Chapter 2 -Part. 2-
次の日の夕方、僕がバイトに行くと、シフト表の中のユキの名前が消されていた。
「ああ、ユキか。今朝電話があって、急にバイトをやめたいって言ってきたんだ。いい子だったんだけどな」
店長がぽつりとつぶやいた。そう、ユキは僕の前から完全に姿を消してしまったのだ。僕はユキの心を鈍いナイフで、ゆっくりと時間をかけて切り裂いていったのだ。そしてそこから溢れ出たユキの心の血は、今僕の心を鮮やかに染めていた。僕は今日のバイトを早退すると、よく行く海辺の公園で声を上げながら泣いた。ユキの心の血が僕の心を締め上げ、僕はそれから何時間も泣き続けた。どれだけ泣いたところで、どれだけ後悔したところで、絶対に許されることがないことをわかっていたのに……。
それから何日間かのことを、僕はほとんど覚えていない。バイトや遊びなどには一切行かずに自分の部屋に閉じこもり、ただあてのない時間を過ごした。何がどうしてそうなったのか、めくるめく時の中で、僕は自分の気持ちをまだ掴めないでいた。今すぐユキの家に行って話をしようとも思ったが、僕はそうすることを最初から諦めていた。一体今さら何を言えばいいのか、僕には皆目検討がつかなかったからだ。その時の気持ちでは、やはりユキとやり直そうとは思えなかったのだ。
「ヤッホー、元気してた?」
それは、そんなある日にかかってきたサオリからの電話だった。
「ああ」
「どうしたの? 元気ないみたいだけど。まあそれはいいわ。ねえ、お正月に初日の出見に行かない? また四人でさ、ユキさんにも言っといてよ」
「それは……無理だよ」
「どうして? ああ、わかった! 二人きりでどこかに行くんでしょ? ねえ、どこに行くの?」
「……別れたんだ」
「えっ?」
「ユキとは別れたんだ」
僕のその言葉の後、電話は死んだように静かだった。サオリの呼吸まで聞こえてきそうだった。
「……どうして?」
「俺がいけないんだ。俺が……」
「ちょっと待って、ねえこれから会える?」
「えっ?」
「一時間後にそっちへ行くわ。ちゃんと待っててよ」
そうして電話は切れた。僕は、今自分で言った言葉さえ理解できないでいた。ユキと別れた事実があまりにも大きかったので、ほんの一握りの言葉では言い表しきれないような気がしたからだ。
それからちょうど一時間後に、サオリは僕の家にやってきた。余程急いだらしく、髪の毛はほつれ気味で化粧もしていなかった。
「ねえ、大丈夫?」
「ああ、まあな」
「とにかく、行きましょう」
僕らは海辺の公園へ向かって歩き、そして向かいの喫茶店に入った。そう、何週間か前の夜にユキと入ったあの店だ。店員が来たので、僕はコーヒー、サオリはミルクティーを頼んだ。サオリの顔がユキと重なり、僕の心は再びきつく締め付けられた。
「ねえ、ユキさんと何があったの?」
「ああ、まあいろいろと……」
「まあ、男と女のことだし、あまり詮索はしないけど、ヒロくんは、自分が悪いと思ってるのね?」
「ああ、俺が悪いんだ。俺が他の……」
「待って、それ以上言わなくてもいいわ。私も恋愛経験あまりないし、難しいことはよくわからないけど、たとえ自分のほうが悪かったとしても、今は別れてしまったとしても、二人で過ごした時間は絶対だと思うの。そして、その時間は永遠なのよ。だから、その永遠を胸に抱きながら、これからを生きればいいんじゃないかしら? 生意気なようだけど私、ヒロくんにはこれからを見つめてほしいな」
サオリはそう言うと、運ばれてきたミルクティーを一口飲んだ。
「これからを生きる……か、そうかもな。うん、何か元気が出てきた」
「そうよ、また新しい出会いもあるわ。何なら私の友達を紹介するわよ」
「まだいいよ。でも不思議だな、サオリに慰められるなんて」
「結構役に立つのよ、私って」
僕はサオリと話していて、少しずつ胸の痛みが取れていくような感じを受けた。と同時に、サオリに対する想いがより一層強くなっていくのをその胸に強く感じてもいた。でも僕には、サオリに対してそう口には出せなかった。ユキに対する整理のつかない想いもあったが、それよりも自分の気持ちがサオリに拒絶されるのが怖かったのだ。
サオリとは、その後三十分ほど話をしてから別れた。そして僕は、その複雑な想いを胸に抱えながら切なく年を越した。ユキへの想いは、僕自身の予想に反して一向に弱まる気配を見せなかったが、それ以上にサオリへの想いが急激に深まっていくことに僕は内心戸惑い、そしてそんな優柔不断で弱い自分の気持ちに情けなさを感じていた。でも結局のところ、僕は無意識のうちに、いやむしろ意識的にその強い流れを自分自身で作っていったのだ。