魔法少女、絡まれる
(……そう言えば【魔神大帝】様が弟子の称号を外すに至った理由について全く聞いてない。あぁ、それははーちゃんが戻って来てから訊くつもりだったか……)
「聞いてるの!?」
「え、あ、ごめん。えっと、要するに先輩たちと仲良くするなってことだよね? わかったわかった。」
現在、マキは上級生の女子たちから吊し上げを喰らっていた。彼女たちの大半がこの国における上級貴族の子女であり、いくら神殿の神巫女であっても貴族王族でないのにこちらの世界に介入してくるマキのことが気に入らないと言うこと、そして最近のマキの言動を聞いたり見たりすることによってさらに評判が落ちている所を狙って行動を起こした次第だ。
「わかったわかったじゃありません! あなた、私のことを誰だと思っておりますの?」
「知らないです。」
「ベルモンド伯爵第1子女、フレデリカ・エン・ベルモンドよ!」
「はぁ……燃えそうですね。」
マキは今から薪にされるのかな? と下手なジョークを思い浮かべつつ囲まれている理由を少々考えるが、今の優先度としては割と低い方なので放置した。
「それで、マリウス様、クリス様に馴れ馴れしい口を叩かないことわかりまして? あなたとは住む世界が違うのですから。」
住む世界が違う。だから馴れ馴れしくしてはいけないし喋ってもいけない。この場において何の関係もないことだがマキはその言葉を今の自分と【魔神大帝】と呼ばれる彼女の師匠につなげてしまった。
(……住む世界が違ったら、仲良くすることすらダメ……? こいつら、僕がどんな思いであの方を追いかけて来たと……!)
完全なるとばっちりだが何だか目の前にいる女子生徒たちが自分と【魔神大帝】の間を割こうとしている敵に見え始めて来た。しかし、流石にある程度分別がつく年月を生きてきたマキはそれも一瞬のことで現実世界に帰ってくる。
「ふぅ……まぁ、そうだね……」
「わかったならよろしくてよ。……この学校の制度を鵜呑みにしている生徒なんて初めて見ましたわ。この子の師匠は何も伝えないなんて馬鹿「殺す。」へ?」
爆炎とマグマが間欠泉のように吹き上がって来た。辛うじてその攻撃を防ぐことが出来たフレデリカたちにマキは無表情のままに告げた。
「【呪われろ……マジカルプリティぴっかぴか。悪い子ちゃんの心を悪意の炎で浄化し、灰塵と帰すよう精霊たちにお祈りだ……】」
神聖な、光を纏った何かピンク色の光線とどす黒い怨念の光が入り混じった謎の魔術の発動。それは上手く雑じり合わなかったのかマキが想定していた出力は出なかったが、フレデリカたちの肝を冷やすには十分すぎるものだった。
「外した……さっきから黙って聞いてたら……好き放題言って……好きな人と見てる世界が違って何が悪いんだ……僕だってその世界が見たい……どれだけ足掻いても見れなくても、僕は絶対に諦めるもんか……あの人は僕の……次は、ニガサナイ……」
「ひぃっ!」
ぐりんっ! と擬音が付くレベルで首を向けたマキ。その表情は虚ろで呟いている言葉も自分では最早理解していない。
「よ、よろしくてよ……炎の魔術師たる……!?」
タダではやられないとフレデリカが応戦の構えを見せた瞬間、目の前でマキは正座して涙を流し始め、余りの変貌にフレデリカは思考停止して動けなくなった。
「え……えっ……?」
「お師匠様からメール来たぁっ! 何々? 元気にしてるって? してます! 結婚式……あぁ、はーちゃんの! 事後報告だったんですよ。えぇ。呼ばれたら行くに決まってるじゃないですか!」
「えぇっ、その、あなた、頭は大丈夫なのでしょうか……?」
メールの一言一言に声を上げて返答するマキに頭がおかしくなってしまったのかとフレデリカは思わず気遣いをかけてしまった。しかし、マキにはそんなものは雑音として処理されて聞こえない。
「悪化してる……いえ、信仰が深まったんです! また止めろって言う……そう言うのは止めましょうって何回も言ってるじゃないですか。父様? え? ごめんなさい! 許してください!」
メールから念話によるメッセージのやり取りに移行したマキは念話先の相手の言葉に何やら傷付いたのかしらないが泣きつつ土下座の体勢で話を続ける。念話では姿は見えていないのだがそんなのは関係ないらしい。
そして、そんな間が悪い所に乱入者が現れた。
「おい、禍々しい炎の気配がしたから来てみたら……これは一体どういうことだ?」
強い炎の魔属性を表す赤髪にいつもはどこか締まりのない端正な顔立ち。鍛えられた肉体を持つ宰相家の御曹司であるクリスはこの場に入って来るなりフレデリカを睨みつけた。
「くっ、クリス様……」
状況は最悪だ。大勢でマキのことを囲んでおきながら彼女は何故か土下座状態で何かに許しを乞いつつこちらのことを無視して謝罪を続けている。使われた術式も炎でフレデリカの属性でありマキは基本的に大規模魔術を使わないため容疑をかけられるに薄い。舌打ちしたい気分でフレデリカがマキを睨みつけると彼女は一先ず念話を終えた状態で立ち上がっていた。
そんなマキに真剣な顔をしてクリスは尋ねる。
「……マキ、こいつらに何かされたのか?」
「……え? 特に何にも……」
事実だ。ただ、その言葉を聞いてどう思うかは個人による。クリスはマキがこの場にいるフレデリカを庇うためにそう言ったと判断し、溜息をついて空気を緩めて一気に鋭い目をして取り巻きたちを睨みつけた。
「当事者であるマキがこう言ってるんだから見逃してやる……次はない。さっさと失せろ。」
「し、失礼いたしましたわ。」
この場で弁明をするべきだった彼女たちだがマキの意味不明さとクリスの周囲に張り巡らされた魔素がその考えを打ち砕き、逃げ帰ってしまう。結局何の用だったのだろうかとマキはあまり用件を覚えていないがそんな彼女にクリスは大袈裟に溜息をついてみせた。
「マキ、お前警戒感なさすぎって言ってんだろいっつも……」
「あるし!」
「ねぇよ……ホンットもう……今日はマリウスと一緒に説教だ。」
何で僕が。そう反論する隙も与えずにマキはクリスに生徒会室に連行されて行くのだった。