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ベクトル  作者: 萩悠
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episode.01

「……またこの夢か。」


 相も変わらず寝覚めが悪い。

 小さい頃から繰り返し見る夢。何時も同じ部分で目が覚める。そうして同じところが聞き取れず、泣きじゃくる女の子をぼんやりと想うのだ。胸元に光るのは夢に出てくる名前も知らない女の子が渡してくれた子供騙しな小さな指輪。指に入るサイズでは無くなったからとネックレスにしたそれを指で弾く。


 きっと小さい頃に出会ったであろうあの女の子。今日も泣き止ませることは出来なかったなぁなんて他人事のように考えながら指輪をなぞった。


「…!!そんなことよりも今は?!」


 慌てて枕元の時計を覗き込むと針は無情にも既に遅刻確定の時間を指していた。


 部屋を飛び出し階段を二つ飛ばしでかけ下り鞄を引っ付かむ。後ろから聞こえる妹の呑気な「行ってらっしゃい」の声をBGMに家を飛び出した。


 この日、この時間、この瞬間に彼の物語は動き始めた。


 月山萩つきやましゅう17歳。高校2年の5月の事であった。




 担任に怒られ、友人に心配されながらも珍しく遅刻をした萩は荷物を片付けながら授業の準備に勤しむ。


 次の授業は何と言っても生徒指導担当の授業だ。既に朝イチにねちねちと怒られた身としては何事もなく終えてしまいたい。

 欠伸を噛み殺しつつ教科書をロッカーに取りに向かった先には黒髪ロングの少女。


「あー…ごめん、悪いんだけれどもそこを退けてくれないかな?」


「はぁ?何で私が貴方の言うことに従わなければならないのかしら?」


 諦めつつも低姿勢で述べた萩はソッとため息をついた。


「大体遅刻だなんて本当に私のクラスにおいて信じられないわ。何を考えて日々生きているのかしら?朝からキチンと出席すること。これは当然なのではなくて?それを出来ないだなんて、剰え私が今友人と話しているにも関わらず退けですって?貴方は何様のつもりかしら?」


 流れるような罵倒と嫌味の洪水。彼女の言っていることはそこまでおかしな内容ではないのだが、如何せん何時も萩にだけこれなのだ。


 慣れてきたとは雖もやはり面倒であることに代わりはない訳で。


「遅刻に関しては僕が全面的に悪かったと思っているよ。でも静城さん、君がそこを少し動いてくれないと僕の教科書がとれなくて…」


「はい?それも自分の責任では無くて?何故先に準備をすると言う頭が無いのかしら?本当に貴方は何事においても思考が足りていないようね。はぁ、お父様が我が校の生徒にこんな人が存在するという事をお知りになられたら何と言うかしら…」


 一を述べれば百になって返ってくる。


 この彼女、静城侑(せいじょうゆう)が普通の少女であれば萩も特に気にせず押し退けて取ることは出来る。しかし、萩が頭を悩ませる原因がこれであった。


 彼女の父親はこの静城高校の理事長なのだ。


 だからこそ誰も彼女に強くは出られない。勿論その静城に睨まれている萩のことを安易に助けてしまえば巻き込まれることは請け合いだ。


 今日もまた萩はこっそりと溜め息をつきながら授業までに教科書を取ることが出来るようにと願うのであった。



 しかし、ついぞ萩の願いは叶わなかった。



【緊急警報、緊急警報。今から五分後に指定災害が起こります。市民の皆様は避難を開始してください。繰り返します、今から五分後に指定災害が起こります。市民の皆様は避難を開始してください。】



「皆さん、シェルターへの避難を開始してください。」


 俄に慌ただしくなるものの、整然と全員が動き出す。

 何時もの光景、何時も通りの流れであった。



 指定災害、それは突然全世界に認知された災害の一つであり、人災とも言えるものであった。また、あの日の映像を全世界の人間は二度と忘れないであろうと言われている。


 それはイギリスの地方都市に突然現れた。近未来的な装備を着けた少女がある日空に出来た黒い歪みから現れるや否や、地方都市は蹂躙された。その時間にして約十分間。十分で地方都市の一つは更地へと姿を変えた。生存者は無し。残されていた映像自体も酷く望遠であり、ノイズの酷いものであった。

 少女は剣を空へと掲げ、その後少女は再び生まれた黒い歪みへと姿を消した。


 一体何が?何故地方都市が?


 様々な憶測や疑問が飛び交う中、全世界同時配信にて宣言は成された。


 画面に現れたのはスーツを着た美しい女性であった。


『皆さん、不安に思われるでしょう。しかし落ち着いて聞いて欲しい。あれは以前から予想されていた災害の一つです。各国上層部はそれに対応するために計画を練ってきました。今、それを皆様へとお伝えすべき時期であると判断致しました。』


 何を言っているのだ?何を今更伝えると言うのか?そもそも知っていながら政府は何をしていたのだ?


 混乱する人類に彼女は語りかけた。


『簡単に説明させていただくと、この世界は横へ無数に広がっています。そのうちの一つであり、隣り合っている世界から我々は侵攻を受けたのです。これは妄想でも小説でもありません。揺るぎの無い事実です。これに対抗するために我々は秘密裏に力を蓄えて来ました。ここに宣言しましょう、我々は異世界対策機構、PU(パラレルユニット)。人類の生存を保証します。』


 たった三分。たった三分の彼女の演説で世界は変わった。


 彼女は隣り合う世界、パラレルワールドからの侵攻を指定災害と名付け、各国首脳はシェルターの存在を提示した。


 避難の仕方、緊急警報の設定、何から何まで全て決まっていた事であったかのようにスムーズに説明がなされ、気付けば地方都市壊滅から一週間で世界の混乱は収まり、二週間で被害規模は縮小し、そうして三週間経った頃には指定災害にも慣れ、全人類は日常へと戻っていった。



「今回の規模はどうなんだろうな?」

「この前でかかったのはアメリカだっけ?」

「でもここの所アジアに集中してるらしいから油断はできないよね。」


 雑談を交わしつつシェルターへと何時も通り友人達と避難する。そのはずだったのだ。


 何気無くポケットを触った瞬間に萩の顔から血の気が引いた。


「あっ、待って!忘れ物した!」


 何時も学校ではポケットに入れている指輪が無い。


「萩くん、後にしたら~?危ないよ?」

「ダメなんだ海來(みく)、あれだけは壊されると困るから!」

「だったら私も行こうか~?」

「大丈夫!僕の方が速いから先に行ってて!」


 心配する幼馴染みを置き去りにして人波に逆らって走り出す。


 別に無くしたからといっても何が起きるわけではないのだろう。そもそも今回の災害も市街地から遠く外れた方だろうから、きっと教室で転がっている指輪だって無事だろう。


 頭ではキチンと理解できている。避難を優先するべきだと解っているのだ。


 しかし、どうしてもあれを置き去りにすることは出来なかった。


 教室へ戻り、自分の席の近くの床を探し回ると案の定落ちていたのは指輪で。見つかったことに安堵した萩が立ち上がったのと窓が割れたのは同時であった。


 咄嗟に目を瞑り、近くにあった教科書を盾にする。何ヵ所か細かい破片で切れたのか、腕が少し痛むものの大した怪我もなく安心はしたものの、状況はよろしくない。


 学校の窓は全てあの指定災害が認知された日に強化ガラスへと差し替えられたはずだ。それが割れると言うことは余程近くで何かしらの事が起きているのであろう。急いでシェルターへ向かった方が良い。


 そう判断した萩が逃げようとした矢先であった。


「▲▲▲▲~▲▲▲▲▲~▲▲~♪」


 何かが壊れる音と共に人影が萩の横の机を薙ぎ倒して飛んできた。慌てて振り返ると、目の前に立っていたのは歌うように聞き取れない言語を発する少女が居た。


 手には小振りの剣。頬には切られたような裂け目とノイズの様な何か。


 PUが設立されて早十年。日常へと戻っていった人類はニュースでしかパラレルパーソンと名付けられた指定災害の存在を知ることは無く、全て音声情報として知識を与えられていた。


 そんな存在が今、初めて萩の目の前に存在していた。


「あ、ああ…。」


 逃げなければならない。指輪を取りに来なければ良かった。あの時海來の話を聞いていれば。指輪を落とさなければ。様々な思考が脳裏を漂う。


 しかし、急なことで何も行動を起こせない。

 もう僕は此処で死ぬのだろうか?

 そんな諦めにも近い思いが過った瞬間であった。


「舐めんな!」


 破壊音と共に人影が再度飛び込んできた。萩と指定災害の間へと割り込んだ何者かは萩を振り返ること無く大振りの剣を少女へと振り下ろし続ける。


 目の前で起こる現実離れした光景に追い付けない萩は逃げようと立ち上がった状況から動けない。


「何をボサッとしているの民間人!何処の誰だか知らないけど避難しなさい!というか何故逃げていないの?!」


 爆発音と共に飛んできたのは避難指示。

 茫然と立ち竦む萩に痺れを切らしたのか、それとも屋内でやり合うことが煩わしかったのか。


「えっ…?何で……」


 指定災害を廊下から更に外へと吹き飛ばし、振り返ったのは先程まで萩へと嫌味を述べていた静城侑であった。


「ちっ、よりによってアンタなの?早く行きなさい。琳花(りんか)、右からの射線を通したわ!私はそのまま押し込む!」


 一瞬迷うそぶりを見せた静城であったが、最早彼女の視界に萩はない。


「待って!」


 混乱する萩を一瞥し、そのまま窓の外へと飛び出した静城を慌てて追い縋るも既に飛び降りた後なのか彼女の姿はなく。外から聞こえる銃声と剣撃だけが現実味を帯びて響いていた。


「一体何が……」


 壁ごと破壊された廊下の窓から外を見下ろした瞬間であった。


「▲▲~■■■■~▲▲▲▲~♪」


 先程とはうってかわり、大きく響き渡った旋律と共に世界の色が塗り潰された。

誤字脱字等ありましたらお気軽にご報告ください。

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