Chapter 5 -Part. 1-
やがて六月になり、ハルカの結婚式の日がやってきた。梅雨の真っ只中ではあったが、その日はすっきりとした青空が広がり、僕とユキは式が行われる教会に足を運んだ。そこは横浜の山の手にある小ぢんまりとした教会で、結婚式は身内と親しい友人たちだけで行われた。ウェディングドレスを身にまとったハルカは本当に幸せそうで、僕とユキがおめでとうと声をかけると、ハルカはにっこりと微笑んでありがとうと言った。僕はハルカのそんな姿に改めて人の幸せを感じ、そしてそれを見つめるユキの姿に僕自身の幸せを感じていた。
そうして式は無事に終わったので、僕とユキは海沿いの公園まで歩き、そこから桟橋で繋がっている、海の上に浮かぶレストランでコーヒーを飲んだ。海は今日も静かに凪いでいて、僕は海にかかる橋を窓の外に見ながら久しぶりに穏やかな気持ちになっていた。
「ねえ、ハルカ綺麗だったわね」
「そうだな」
「それに、とても幸せそうだった」
「ああ、眩しかったよ」
「私たちも、あんな風になりたいわね」
「なれるさ。いや、もっと幸せになろう」
「そうね……幸せになろうね」
僕は、そう言ってこちらを見つめるユキの額に軽く口づけた。ユキは恥ずかしそうに下を向いたが、僕はその姿に確かな愛の形を見ていた。そう、その時僕は初めてユキとの結婚を意識し、ユキとずっと一緒にいられたらどんなに素晴らしいだろうと思った。六月の海は、そんな僕らと僕の気持ちを祝福するかのように、日差しを浴びてきらきらと輝いていた。
そうして僕らは、お互いの愛を確かめ合いながらより強く結ばれていった。ユキは僕にとってもはやかけがえのない存在になっていて、彼女のいない人生など考えられなくなっていた。僕らの心は一つになり、お互いの心を共有し合っていた。と同時に、それは僕にとってサオリが完全に過去の存在になったことをも意味していた。確かに、眠れない夜にサオリのことを思い出して胸が痛む時もあったが、それはほろ苦い青春の思い出を回想するのと同じで、それでサオリへの想いが再び生まれてくるわけでもなかった。僕は、自分の人生に新しい一ページが刻まれたことを強く実感していた。
七月を迎えると、街は夏の日差しに包まれるようになった。僕は、会社のプロジェクトの関係でメグミと一緒にある会議に出席した後、近くのオープンカフェでアイスコーヒーを飲んだ。道行く人々は、みんなうだるような暑さに顔をしかめながら、それでも早足で歩き去っていった。
「今日も暑いですね」
「そうだな、本当にゆでだこになっちゃいそうだよ」
「本当に……それにしてもマツダさん、最近仕事頑張ってますね。何か力がみなぎってる感じで、エネルギッシュですごいと思います」
「そうかな?」
「ええ、少なくとも私には真似できないな。今日も私、邪魔じゃなかったですか?」
「そんなことないさ。メグミちゃんが会議の資料をきちんとまとめておいてくれたから、先方の感触もずいぶんよかったし、本当に感謝してるよ」
「本当ですか? よかった。私、マツダさんの役に立てただけで嬉しいです。だって私……」
「えっ?」
「いえ、何でもないです。ところでマツダさんは、夏休みとかどこかへ行くんですか?」
「ああ、ちょっと南の島へでも行こうかと思って」
「いいですね。私も行きたいな、南の島」
そう言うとメグミは、高い空を見上げて大きく背伸びをした。僕はそんなメグミの姿を微笑ましく見ながらも、そのかすかな想いをどう受けとめたらいいか迷っていた。でも結局のところ、僕はメグミの気持ちには応えられないのだ。僕の心の眼には、もうユキしか映らないのだから……。