Chapter 3 -Part. 3-
ふと目が覚めると、そこには見知らぬ部屋の天井があった。そして横を見ると、一人の女の子が静かに寝息を立てて眠っていた。僕はゆっくりと起き上がりながら、今の自分の状況を整理してみた。頭が割れるように痛かったが、それでも何とか頑張って僕は昨日の夜からの出来事を思い出した。と同時に、今度は激しい後悔の念に襲われた。いくら流れの中でとは言っても、決して許されるべきことではなかった。僕が好きなのはサオリであって、ここに眠っているハルカではないのだ。僕は二重の頭の痛みに苛まれながら、それでも何とかベッドから立ち上がり、自分の服を着ると流し台まで歩き、そこで水道の蛇口を思い切りひねった。そして勢いよく出る水の下に頭を突っ込んで、ただひたすらに水を浴びた。おかげで幾分頭がすっきりしたが、今度は逆に自分がしてしまったことの重大さが身に染みてきた。僕はゆっくりと頭を振りながら、それでも何とか自分を取り戻し、朝のコーヒーを入れようと何気なくテーブルの上にあったコーヒーメーカーのスイッチを入れた。朝起きると反射的にコーヒーを入れてしまうのが癖なので、僕はそのことに対して何も感じなかったが、よく考えてみれば何か少し可笑しいような気もしてきた。次第に出来上がっていくコーヒーをぼんやりと見ながら、僕はふとそんなことを考えていた。
やがてハルカがシャツを着て起きてきたので、僕はすかさずコーヒーを入れた。
「おはよう、コーヒー入れたけど」
「……ありがとう」
ハルカはそう言うと僕の前に座り、入れたての熱いコーヒーをゆっくりと飲んだ。
「美味しい」
「癖なんだ。朝コーヒーを入れるのが」
「いい癖ね」
どことなくぎこちない雰囲気が流れ、僕は正直居たたまれなくなったが、その場を逃れるわけにもいかず、そのまま静かに話を続けた。
「夕べはごめん。俺……」
「それ以上言わないで。わかってるから、それ以上は……」
ハルカはそう言ってうつむいたまま、しばらくの間口をきかなかった。どれくらいの時間が過ぎたろうか、僕がぼんやりとした頭の中で次の言葉を探していると、ハルカが静かに口を開いた。
「シャワーあるから浴びてって。一緒に出勤するとまずいから先に出て。私仕度あるし」
「ああ」
僕は静かに立ち上がると、服を着て玄関から外に出ようとした。シャワーなんて浴びる気もしなかった。
「ちょっと待って」
「何?」
「私、後悔してないから」
そう言うハルカに僕はゆっくりと頷き、それから後ろ手で静かにドアを閉めた。起きた時とは違って、今となってはハルカと同じように僕は後悔していなかった。もう一度やり直したとしても、おそらく僕は同じことをするだろう。でも、サオリに対する背徳感だけは拭いきれなかった。朝の日差しはそれでもいつもと同じように、僕を優しく照らしてくれた。
それきり、ハルカとは話をしなかった。それがお互いの気まずさからくることは明らかで、僕は以前のように気楽に言葉を交わせないことが少し寂しかったが、逆に内心ほっとしてもいた。そして、そういう自分がたまらなく嫌になっていた。
サオリとは今まで通り会っていた。相変わらず残業が多かったが、それでも僕は何とか時間を作り、自分の背徳感を打ち消すかのようにその貴重な時間を過ごした。でも、ハルカとの出来事とハードなスケジュールの影響で、いくら自業自得のこととはいえ僕は明らかに疲弊していた。サオリと会っていても自然と生返事が多くなり、彼女が怒り出すシーンも多々あった。僕は気が変になりそうだったが、それでもそうすることが義務であるかのようにサオリと会い続けた。そしてそんな僕の様子を察したのか、サオリもあまり会おうとは言わなくなり、二人の関係に少しずつ溝ができ始めていたこともまた事実だった。