魔法少女、話し合う
マキがクリスを泣かせたその週の末日。薄雲がかかり、少し涼しい陽気の中マキは魔王についての情報提供者であるジルバに呼び出しを受けてカフェに出てきていた。
「それで、結局君はどうする気なんです?」
「ん? 準備が出来次第……いや、情報が確定次第魔王を倒しに行くけど。」
「それは難しいと思いますがね……」
瞑目して優雅にカップを持ち上げ、コーヒーを嗜む目の前の銀髪の美少年。対するマキは甘さ控えめのガトーショコラを食べながらきょとんとした表情だ。
「難しいかどうかじゃなくて、やるんだよ。正直不便だし……」
「そのような感覚で相手取るような存在ではないんですが……」
そう言いつつミステリアスな雰囲気を滲ませる少年はこれ以上の情報提供をなるべく行わないように心掛けつつ視線を下に向ける。尤も、その仕草によってマキはジルバが何かを隠しているという疑惑をさらに強めることになるが。
マキは探りを入れていくことにした。
「……そう言えばさ。君って最近ちょっと魔力減って来てるよね? 体調悪かったりするの?」
「-っ!」
しかし、最初の軽くジャブ程度の感覚でマキが提供した話題に思いの他ジルバが表情を歪めた。どうやらこの問題は思いの他彼を蝕んでいる問題だったらしい。マキはこれをどう調理したものか悩む。
(……直接的に関係のあるものかどうか。交渉材料となるものか。地雷ではないか。触れていいものか。面白い程に表情を変えてくれたから大体、予想はつくけど……)
ほんの一瞬にも満たない瞬間の出来事ながらマキはそれを決して見逃すことなく、彼を見ながら策謀めいた笑みをカップの中に隠しながら交渉前にその可愛らしい口を湿らせる。対するジルバの方は一瞬で立て直してその空白の時間に何でもないことの様に告げた。
「えぇ、少々働きづめでしてね……」
「そうなの? 大変なんだねぇ、宮仕えって。」
「は、-っ! 君は、一体、どうして……」
さり気ない言葉で誤魔化したジルバはマキに普通のトーンで「苦労してるんだ?」とからかい交じりに返されたところで難所を乗り切ったと見込んだところで緊張からゆるみ、そこにしっかりとマキに追撃を喰らってしまった。
「まぁまぁ、落ち着いて? 美味しいティーセットがあるんだからさ。」
「……そうですね、出来れば。最期まで落ち着いて話し合いをしたいところですが。」
自分にしてはかなり珍しい、分かりやすい失態を犯してしまったと苦虫を噛み潰して味わいつくしたような気分になるジルバ。対するマキの余裕に無言で追い詰められる感覚に陥る。
「大丈夫大丈夫。僕は別に君たちの敵って訳じゃないんだから。」
「どうでしょうね……? それを判断するのはあなたではなく、こちら側だ。」
たれ目を凛々しい物へと変えて口調にわずかな鋭さを滲ませるジルバ。尤も、その姿はあくまで少年のものであり、傍から見る分には迫力には少々欠けるが目の前にだけは夏威圧は歴戦のそれだ。
「んー……でもさ、実際に君たちの王国の要人の人たちと会っても僕何もしてないよね?」
「過去そうであったからといって将来を怠るほど腐ってないのでね……」
「うんうん。それはいいことだよ。平和な期間が長かった国ほど危機感ってのに疎くなるからねぇ……それはそうと、別に僕はそんな大それた交渉をしようって訳じゃないからそんなに警戒しなくてもいいよ?」
「……それを判断するのもこちらだ。」
そう言ってジルバの方も口を湿らせるとマキがあまり長々とした交渉を望んでいないことを推し量ってこちらから切り出すことにした。
「それで、あなたの目的は一体?」
「んー……まぁお師匠様がここに来た時に面倒なことがないように綺麗にしておくことが第一目標なんだけど……今は、神巫女ってのを辞めるために魔王を倒したいんだよね。」
(十分大それた交渉じゃないか……!)
簡単に言ってのけるマキだが、それはこの世界の創造神、更には国内において王と並んで絶大な権勢を誇る聖堂院にも喧嘩を売るという話に繋がるものだ。尤も、当人は聖堂院のことなど基本的に無視している上、創造神ユルティムに対しても既に喧嘩を売っているのだが。
「……あなたは、神巫女をなぜ辞めたいんですか?」
事情はよく分からないが、一先ず辞めるのはちょっと止めてほしいと思いながら探りを入れるジルバ。マキはドレスの胸元をつまみながら少し乾いた笑いを上げる。
「いや、流石にお父様が来た時に僕がこんな格好でお出迎えしたら引かれると思うし……」
「そんな理由で⁉」
「む、何さ。結構大事なんだからね?」
「いやいやいや……いやいやいや、マキさん、いやぁ……ちょっと失礼ですけど、あなた正気ですか?」
空気が弛緩するのをひしひしと感じつつそう告げるジルバ。それが罠かもしれないとは思っていても正気を確かめるために問わずにはいられなかった。確かに、今代の巫女装束の露出度は高いがそんなことのために魔王を討伐するなんて彼には信じられない。信じたくもない。
「正気だよ。」
「……もしかしたらなんですけどね? 君が魔王って何だか知らない可能性が出てきてるんですけど……その辺は大丈夫ですか? 聖堂院は基礎教育しっかりしてくれてますか?」
「怒られるよ?」
「正面から喧嘩吹っかけておきながら何を……」
なんだか一気に疲れた気がするジルバ。その若い外見には似合わない天井を仰ぎながら背もたれに体重をかけるさまを見てそう言えばとマキは席を立って彼の肩に手を当てる。
「……どうされましたか?」
「んー? 魔力のお裾分けだよ? これで、疲れが癒されますように……っと。」
疲れさせたのは誰ですかね? そんな気持ちでニヒルに笑うジルバ。彼の疲れは一般的な魔術ではどうしようもないものであり、一生治るものではないと理解しているため気持ちだけでも……そう思っていたところに自らの根幹から活力が生まれてくるのに気付いた。
「マキ、さん……」
「うん。これでよし……あんまり無理しないでしっかり休んでね? ここのお会計は僕が済ませておくからゆっくりしていくといいよ!」
「あ……」
礼を言う前にさっさと去ってしまうマキ。その後姿に何とか謝意を伝えたいジルバだが、回復後にやって来た虚脱感にも似た何かがそれを妨げて何も言えずにマキを見送ってしまった。
そんなマキは。
(よし、心読んだら大体の居場所は掴めたな~……僕自身もかなり弱ってたから直に触んないと効かないなんてびっくりだよ。しかも、それでも効くか心配なレベルっていうね……けどその前に仕込んだコーヒーの毒も、脱力魔術もしっかり効いてくれたし、あの子自身もかなり弱ってたみたいなのが功を奏したね。機密のお礼に完全回復させてあげたから許してね? さて、後はどうやって行くかだな~)
こんなことを考えながら図書館に向かっていた。