Chapter 4 -Part. 2-
そして日曜日、僕が新しいマンションの部屋で荷物の整理をしている時にチャイムが鳴ったのでドアを開けると、そこには顔が見えないくらいにビニール袋を抱えたハルカが立っていた。
「こんにちわ」
「おいおい、何だよそのたくさんの袋は」
「引っ越したばかりだと、いろいろといるんじゃないかと思って。ちょっと買い過ぎちゃったけど」
「まあ、とにかく入れよ」
僕はハルカを部屋に通し床に座らせると、引越し用のダンボール箱からカップを二個取り出してインスタントコーヒーを入れた。
「ありがとう、相変わらず優しいね」
「俺を褒めても何も出ないぞ」
「わかってるわよ」
僕らはコーヒーを飲みながら、窓の外に広がる景色を何気なく眺めた。
「まあまあの景色ね」
「最上階の五階だからな」
僕のマンションは新宿に程近い郊外にあり、ハルカのマンションに意外と近かった。もっともハルカは結婚したら引っ越すので、すぐに離れてしまうのだが……。
「ところでマツダくん、今彼女いるの?」
「いや、いないけど」
「実は、私の大学の友達で彼氏募集中の子がいるんだけど、今度会ってみる?」
ハルカのこの突然の提案に、僕は正直面食らった。サオリと別れてから二年、友達の紹介や合コンを通じて何人かの女の子と知り合ったが、どの子ともいまひとつうまくいかなかったので、今度もそうなるだろうと思う反面、新たな出会いの予感に何となく心躍る自分もいた。僕が返事を躊躇っていると、すかさずハルカが捲くし立てた。
「もしかして、ハルカの紹介じゃあろくな女じゃないって思ってるでしょ?」
「そんなこと思ってないけど」
「大丈夫よ。ちょっと大人しい子だけど、性格いいし、結構美人なんだから」
「本当か?」
「またあ、鼻の下伸ばしちゃって。まあいいわ。で、どうする? 会ってみる?」
「そうだな、会ってみるか」
「何よ、その気のない返事は。他ならぬこのハルカさんが、とっておきの女の子を紹介しようって言ってるのよ。もうちょっと喜んでもいいんじゃない?」
「わかった、わかった。ありがとうございます。本当に、涙が出るくらい嬉しいよ」
「それでよろしい。じゃあ、私がセッティングするから、詳しいことが決まったらまた連絡するわ」
「ああ、頼むよ。いやあ、でもハルカみたいな友達持って、俺は本当に幸せ者だな」
「またあ、そんなこと言っても何も出ないわよ。さて、それじゃあ部屋の片付けでもしようかしら」
ハルカはそう言うと、髪の毛を後ろに束ねて、飲み終わったコーヒーカップを流しで洗い、その後ダンボールから食器や衣類を取り出して戸棚やタンスにしまい始めた。ハルカの手際のよさには、僕もすっかり感心した。戸棚の中の食器はあたかも最初からそこにあったかのように整然と並べられ、タンスの中の衣類はきちんと整理されて自然に収まっていった。
「ハルカは、きっといい奥さんになるよ」
「だから、そんなこと言ったって何も出ないって言ってるでしょ。ほら、マツダくんもぼおっとしてないで、そこのダンボールをこっちへ持ってきてよ」
「はいはい」
ハルカは半日かけて僕の部屋をすっかり片付けてくれたので、最後に部屋中に掃除機をかけ終わった頃にはもうすっかり夜になっていた。
「さてと、これで完璧ね……じゃあ、私帰るね」
「夕飯でも食べに行こうか? もう夜になっちゃったし、今日のお礼も兼ねてさ」
「ありがとう。でも、今日は帰るわ。ちょっと用事もあるし」
ハルカはそう言うと、束ねていた髪をほどいてからバッグを抱えて立ち上がった。僕はハルカをマンションの下まで送った。あたりは既にすっかり夜の闇に包まれていて、ふと頬をなでる春の夜風が、僕に何となく懐かしい想いを抱かせた。
「今日は本当にサンキューな。また飯でもおごるよ」
「いいのよ、気にしなくて。それより、さっきはとても嬉しかった」
「えっ?」
「マツダくんに、いい奥さんになるって言われて、私本当に嬉しかった。ありがとう。やっぱり、マツダくんは私にとって大切な人……じゃあ、また明日ね」
ハルカはその言葉と笑顔を残してその場を立ち去った。そして僕は、その笑顔を少し複雑な気持ちで受け取った。ハルカとのことはもちろん今となっては後悔していない。もう一度人生をやり直したとしても、僕はやはり同じことをするだろう。でも仮に、もう少し違った状況でハルカと出会えたなら、僕らはもっとうまくやれたかもしれない……去り行くハルカの後ろ姿を見送りながら、僕はふとそんなことを考えていた。