魔法少女、学研都市へ出る
「お、このクラスのマキって神巫女さんはいるかい?」
……何かチャラいのが出てきた。何の用だろ? 取り敢えず出てみるけど。
「マキは僕ですけど何か用ですか?」
「へぇ……あんたか。」
不躾な視線を僕にぶつける赤髪の男。耳に高そうな魔道具を付けて喧嘩でも売りに来たのかなぁ? この体じゃ戦闘力は低めに推定されそうだから不意打ちで……
「成程、中々だな。ちょっと話すには良い店を知ってるんだが、付いて来ないか?」
「え、嫌ですけど。あなた誰ですか?」
何かプライド傷つけたみたいだ。やったね! 【魔神大帝】様曰く、高圧的な相手は凹ませるに限る。しかし、すぐに立て直した男はキザったらしく礼をして名乗りを上げた。何気なく時計を見るとそろそろ授業が始まる時間だ。
「……聞いてたか?」
「え? 宰相の息子とかそんな感じのクリスさんですよね。聞いてました聞いてました。」
「……お前、不敬罪で処刑するぞ?」
「いいですよ~?」
やれるものならやってみろ……自分から攻撃するのは【魔神大帝】様らしくないからあんまりしたくないけど正当防衛という名の過剰防衛なら大好きだ。教義に基づいて刑を執行する。
「……チッ、食えねぇ奴だな……中央学校にいる限りは身分差を理由に処罰することは許されてねぇ。卒業すれば聖堂院に入れられるから安心ってか。」
「……聖堂院。嫌な響きだなぁ……」
僕をこんな目に遭わせた奴を拝む場所の総本山なんて怖気が走るよ。……何で目の前の人は笑ってるんだろ?
「ははっ、お前面白いな。」
しかも評価がコロコロ変わってるし。情緒不安定なのかな? この学校の人たちは精神がやられやすいみたいだけど教育制度変えた方が良いんじゃない?
「決めたわ。着いて来い。あぁ、そういう言い方だと嫌がるみたいだな……何か行きたいところはないか? 転校して来てまだ日が浅いからこの辺のことよく分かってないだろ? 俺はこの辺の大抵の店なら案内できるぞ。」
「……じゃあ、しっとりした生地のガトーショコラとベリータルトが美味しいお店をお願いします。」
【魔神大帝】様の好きなケーキの種類だ。チェックしておくべき場所の一つだと思うので知っているなら教えて欲しい。そう思て言ったのだけど赤い髪をしたいやに爽やかに、無邪気に笑ってから僕の手を引いた。
「畏まりましたお嬢様。行こうか。」
「え、授業終わってからね? 何しようとしてるの?」
「……サボれよ。」
「何で? 嫌に決まってるけど。」
休み時間ぎりぎりまで説教した結果、放課後にしてくれた。もう少し真面目に勉強するべきだと思うよあの人の子は。
そんなこんなで放課後。僕を迎えに赤い髪の人がやって来て校外に僕を連れ出した。その間に僕は手持ちの魔法地図の処理を行い表示する建物を変えていく。
「にしても、やっぱり神巫女ってところか……男に対する警戒感もなければ世間知らずだし。独特な雰囲気を持ってるよなお前。」
「そう? それでどこまで行くの? あんまり遠いなら最初から移動魔術使った方が……」
「もう着くよ。おっとりしてる見た目の癖にせっかちなんだなお前……」
さっきからお前お前言って来るけど何なのかな? 勝手なイメージを付けないで欲しいね。まぁ僕の方も勝手にチャラ男ってイメージ抱いてるけど言ってないからセーフ。寧ろ、周囲の女子生徒たちの評判を聞くにチャラい人ってことで間違いなさそうだ。
「着きましたよお嬢様。どうぞ中へ。」
「はいどうも。」
表通りから外れた店。雰囲気を出すためか建物が蔦植物に覆われており、喫茶店として見つけるのは多少難しいのではと思われるその店に入る。中は落ち着いた雰囲気の店で、そこにある物はダークブラウンを基調とした暗い色に統一されており存在を主張し過ぎない程度に音楽がかかっている。その店の奥の方にあるテーブル席に座ると黒髪を丁寧に固めたマスターが果汁入りの水を持って来て消えた。
「……ほう。中々の気配遮断術……」
「妙な所に注目するんだな……まぁらしいと言えばらしいか。」
ワインレッド色をした表紙のメニューを開くと軽食やデザートなどが並んでいる。しかし、そのどれもが多少高値で設定されており、学生からすれば少々厳しい値段設定になっていた。
(んー……【魔神大帝】様みたいに金を生み出す能力はないからなぁ……調査費用、ちゃんと言って貰ってくれば良かった。)
見栄を張ったことを少々後悔したマキだが、それを察したのかクリスがくつくつ笑いながら告げる。
「誘ったのは俺だから金は俺が持つ。値段に気にせずに食べると良い。」
「あ、どうも。ならこのラズベリータルトとガトーショコラ。それから紅茶で。」
「容赦ねぇなお前。まぁいいことだが。」
【魔神大帝】の好みで固めたマキの思惑など知らないクリスだが、ダイエット中などと言って誘いに乗らずに小食を装う女よりはいいと笑っておく。クリスはコーヒーを注文し、程なくしてそれが届くと食べながら会話が始まる。
「マキ。マリウスって知ってるか?」
「……………………………………んー…………あ、道案内してくれた人だ。」
「ほー、覚えてたか。」
最近のことなのでまだ覚えていた。そんなことよりも味の評価に勤しんでいるマキにクリスは続けて尋ねる。
「お前はそいつに対して何を考えてる?」
「道案内してくれたいい人。」
ガトーショコラは少々甘すぎる。しかし、紅茶とセットにして飲むのであれば丁度いいくらいかと考えながら答えるとクリスは拍子抜けしたように笑う。
「何だお前。じゃあ俺のことは?」
「ケーキ奢ってくれたいい人。」
「……うわー……面白ぇこいつ。なんだこいつ。気に入ったわ!」
「変わってるねぇ……僕が君の立場なら何だこいつとは思っても気にいることはないと思うけど……」
どうでもいいが奢ってもらっている立場なので適当に応じるマキ。不満度メーターが上がると自腹で感情を済ませて立ち去るつもりだが、クリスの話は幸いと言っていいのか面白くないわけではなかった。
「ま、マリウスに近付く悪い虫じゃないって分かったから今日はいいことにするよ。お代は置いて行くから食ったら出て行きな。じゃ。」
「どーも。ご馳走様です。」
そしてこの日は何事もなく解散することになる。