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六日目    :木花の願い



6日目:4月5日 木曜日



「今週末はお花見しようか。」


「花見!?」


 嬉しそうに咲耶が目を見開く。 …だから、口に物を入れて喋らないでよ! 自分の顔にかかったお米を指で取り払いつつ、私は咲耶に聞いた。


「お酒は飲める?」


「お酒?」


 そうか、コーヒーを知らなかった咲耶がお酒を知るはずないか…。 まあ、いいや。飲ませちゃえ。


 今朝、私たちはまた一緒に朝ごはんを食べていた。でも、今日は咲耶を呼びに行く必要はなかった。だって、彼はずっとここにいたのだから。





 昨夜、私たちはたくさんの話をした。私のお父さんとお母さんのことや、小さな頃の話。中でも、特に咲耶が興味を示したのが、私たち家族が毎年していたというお花見だ。


「そういえば、毎年、庭でにぎやかに桜を眺めていたな。」


「知ってたの?」


 咲耶は、少し離れたところから私たちを見ていたそうだ。庭にレジャーシートとお弁当を広げ「きれいだね」と桜を愛でる私たちを。

 どんな思いで眺めていたのだろう。…きっと、仲間に入りたかったに違いない。咲耶に気づくことができなかった昔の自分が悔やまれた。

 でも、今は違う。せっかく一緒に時を過ごしているのだから、楽しいことを分かち合いたいと思った。





「木花には、色々と良くしてもらってばかりだな。」


 不意に咲耶が箸を置いてこちらを見つめた。たぶん、咲耶が言いたいのは食事のことだけではないだろう。まだ、一緒に過ごして数日だけど、私たちの間には、かけがえのない絆のようなものが生まれつつあった。お互いを大切に思う気持ち。それは、私たちの心をほっこりと温かくしてくれる。


「そんなことないよ。私も楽しいもん。お互い様でしょ。」


 お互い様どころか、私は咲耶のおかげで初めて“人(じゃないけど)を好きになる気持ち”知った。他の誰にも感じることが出来なかったこの気持ちを与えてくれた咲耶に、私のほうが感謝したいくらいだ。


「いや!私が受けている恩恵のほうが遥かに多いだろう!!」

 どん!っとテーブルをこぶしで叩いて力説する咲耶。ああっ!お味噌汁こぼれちゃったよ。


「そこでだ。」


 テーブルを拭く私の目の前に咲耶がグイっと身を乗り出してきた。なんだろ? 今日はやけに興奮状態だな。


「お礼に、木花の願いを叶えたいと思う。」


「はあ〜!?」


 願い? 何を急におとぎ話チックなこと言い出してんの? いや、咲耶の存在自体ファンタジーなんだけどさ…。


「願いなんて別にありません。」


 嘘だ。…本当は、1つだけある。たぶん、咲耶に言っても仕方がないことだとは思うけれど…。


「ないことはないだろう。いまのパワーなら、少しくらい高度なものでもかまわんぞ。」


 高度なもの? もしかして、私の願いも叶えられるかな…?


「何が良い? 美しい瞳か? 美しい髪か? 身体の形を整えることも可能だぞ。」


「何で美容関係ばっかり押してくんのよ!!」


 失礼な! …そりゃ、私はお世辞にも美人とは言えないし、スタイルも…難アリかもしれない…。でも、でも、顔は地味だったお父さんに似てるし、くせのかかった髪と凹凸の少ない体型はお母さんに似て……って、言ってて悲しくなってきた……。


 だ-け-ど! 亡くなった両親から受け継いだ大切な身体だ。自分の欲のために修正するなんてもったいないことはしたくない。


「容姿に関することを勧めるのは、私の得意分野だからだ。」


「そうなの?」


 美しい桜の花言葉は※“精神美、高尚、優れた美人”などであると教えてくれた。なるほどね~。どうりで。咲耶もやたらと美しいはずだ。


「でも、多少の難点はあっても、私はこのままで十分だよ。」


 微笑んで言うと、咲耶も納得してくれたらしい。良かった。具体的に治したほうが良い箇所を指摘されなくて…。


「では、お金持ちというのはどうだ?」


「そんなことも出来るの?」


「通り抜けができるではないか。」


 よそのお宅から拝借すれば………って、それはダメ----!! 犯罪です-----!!! 精霊のくせに、何て恐ろしいことを…。


「とにかく! 私の願いなんてないから!!」


 キッパリ言い切ると、咲耶はしゅん…と小さくなってしまった。ごめんね、咲耶。私の願いは叶うことがないものだから…。


 咲耶とずっと一緒にいたい。


 私の願いはこれだけしかなかった…。






 会社に行って、お昼休みを過ぎた頃、外の雲行きが怪しくなってきた。朝はあんなに暖かくて、お日様も出ていたのに、今は黒い雲が出てきて、風も強くなってきていた。


 こんなに風が強いと、桜が散ってしまう…。私は強い不安に襲われていた。今朝見たとき、桜は変わらず満開だった。咲耶の話によると、満開が2~3日続き、そのあと3日くらいかけて散ってゆくのだと言う…。

 気温が下がる“花冷え”が起こると、桜の花は長持ちし、逆に風が強かったり、雨が降ってしまうとあっという間に散ってしまうらしい。


「春の嵐になるかもね。」


 井上さんが眉をひそめて呟いた。


「そんなにひどくなるんですか?」


「お昼休みに携帯の天気予報を見たの。大型の低気圧が近づいてきたってさ。いや~、洗濯物、外に出してこなきゃよかった~。」




 井上さんが言っていた通り、夕方には風も雨もものすごいことになっていた。傘を差しても意味がなさそうなほどだ。


「木花ちゃん、電車が止まっても困るから、今日は定時で上がりましょう。」


「はい。そうします。」


 助かった。早く帰って桜の木を見てみなくちゃ。ビニールシートとか被せたら効果あるかな? でも、うちにそんなのないし…。




 バスに乗っている時間も、やたらと長く感じた。こんなことなら、タクシー使っちゃえば良かったな。

バス停を降りると、そこにはいつもの咲耶の姿があった。ああ、良かった。花が全部散ってしまったわけじゃないんだ。


「咲耶。」


 安堵から、すこし微笑みながら声を掛ける。が、ホッとしたのもつかの間…。咲耶は、明らかに弱々しくなっていた…。


「木花。ひどい天気だから、私の力ですぐ家に帰ろう。」


 咲耶が私の肩に腕を回しながら言った。…瞬間移動のこと? あれって、けっこうパワーが必要なんじゃないの?


「大丈夫。傘もあるし、ちゃんと歩いて帰ろうよ。」


「この天気では、傘など役に立たないぞ。」


「いいから! 歩きたいの!」


 パワーを使ったからって、咲耶の力が弱まるわけではないかもしれないけど、負担になりそうなことは極力避けたかった。

 私の強い言い方に驚いたのか、咲耶はそれ以上は何も言わず、だまって一緒に歩き出した。私の肩を抱いたまま…。




 家に入ると、私は真っ先に窓から庭を覗いた。……桜の花びらはだいぶ落ちてしまっていた……。今朝、まだ満開だった花は半分ほどに減ってしまっている…。


「…咲耶、花、大丈夫かな…?」


「…1つ残らず散ることはなかろう…。」


 そうかもしれないけど、でも、残る日数がさらに減ってしまうことも疑いようがなかった。外の雨と風はまだひどい。天気予報では、明日の朝まで続くといっていた。


 どうして、神様は意地悪なんだろう。 どうして、私の大切な人を奪ってしまうのだろう。


 せっかく出会えた、愛しい人との幸せな時間が、こんなにあっけなく終わっていくなんて……。


 悔しさと寂しさで、とうとう私の涙はこらえきれなくなった。せめて、咲耶に気づかれたくなかったけど、「…うっ…くっ…」と嗚咽が漏れてしまうのをどうしても抑えられなかった。


「…木花…」


 咲耶が、そっと私を抱き寄せる。この腕も、この胸も、あと数日で触れることが出来なくなってしまう…。私のそばに残るのは、庭の固い桜の木だけ…。 


 離したくない。失くしたくない。強く、強くそう思った。


「…に、いたい…。」


 この願いを口にするのは、咲耶にとって酷なのではないかと思っていたけれど、もう、自分の気持ちを伝えずにいることはできなかった。


「一緒にいたいよ。…ずっと、ずっと、咲耶と過ごしたい!」


「木花?」

 

 咲耶の声で、戸惑っているのが分かった。でも、あふれ出した気持ちはもう止まらなかった…。


「好きなの。咲耶が好きなの。私のお願いは1つしかない。咲耶と一緒にいたい!」


 咲耶にきつく抱きついて、声をあげて泣いた。咲耶も私をぎゅっと抱きしめていてくれた。


「…私も、同じ気持ちだ…」


 少し落ち着いてきたとき、ぽつりと咲耶が呟いた。咲耶は、苦しそうな顔で続けた。


「…私も、木花と一緒に過ごしていきたい…。けれど、それを叶えるだけの力は私にはないのだ…。」


 悔しそうに言った後、咲耶は私の耳元で「すまない…すまない…」と何度も繰り返した…。ごめんね、咲耶…。咲耶が悪いわけじゃないのに…。





 その日、私たちは抱き合ったまま、ソファーで眠ってしまった…。




 朝、目を覚ましてみると、昨日の天気が嘘のように綺麗な青空が広がっている。


 外の桜の花も、まだ3分の1以上は残っているようだ。


「咲耶、おはよ-。」


 私の隣にいたはずの咲耶がいない…。木に戻ったの? でも、私に何も告げず戻ることは今までになかった…。


「咲耶? 咲耶-!?」


 大きな声で呼んでみる。やはり返事はない。急に不安に駆られる。


 ふと、ダイニングテーブルの上に紙が乗っているのが目に入った。


 手にとって見ると、それはチラシで。裏には綺麗な字でこう書かれていた。



“私は行く”


 

 足元が崩れていく感じがした。…何、これ…? どこに行くの? 木に戻ったって事…?


 慌てて庭に出て桜の木に問いかける。


「咲耶、咲耶! ねえ、ここにいるの? いるんでしょ?」


 木の幹をこぶしで叩きながら呼びかけたけれど、返事はどこからも聞こえなかった…。


「ねえ! 咲耶! 咲耶ったら! 返事してよぉ……」


 座り込んで、なおも呼びかけた。やはり、咲耶の気配すら感じることができなかった。


 咲耶はどこへ行ってしまったんだろう? それとも、私に咲耶を感じることができなくなってしまったのだろうか? 祥子さんのように。


 答えは分からなかったけど、1つだけはっきりしてること。それは、咲耶が私の前から消えてしまったこと。


 …咲耶が…どこにも、いないこと……。











 

  

 




 








※桜の花言葉には…高貴、清純、純潔、精神愛、優れた美人 心の美しさなど、本文中にある言葉の他にもいくつかあります。


次話でいよいよ完結となります。明日、更新しますのでよろしくお願いします。


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