Chapter 2 -Part. 5-
結局その場ではそれ以上の話の進展はなく、夜も遅くなってきたので僕らは帰ることにした。僕はいつまでも打ち明けられない自分に本当にうんざりしたが、それでも最後のチャンスを求めて、テーマパークから少し離れた海辺の公園に車を止めた。そこには人工の砂浜があり、海の向こうにはライトアップされたテーマパークが虹色に輝いていた。僕らは静かに波の音を聞きながら砂浜を歩き、いつしか立ち止まったサオリに向かって僕は思い切って尋ねた。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
「何?」
「俺たち、仲のいい友達だよな?」
サオリはただ黙って頷いた。
「俺たち、友達以上にはなれないのかな?」
サオリは僕のその言葉にふと顔を上げ、僕のほうを見て首を強く横に振った。
「俺、サオリのことが好きだよ」
サオリは僕のほうをじっと見たまま、しばらくの間凍りついたように動かなかった。そしてそのままの状態がどれくらい続いただろうか、サオリはその目に涙をためて呟いた。
「……嬉しい」
僕はそんなサオリがどうしようもなくいとおしくなり、彼女を強く抱き締めた。僕のサオリへの想いの分だけ、ありったけの気持ちを胸に、僕はただひたすらに抱き続けた。そして、ふと顔を上げて静かに目を閉じたサオリの潤んだ唇に、そっと自分の唇を重ね合わせた。強く、そして深く、僕らは時の流れが止まってしまうほどの口づけを交わした。
どれだけの時間が過ぎただろうか、奇妙に歪んだ時の流れの中で、僕はサオリの唇から自分の唇を外すとその髪を優しくかき上げた。サオリは恥ずかしそうにうつむき、それから僕の胸に顔をうずめた。
「ねえ、今何考えてる?」
「幸せだなって。サオリは?」
「私も……だって、小さい頃からずっとヒロのことが好きだったのよ。あの頃私、ヒロのお嫁さんになろうと思ってたもの」
「へえ、そうだったんだ」
「だから、私が引っ越して二人が離れ離れになる時、すごく悲しくてわんわん泣いちゃった。でも、ヒロからイルカのネックレスもらってすごく嬉しくて、一生大事にしようと思ったの。本当よ」
「わかってるよ」
「それでね、実は高校三年生の時、好きな人ができたの。同級生だったんだけど、半年くらい付き合ったの。でも、卒業と同時に別れちゃって……それで、その時すごくヒロに会いたくなったの。ちょうど東京の短大に行くことが決まってたし、鎌倉に住めばヒロに会えると思ったの。それで……」
「それで、あの日あの公園にいたんだね」
「ヒロ、あそこが好きなこと知ってたから」
「あの時俺、すぐそばにいたんだぜ。わからなかった?」
「何となく暗かったし、まさかいるとは思わなかったし」
「でも、だったらどうして、あの合コンの時に言ってくれなかったんだ?」
「恥ずかしかったの。まさか、ヒロを待ってたなんて言えなかったの」
サオリは恥ずかしそうに僕のほうを見てからまたうつむいた。
「でもね、あの時ヒロとまた会っていろいろ話して、ああやっぱりこの人のことが好きなんだなって思ったの。だから……」
「あの時はごめん。俺、何て言っていいかわからなくて」
「ううん、いいの。あの時は……うん、いいの。それでね、私新しい恋をしようって思ったの。だから友達の紹介で……」
「コウジくんと付き合ったんだね?」
「コウジ、優しくてとてもいい人だった。私にはもったいないくらい……だからとても幸せだった。でもね、ヒロと会っている時のほうがいいの。私らしくいられるっていうか、うまく言えないけど、とにかく楽しいの。特にあの夏の、ほら伊豆に行ったじゃない? あの時に実感したの。ヒロと一緒にいたいなって」
「俺もだよ」
「えっ?」
「正直あの夏までは、サオリのことを妹みたいに思ってた。でも、あの旅行から変わり始めたんだ。俺も、サオリのことが好きなんじゃないかってね」
「ふうん……ちょっと意外だけど、でもよかった。二人とも同じ気持ちで」
そう言って、こちらを見つめるサオリの額に軽く口づけた僕は、それから彼女をゆっくりと抱き締めた。静かに打ち寄せる波音をバックに、僕らの夜はただ果てしなく続いた。