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二日目    :大掃除は正装で




2日目:4月1日 日曜日



 昨日は早めに寝たので、今朝は早起きができた。う〜ん、気持ちいい〜。


 朝ごはんの支度をする。玉子焼き、ほうれん草のおひたし、焼いた鮭、それにお味噌汁はとうふとワカメ。 “ザ・和食”だね。完璧−!


 2人分を向かい合わせにテーブルに並べて庭に出る。昨夜、「この人、泊まるつもりかしら? お布団、干してないのよね…」と、若い女性らしからぬ危機感を覚えた私に「世話になった。そろそろ木に戻る。」とあっさり告げ、咲耶は私の目の前で木と一体化した。…ほんとに精霊なんだ(いまさら)…


 朝ごはん、誘ったら来るかしら? 起きてるかな〜、咲耶。


「精霊は眠らない。」

 ぎゃ! いきなり背後に立たないで!!


「朝から心を読まないで。それと、現れるときは前面からでお願いします。」


 分かった。とうなずく咲耶。朝から男前だね~。眼福眼福。


「朝ご飯、良かったら一緒に食べない?」


「さくらもちか!?」


 …それはおやつです…。よっぽど気に入ったんだな。じゃ、今日もおやつにだしてあげよう。お供えの分、下げなきゃ固くなるし。


「…あと、ご飯の前に、着替えてね…。」


 咲耶は、今朝はまた桜をイメージした和服に戻っていた。和服は許せるんだけど…ピンクがね…。


「似合わないか?」


「似合うけど、かわいすぎ。」


 “かわいい”と言われたのが心外なのか、「それはほめ言葉ではない」とかなんとか、ぶつぶつ言いながら、咲耶の服はチェックのシャツとジーパンと言う、割と普通の服に変わった。

 へえ、お手本なくてもできるんじゃん。 ん?どこかで見たような…?


「花屋の主人を参考にした。」


 言われて納得。どうりでね。ジーパンがだぼっとした感じだと思ったよ。ま、いいか。





 それから、2人で朝ごはんを食べた。やっぱりいいなぁ。誰かと食べるのって。


 結局、昨日の晩ご飯も一緒に食べた。1人では絶対にしないお鍋をした。「箸は難しい。」と言いながらも、ずいぶんたくさん食べてくれた。「食べなくても平気」と言っていた割には、咲耶はなんでも良く食べる。種類も量も。


「今日は、何をするのだ?」


 2膳目のご飯を頬張りながら、咲耶が聞いてきた。こらこら、口に物を入れて喋るんじゃありません。


「う~ん、昨日は買い物で終わっちゃったから、今日はお洗濯とお掃除を頑張ろうかな…」


「ご飯のお礼に手伝うぞ。」


 お、さすが精霊、律儀だね。いい心掛けだ。では、思う存分使わせていただきます!






「これでいいか?」


「似合う-!!」


「そ、そうか?」


 照れながら、ご満悦の顔をする咲耶。ごめんなさい。私、いたずら心を出してしまいました。


 ご飯を終えて、さっそく咲耶には食器洗いを頼んだ。私はその間、洗濯物とお布団を干す。が、その前にちょっとした提案をしてみたのだ。


「咲耶、洗い物やお掃除をするときの正装は知ってる?」


「正装があるのか!?」


「ありますとも。」


 そして、私が見せたのは、またも女性雑誌。でも、今度はファッション誌ではなく“節約術”とか“すてきなレシピ”とかが載ってる雑誌。その中から私が指差したのは“これでスッキリ!我が家の収納術”のページに載っている、頭に三角巾を巻き、割ぽう着を着こんだ若奥様。


 これがまた似合うのなんの!!和服よりよっぽど似合うわ。咲耶もまんざらでもないらしく、鼻歌(おそらく、自作の曲)交じりでお皿を洗ってる…。かわいい!たまんない!! 


「終わったぞ。次は何をする?」


「大掃除!!」


 誤解のないように言っておきたい。私は、1人暮らしといえど、年末にはきちんと大掃除をしている。そうしないと、家が傷むから。

 でも、一軒家を若い女性の細腕(←昨日の“剛腕”扱いを根に持ってる)で、隅から隅まで掃除するというのは、かなり骨が折れる。


 年末は、仕事が忙しいこともあり、休みもぐったりして過ごしがち。おせちも作るし。で、結局、掃除し切れない箇所が残ってしまうのだ。特に高いところ。


 咲耶は、樹齢80年を超える大木の精霊だけあって背が高い。180は優に超えてるだろう。この背を重宝しない手はない。


 ひたすら高いところを拭いてもらった。上に下に、右に左に。そして最後に残ったのは…


「あと、この中を拭いて終わりにしよう。」


 それは、シーリングライトのカバーの中。我が家は、リビングを始め、部屋の照明がシーリングライトの部屋が多い。あの、UFOみたいなやつね。

 あの、白いカバーの中って…小さな虫とかハエとか入ってるときがあるのよね。夏、窓から入ってきた虫が出られなくなっちゃてさ。私は虫全般、大の苦手。1人で暮らすようになって、だいぶ勇敢に立ち向かっていけるようになったけど…。


 下から見上げて、カバーの中に埃とは明らかに違う形状の黒い点を見つけるとゾゾー!っとする。だから、ライトの交換もできるだけしたくないので、寿命の長い電球にしてるのだ。


「外せばいいのか?」


 さすがに、何かに乗らないと届かないので、踏み台を出してきた。大体それで足りたけど、リビングは特に天井が高いので、咲耶でさえ、踏み台の上で爪先立ちになっていた。


「ちょっと、足元がおぼつかないので、外したものを受け取って欲しい。」


「はいよ。」


 両手を差し出して、円盤状のカバーを受け取る。これがいけなかった。もともと、私がこのカバーが苦手なのって……


「ぎゃ----!!! が、が、蛾------!!!」


 そこには、ハエどころか、小さな蛾が入っていた。どうしてこんなところに入り込んでしまったのか!? パニックになった私は、カバーを取り落とし、ダッシュで逃げようとした。


「わ!こら!何をする!!」


 どすん、と音がして、私は咲耶の足にぶつかってしまった。不意をつかれてバランスを失った咲耶が、私の上に降ってきた。


 ごちん!! いった~い!!


「大丈夫か!?」


 ひっくり返って、ぶつけてしまった後頭部を片手でさすりながら上半身を起こすと、目の前には心配そうに私を覗き込む咲耶の顔が間近にあった。


 わわっ!! 近い!! 近すぎるよ!!


 鼻と鼻がくっつきそうなほど接近した顔と顔。しかも、私の上には咲耶が跨っている!?


 近くで見ても、美しすぎるその顔に、私の顔が赤くなるのが分かった。


「顔が赤いぞ。打ち所が悪かったか?」


 その体勢のまま、片手を後頭部に回して優しく撫でる咲耶。 わ~!!もう勘弁して~!! 割烹着なんていたずらしてごめんなさいー!!


「だ、大丈夫だから! 重い!! どけて!!」


 両手で咲耶のあごをそらすようにぐいっと押し戻した。


「精霊が重いわけないのだが。 やっぱり、打ち所が…。」


「悪くありません!!」


 きっぱり言い切った私に怯んだのか、咲耶はやっとどけてくれた。ドキドキが収まらない。

ダメなの。26にもなって、若い(80歳超えてるけど)男の人(人でもない)に免疫がないのよ!


 私は、高校と短大は女子高だった。短大のときは、一応、合コンで知り合った彼氏がいたこともあったけど、そんなに長い期間でも、深い付き合いでもなかった。

 社会人になっても、勤め先の会社は平均年齢46歳。一番若いのが私で、次に若いのは37歳、妻子持ちの営業さん。ちなみに、私が所属する総務部に至っては男性すらいない。なぜか、出入りの業者さんもおじさんばかり。ほのぼのした会社は働きやすいけど、ドキドキとは縁遠い。

 

 慣れないシチュエーションに、まだ1人で顔を赤くしていると、頬にふわっと咲耶の手が添えられた。


「木花。」


 しかも、ここへきて初の名前呼び!? 何の責め苦ですか!


「やっぱり、ますます顔が赤い。どこが痛い? 軽いものなら治せるが。」


 心から心配そうな顔と声。眉間にシワまで寄ってるよ? ドキドキしている場合ではない。


「本当に大丈夫だから。」


 気を取り直して微笑むと、やっと安心してくれたようだ。


「どれ、立てるか?」


 私よりもはるかに美しい手を差し出してくれる。なんだろ? 妙に過保護だな? と思いつつ、咲耶の手を取って立ち上がった。…私のほうがカサカサしてる…。


 さっそく、手を洗ってハンドクリームを取りに行く。その間に、咲耶はカバーを綺麗にして、元通り取り付けてくれた。

 リビングの時計が視界に入った。あら、もう3時。ずいぶん働いたなぁ。途中、お昼ご飯休憩を挟んだとはいえ、3〜4時間掃除してたことになる。おかげで、家中ピッカピカ!


「咲耶、お疲れ様。 3時のおやつにしよう。」


「さくらもちか!?」


 磨き上げられた家の中より、さらにまぶしい笑顔でこちらを振り返る。どんだけ待ちわびてたんだか。


「そうだよ。」と答えると、ないはずの尻尾がふりふり動いた気がした。よし。ごほうびに私の分もあげることにしよう。






 結局、その日も晩ご飯まで一緒に食べた。それから、あこがれの“一緒に洗い物(割烹着仕様)”を堪能した。私が洗って、咲耶が食器を片付ける。やだ、なんか、新婚さんぽくない?


「今日も世話になった。そろそろ私は木に帰る。」


「…あ、うん。…そうだね…。」


 食器を洗い終えると咲耶が言った。一瞬「え? もう?」と口にしかけた自分に驚いた。“もう”どころか、朝からずっと一緒にいたのに。


 なんだろう? この、言いようのない胸がキュッとする感じ。 覚えがあるようなこの痛み…。

 帰るったって、リビングの窓から出てすぐの庭にいるのに。しかも“また明日”って。明日も会いたいの?咲耶に?

 

「おやすみなさい。」


 よくわからないまま、咲耶に声をかける。すると、咲耶は立ち止まり、しばらくじっと私を見つめた。

それも、なんとなく切なげな瞳で。 私、なんか変なこと言った?


「…おやすみ。 木花。」


 咲耶が口にしてくれると、自分の名前がとても美しく感じる。少し、心が温まる。


 そして、咲耶は木に戻り、残された私は、部屋が急に冷え込んだ気がした。




 桜の花は、今、6分咲き…。








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