俺の部屋に棲みついた奇妙な生物
そいつが最初に俺の部屋に現れたのは、期末テストの答案を前にして、俺が溜息をついていた時のことだった。
最初俺は、それが何なのか分からなかった。
野球ボールを一回り小さくしたようなサイズの、白い毛玉。そう思った。
窓の外からふわふわと漂ってきて……、壁に激突した。
激突といっても、そんなに思いっきりぶつかったわけじゃない。たぶんその柔らかそうな白い毛が衝撃をほとんど吸収してくれただろう。
ただ、そいつが壁にぶつかって床に落ちた後で、あまりにも悲しそうな瞳で俺を見上げたから、ついそんな風に思ってしまった。
「あ、おい、大丈夫か!?」
思わず手を伸ばしたら、そいつはまたふわりと浮かび上がり、机の上にゆっくりと移動した。そして、なんと俺のテストの答案を食べ始めたのだ!
「おい!」
俺はそれをやめさせようとした。でもそいつがあまりにも美味しそうにそれを食べていたもんだから、ついそのままにしておいたんだ。テストの答案なんて、かえって無くなってほしかったし。
そいつはテストを全て平らげた。そして満足したらしく、眠ってしまった。
あまりにも幸せそうな寝顔。
俺はそいつをシアワセと名付けた。
そう、これが俺とシアワセの出会いだった。
シアワセは、俺の後をふよふよとついて回るようになった。可愛くて仕方ない。
でもあのテスト以来、まだ何も口にしていない。紙も、それ以外のものも、食べようとしないんだ。ミルクを飲ませてみようとしても駄目だった。
家にあったバナナも食べてはくれなかったから、代わりに俺が、そのバナナを食べた。そうしたらシアワセは、残ったバナナの皮を食べ始めたんだ。
俺は驚いたけど、シアワセが美味しそうにそれを食べていたから、黙ってそれを見ていた。
俺はピーマンが嫌いだった。チャーハンに入っていたピーマンを皿の端によけておいたら、シアワセはそれを食べた。
シアワセは、俺が食べないものを食べた。
俺が要らないと思うものを食べた。
探してみれば、要らないものなんていくらでもあった。
絶対にやらない問題集。
壊れたラジカセ。
腐りかけの牛乳。
ゴミ箱の中のゴミ。
シアワセに好き嫌いなんてない。
お腹をこわすこともなかった。
シアワセは、いくら食べても大きくならなかった。
いつまでも小さな体のままで、俺について回った。
可愛くて仕方ない。
俺は部屋にある要らない物をどんどんシアワセに食べさせた。
散らかっていた部屋が、みるみるきれいになっていく。
ゴミが無ければ、ゴミ箱も要らないな。
はー、すっきりした。
シアワセも満足そうだった。
母親は、俺がテストを見せなかったことに気付いたようだった。
俺が隠したと思ったらしい。
顔を合わせる度に、
「テストはどうしたの!?」
と訊いてくる。
うざったい。父親に愛されていないからって、俺を代わりにするのはヤメロ。
そう思っていたら、シアワセがふわふわと飛んできて、母親を食べ始めた。美味そうに。
そうさ。
母親なんて要らない。
シアワセさえいてくれるなら……。
でも、母親がいなくなると、俺は生活できなかった。
父親は相変わらず、ほとんど家には帰ってこない。
なんだか、生きているのも面倒になってきた。
俺の体も、もう要らない。