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Dolphin Story  作者: hiro2001
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Chapter 3 -Part. 6-

 そしてその夜から一週間後、僕の家のポストに一通の手紙が入っていた。裏を返してみると、それはまぎれもなくサオリからのものだった。僕は、夕暮れがせまる海辺の公園へ行きその封を開けた。


 ヒロへ


 初めて手紙を書きます。本当は直接会って話をしなければと思ったんだけど、できそうにないので手紙にしました。この間はごめんなさい。実は今月に入ってすぐ、街で偶然コウジと会いました。一年ぶりだったからちょっと懐かしくなって、いけないとは思ったけど喫茶店でおしゃべりしました。それから二、三回会って、食事をしたり遊びに行ったりして……私、正直言って、コウジと会って心の安らぎを感じました。最近いろいろとあって、もちろん私も悪いんだけど、久しぶりに落ち着けた感じがして、ヒロには悪いと思ったけど……その後ヒロと会って、あの高台から夜景を見てた時、私迷ってたの。このままヒロと付き合っていていいのかなって。コウジと会ったからっていうのもあるけど、最近のヒロを見ていて、私じゃ駄目なんじゃないか、私じゃ助けてあげられないんじゃないかって思ったの。もしかしたら、ヒロとは友達のほうがよかったんじゃないかって。でもあの時は、やっぱりヒロのことが好きだったからヒロの胸に飛び込んだの。私を、私の心を繋ぎとめていてほしかったの。でも二日後にコウジと会って、やり直せないかって言われて、それから三日間家で考えたの。考えて考えて出した結論……私、コウジと付き合います。やっぱりヒロとは、友達のほうがいいと思うの。だってヒロ、私と付き合い始めてからいろいろと辛かったでしょ? 私わかってた。最近のヒロ、すごく無理してたもの。私いつも言いたかった。そんなに無理しなくてもいいよって。でも言えなかった。だって、それがヒロなんだから。でも、友達なんて虫がよすぎるよね。わかってるけど、私ヒロを失いたくはないの。この広い世界の中で、私にとってヒロはすごく大切な人だから……。

 ヒロ、今この手紙読んでてすごく傷ついてるよね。ごめんなさい。でも、これだけは信じて。私、ヒロと一年間付き合ったけど、十年くらい一緒にいた気がするの。それくらいヒロのことが好きだったし、毎日が楽しかった。そして、人の気持ちの強さや儚さを教わりました。もし許されるのであれば、もう一度私の友達になってください。


 P.S.  ネックレス、返します。素敵な毎日をありがとう。


 手紙はそうして終わっていた。そして封筒の中には、既に輝きを失っていたイルカのネックレスが入っていた。僕は手紙をもう一度丁寧に読み返し、その後暮れゆく空と海をただぼんやりと眺めた。僕は悲しかった。というより悔しかった。あまりの自分の不甲斐なさや弱さ、そして儚さが悔しかった。でも、それはまぎれもない事実だった。たとえどれだけ叫んでも、どれだけ泣いても、その事実を拭い去ることはできない……僕は自分の胸からイルカのネックレスを引きちぎると、サオリのネックレスと一緒に海へ放り投げた。そして、大きく弧を描いて海の彼方へと消えていくその姿を、夕暮れと涙でぼやけていく姿を眺めながら、僕はただ泣き続けた。不思議と声は出なかったが、涙はとめどなく溢れてきた。それはまぎれもなく僕の心の血だった。かつてユキの心の血が僕の心を締め上げたように、僕は自分の心の血で自分自身を締め上げていた。そう、今なら僕はあの時のユキの気持ちが痛いほどにわかった。そしてユキに対する贖罪の想いが、次第に切ない想いとなって僕の心を覆っていった。でも、全てはもう遅かったのだ。サオリとのこともユキとのことも、全ては自分の弱さや儚さとともに、砂上の楼閣のように音もなく崩れ去ってしまったのだ。


 僕はそうして泣き続けたまま、しばらくは抜け殻のような時を過ごした。もちろん涙のほうはとうの昔に枯れ果ててしまったが、込み上げてくる心のうめき声を抑えることはできなかった。サオリがいなくなってしまった事実は、まるで僕の胸に風穴が開いたような虚しさをもたらし、同時にユキに対する想いを確実に募らせていった。でも、どれだけ相手のことを想っても、またどれだけ相手のことを愛しても、越えることのできない高い壁があることを、僕は無意識のうちに確実に体得していた。だからこそ、忘れるしかないのだ。今までのことは思い出のアルバムに貼られたセピア色の写真になったとしても、これからはその思い出を胸に抱きつつも、時の扉の向こうにしまい込むしかないのだ。そしてそうすることで僕は、この深い心の闇から解放され、大海を泳ぎまわるイルカになり、飛び魚のアーチをくぐり抜けたその向こうにある楽園にたどり着くことができるだろう。

 これから、これほどまでに人を愛することはないかもしれない。このまま永遠に時の波間を揺らめいて、喜びも哀しみも感じないままに人知れず死んでゆくだけかもしれない。でも、それでも僕は生きるしかないのだ。たとえ疲れ果てた挙句に道端で血反吐を吐いて倒れたとしても、たとえ生き抜いた果てに無限の荒野が広がっていたとしても、僕はその醜態を他人にさらして、そしてその虚しさを自分に問いかけながら、ただひたすらに生き続けるしかないのだ。そう、それこそが人生というものなのだ。僕はサオリやユキと出会ったことで、生きることは何かということを感覚的に身につけていた。

 でも同時に僕は、心のどこかで一筋の光を求めてもいた。そう、それはあたかもパンドラの箱の片隅に一片の希望が残っていたように……そして、それが現実になったのは、それから二年が過ぎた春のことだった。

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