表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dolphin Story  作者: hiro2001
10/38

Chapter 2 -Part. 1-

 既に季節はその装いを新たにし、僕はユキと一緒に十二月の夜の海岸を歩いていた。そう、それは僕らがいくつもの時を重ねてきた砂浜だった。真冬の海岸はとても寒く、僕とユキはコートの襟を立てて厳しい海風に耐えていた。

「寒いな。どこか入ろうか?」

「うん」

 僕らは海岸通り沿いにある、公園のすぐそばの喫茶店に入った。店員が来たので、僕はコーヒーを、ユキはミルクティーを注文した。

「もう冬になったのね。夏に海に行った時のことが、ほんの昨日のことのように感じるけど」

 ユキは遠い目を窓の外に向けて呟いた。外は暗闇に覆われていて、かすかに打ち寄せる波の音だけが響いていた。

「ところで、今度のクリスマスイブ、どうする?」

「そうねえ」

「どこか行こうか?」

「うん……いいけど」

「どうしたんだ? 何だか元気ないみたいだけど」

「そんなことないわ。いつもと同じよ」

 コーヒーとミルクティーが運ばれてきたので、僕はコーヒーを少し飲んで次の言葉を探そうとしたが、それは虚しく空を切った。ユキは確かに、いつもと違って沈んでいるように見えた。いや、振り返ってみればそれは今日に限ったことではなく、ここ二、三ヶ月の間僕がユキに対して感じ続けていたことだった。僕は、今のこの重い空気を振り払おうとユキに向かって話し続けた。

「横浜行こうか? 映画見て、飯食ってさ」

「……うん」

 ユキは、注文したミルクティーを一口も飲まずにただうつむいていた。結局その夜は、そのまま一言も口を交わさずに僕らは別れたが、僕は家に帰る道すがら、最近のユキの態度の中にある何かをかすかだがはっきりと感じていた。そう、ユキから話を聞くまでもなく、その原因は明らかに僕にあったのだ。でも僕は、そのことを聞くのが怖かった。ユキに自分の想いを悟られていることを理解したくなかったのだ。でも、そんな僕の気持ちとは裏腹に、その日はしっかりと音を立ててやってきた。


 クリスマスイブのその日は朝から鉛色の雲が広がり、今にも雪が降り出しそうな寒い日だった。僕は鎌倉の駅でユキと待ち合わせると、そのまま電車で横浜へ向かった。予想に反してユキは表情も明るく元気だったので、僕はその姿に安堵し、最初に長編の恋愛映画を見た。ホラー映画にしようかと言う僕に、ユキは、今日はこれがいいときかなかったのだ。ユキは時折涙を浮かべながら、その三時間にも及ぶ大作を食い入るように見続けた。僕はそんなユキを横目で見ながら、明るさの中に垣間見えるユキの細かな表情の変化に戸惑い、来るべき何かを直感していた。その後の夕食の間も、ユキはまるで堰を切ったように話し続けていた。そんなユキを見るのは初めてだったので、僕は少し面食らいながらもいつもとは違うユキを改めて感じていた。

「ねえ、海見に行かない?」

「そうだな」

 食後のコーヒーを飲んでいる時にユキがそう言ったので、僕らはその店を出て二人で並んで歩き出した。今までの元気が嘘のようにユキはずっと下を向いたままだった。

 やがて丘の上にある港が一望できる公園に着いたので、僕らは海にかかる橋の見える所まで歩き、そして自然に立ち止まった。

「寒い?」

「うん、少し……」

 ユキは子羊のようにかすかに震えていた。僕は、自分のコートをユキに掛けようとしたが、ユキは静かにそれを振り払い、そしてゆっくりと首を横に振った。

「ねえ、ひとつ聞いていい?」

「何?」

「ヒロ、他に好きな人がいるんじゃない?」

 少しずつ雪が降り始めた公園の中に、ユキのその一言が静かに響き渡った。僕は反射的に言葉に詰まったが、次の瞬間何とか言葉を押し出すことに成功した。

「……いるわけないじゃないか」

「嘘……つかなくてもいいのよ。私、わかってた。夏に海に行った時から、ヒロの心が私のところから離れて、他の人のところへいってることを……私、わかってた。ねえ、嘘つかなくてもいいのよ。サオリさんのこと、好きなんでしょ?」

 ユキは僕の目をじっと見つめながらそう言った。その頬に、ひらひらと雪が舞い降りては溶けていった。

 僕は完全に言葉を失っていた。と同時に、頭の中が降りしきる雪のように真っ白になっていた。もう何も言えなかった。ユキの言うとおり、僕はサオリのことが好きだった。そう今となっては、ユキへの想いよりサオリへの想いのほうが強くなっていた。そして、そのことを全てユキに見透かされていた。

「はっきりと答えてよ、俺はユキよりサオリのほうが好きだって。ねえ、はっきりと答えてよ!」

 ユキの声が公園じゅうに切なく響き渡った。そして僕は、その答えにただ頷くことしかできなかった。

「……大嫌い!」

 ユキはそう大声で叫ぶと、次の瞬間僕の頬に平手打ちを浴びせ、雪の中を走り去っていった。僕はその場に呆然と立ち尽くし、ユキに叩かれた自分の頬に手を当てていた。頬の痛みが自分の心の痛みとオーバーラップし、やがて僕は、顔を両手で覆いながらうめくように泣き崩れた。それはまぎれもなく僕の心の叫びだった。ひらひらと舞い落ちる雪は、それでも天使のように僕を優しく包んでくれたが、ユキを失ってしまった心の痛みは決して癒されることがなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ