Chapter 2 -Part. 4-
それから一ヶ月が過ぎ、街は三月に足を踏み入れていった。サオリとはあれから連絡をとっていなかったし、まして会うこともなかった。僕の心の中では日増しにサオリへの想いが募っていき、それはこの一ヶ月の間にとめどないものになっていた。そしてその想いを一刻も早く打ち明けるために、僕は躊躇せずにサオリに電話をかけた。そう、もうそこには弱く儚い自分はいなかった。
「もしもし、ヒロだけど」
「どうしたの?」
「今度の日曜日、会えないか?」
「うん、いいけど」
「去年行った水族館に行こうぜ」
「うん、わかった。実はね、私も話したいことがあったんだ」
「じゃあ、ちょうどよかったな。日曜日に車で迎えにいくよ」
「うん、じゃあ日曜日ね」
僕はサオリの話が気になりながらも、その胸の高鳴りを抑えることができずに、そのまま日曜日を迎えることになった。
その日は朝からすっきりとした青空が広がり、僕は約束どおりサオリのマンションへ車を走らせた。
「よおっ!」
「いい天気ね」
サオリは元気だった。いや、正確に言うと元気なふりをしていた。僕にはそのことがよくわかった。この一ヶ月の間に、明らかにサオリの身に何かがあったのだ。でも、僕はそのことには触れずにサオリを助手席に乗せると、去年二人で行った水族館のあるテーマパークへ向かった。
テーマパークは、春休みが始まった最初の日曜日とあって込み合っていた。僕らは前と同じようにまず水族館に入り、それからイルカのショーを見た。サオリは以前来た時とは違い、はしゃぐこともなくただ黙って見続けていた。僕が声をかけても、少し微笑むだけでまた黙ってしまう……そんなこともあって、僕はサオリに想いを打ち明けるタイミングを掴めないまま夕飯の時を迎えた。
「今日は元気ないな。何かあったのか?」
「うん……」
「何かあったって顔に書いてあるぜ。俺たち友達だろ? 話してみなよ」
「実はね、コウジと別れたの」
「そうか。やっぱり他に女がいたのか?」
「わからないけど、多分いなかったと思う。でも、別れた理由は違うの。ヒロくんに言われてから、私よく考えてみたの。この一ヶ月間考えて考えて、それでわかったの。私が本当に好きな人は、コウジじゃないって……だから別れたの」
「それって……他に好きな男がいるってことか?」
サオリは言葉で答える代わりにただ黙って頷いた。僕は反射的にその男が自分であることに気づいたが、この期に及んでもそれを直接確かめることが怖かった。そう、僕は自分でも嫌になるほどの臆病者だった。
「それでその相手の男は、サオリのことをどう思ってるのかな?」
「仲のいい友達とは思ってくれてるみたいだけど」
「それで、告白するつもり?」
「でも勇気がなくて」
注文したパスタをフォークで丸め続けるサオリを見ながら、僕は早く打ち明けなければとただ焦るばかりで、頭の中が真っ白になってしまっていた。