実感した。僕とユキはまずビールを注文し、軽くそのグラスを合わせた。キンという澄んだ音が静かな店内に心地よく響いた。

「とてもいい雰囲気ね。何かこう南国っぽくて、うまく言えないけど、ああ、旅に来たんだなって実感するわ」

「そうだな。余計なものとかがないし、落ち着くよ」

 確かに店内は窓もなく開放的で、目の前にはホテルの中庭が広がり、ラグーンには鳥たちがひっそりと佇んでいた。既に外は暗かったが、テーブルのキャンドルが僕とユキの姿をほのかに映し出していた。

 やがて前菜からトムヤンクン、肉と魚それぞれのカレーなどが運ばれてきて、食べ終わってコーヒーを飲む頃には二人とも十分に満足していた。

「とっても美味しかったわ。普段食べてるカレーなんかとは全然違うし、でもトムヤンクンは辛かったわ。おかげでビールもたくさん飲んじゃったし……でも幸せ」

「普段食べてるカレーって、レトルトパックのやつ?」

「失礼ね。これでも料理には自信あるんだから。カレーだって、きちんとルーから作るんだから」

「へえ、実は俺も、料理にはちょっと自信ありなんだ。そうだ、今度どっちのカレーがうまいか対決しよう」

「ええ、いいわよ。でも、二人で作ってお互いに食べ合うのも何かね」

「じゃあ、ハルカを呼ぼうよ。ハルカに俺たちのカレーを食べてもらってさ、どっちがうまいか決めてもらおうぜ」

「ふふっ、何か、どこかのテレビ番組みたいね」

 僕らはそんな風に夕食をとり、やがて話し疲れたところで部屋へと戻った。部屋からは昼間泳いだ砂浜と海がうっすらと見えた。僕が部屋の明かりをつけようとすると、ユキはそれをおもむろに止めた。

「だって、明かりつけないほうがムードがあっていいじゃない。海のほうが少し明るいから真っ暗じゃないし」

「それもそうだな……何か飲もうか?」

 僕は、ルームサービスでウィスキーとカクテルを注文した。そして、海からのほのかな明かりのもとで僕らは静かに乾杯した。ユキのカクテルグラスの向こうに、穏やかに佇む海が見え、その波の音は僕らを夢の世界へと誘った。

「何かこの世界に私たちしかいない感じね。静かで……本当に素敵だわ」

「本当に、俺たちだけしかいなかったらどうなのかな?」

「結構いいかもよ。ほら、二人だけで無人島に置き去りにされたみたいで……どこかの映画にあったような気がするけど」

「それで、魚や草を取って食べながらひたすらに助けを待つわけだ」

「助けなんかいらないわよ。ずっと無人島にいればいいじゃない。誰にも邪魔されないし余計なこと考えなくてもいいし」

「そうだな、それもいいな」

「ねえ、ここを無人島にしましょうよ。二人しかいない無人島に……」

 そう言うとユキは僕の隣に座り、そっと僕の肩にもたれてきた。僕はユキの唇に自分の唇を深く重ね合わせ、そのまま二人だけの夢の世界へと向かった。お互いが溶け合っていくような無人島の夜は、そうしていつまでも果てしなく続いた。

 次の日もまた次の日も、僕とユキは二人だけの時間を過ごし続けた。僕は本当に夢の中にいるようで、ただひたすらにユキを求め続け、そして愛し続けた。ユキもまた、そんな僕の気持ちに応えてくれる、いやそれ以上に深く激しく僕を愛してくれた。僕らはそんな無人島の生活に、これまでにないほどの最高の幸せを感じていた。そう、この世界は僕とユキのためだけにある永遠の世界なのだ。

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