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一日目、その1:桜の下に誰かいる

新連載を始めました。まだ2作目ですので、相変わらず拙い文章かと思いますが、どうぞよろしくお願いします。


※文中の「」は“口頭会話”、『』は“脳内会話”を表すこととさせていただきます。


1日目:3月31日 土曜日




「おはよー。 あれ?もうお昼か…。」


 時刻は午前11時。いかん、久しぶりの休みだからって寝すぎだよ。


「コーヒーでも入れよっかな…。」


 誰に言うともなく呟く。…独り言、多くなったな…気をつけよ。


 コーヒーメーカーにフィルターをセットして、ミルでお気に入りの豆を挽く。コーヒーが大好きな私は、自分で豆を挽く。電動だけど。洗い物が多少めんどうでも、そのほうが断然おいしいのだ。


 落とすのは、コーヒーメーカーにおまかせ。いまどきのは性能が良いので、大雑把な私が落とすよりよっぽど上手だ。


 ほどなくして、2杯分のコーヒーが出来上がった。1杯は新聞を読みながら飲む分。もう1杯は食後用。

 そのままにしておくと煮詰まってしまうから、あらかじめマグに注いでおく。飲むときになったら、レンジで温めるのだ。

 コーヒー好きにしては邪道なやり方なんだろうけど、豆が良いせいか、温め直しても味はあんまり落ちない。酸味も出ないし。



 まずは、新聞をとってこよう。パジャマの上にカーディガンを羽織ってサンダルで外に出る。


「わぁ。暖かーい。」


 外は、ぽかぽかの良いお天気だ。春だなぁ…。この季節、すごく好き。


「そうだ。そろそろ桜咲いてないかな?」


 我が家の庭には、大きなソメイヨシノの木が1本ある。


 父が、中古のこの家を買ったのは、私が小学校に入る頃。もう、20年も前のことだ。郊外にあるこの家は、取り壊さなければならない建物が残っていたため、敷地の広さの割りに格安だったそうだ。初めて、家族で下見に訪れたとき、庭の桜が満開だった。


 あまりの見事さに、最初は、庭のものも全て取り払って、ガーデニングが趣味の母好みの庭に作り変える気だった父が「この木は残そうな。」と呟いたのを憶えてる。

 それから、毎年家族でお花見をするのが楽しみだった。 …5年前までは…。


 5年前、父と母は事故で亡くなった。私が21歳のときだ。仲の良い夫婦だった2人は、紅葉を見るためにドライブに出掛け、事故に巻き込まれたのだ。兄弟もいない私は1人ぼっちになってしまった…。


 ショックで呆然とする私に代わって、叔父さんたちが、いろいろ面倒な手続きを済ませてくれた。ほとんどローンを払い終えていたこの家は、保険で残りを完済し、すでに短大を卒業して社会人となっていた私の物となった。


 あれから、ずっとここで1人で暮らしている。お父さんとお母さんの思い出に囲まれて。でも、桜の季節がきても、お花見はしてなかった。いつも楽しかったお花見を思い出すのは、まだ辛かったから…。


 でも、今年は久しぶりに桜を眺めてみたくなった。5年経ち、やっと、心を落ち着けて桜と向き合える気になったのだ。


 新聞とコーヒーを持って、リビングの、庭に出入りできる大きな窓の前にあるソファーに腰掛ける。ここに座って、のんびりコーヒーを飲むなんて久しぶりだな。いつも、ダイニングテーブルで済ませてたから…。


 両手でマグカップを持ち、口に運びながら窓の真正面にある大きな桜を見上げる。あ、やっぱり咲いてきてる。まだ、蕾も目立つけど。5分咲きくらい………って、ん? んんんんんーっ??????



 あやうく、コーヒーを噴出しそうになった。何あれ!?木の下に誰か立ってる!!!



 …疲れてるから、見間違い?いや、でもたっぷり寝たし… 目をこすって、もう1度見る。



 見間違いじゃない!! 変な人が立ってるよ!!!



 桜の下には、若い男の人が立っていた。うちの敷地に人がいるだけでも、相当驚いたけど、何に一番驚いたかって…その身なり!!


 “変な人”は、着物姿だった。神社の神主さんが着ているような。しかも、男の人なのに上は薄いピンク色、下は緑色っていう組み合わせ。


 もう1つ目を奪われたのはその容姿。薄茶色のやわらかそうなサラサラの髪は肩まであって、春の日差しを受けてキラキラ輝いてる。顔は、横顔しか見えないけど、どう見てもイケメン。しかも洋風の濃い顔。…着物とミスマッチ…。




 うっかり、じっくり観察していると、“変な人”がこっちを向いた!ヤバイ!気づかれた!?


 慌てて警察に電話しようとしたけど、足が震えてうまく立ち上がれない。大声で叫ぶ?で、でも、逆上して襲い掛かられたら?第一、声なんて固まっちゃって出ないよー!!


 あわあわとうろたえていると、“変な人”は、こっちに歩み寄ってきた。うわーん、絶対絶命!?



『そなた、私が見えるのか?』



 不意に、声がした。…窓越しの声じゃなく、頭の中に。


 へっぴり腰でソファーからなんとか立ち上がろうとしていた私は、恐る恐る振り返る。



『やっぱり!見えるのだな!! 恐れるな。私は怪しい者ではない。』


 また、頭の中で声がする。 いえいえ、十ーーーーーーー分、怪しいですよ。



「だ……、誰……?」


 ようやく、それだけ口にできた。窓のすぐそばまで来ていた“変な人”はにっこり笑った。


 怪しいけど、さすがイケメン。笑顔の破壊力は一級品。


『私の名は咲耶(さくや)。この桜の精霊だ。』


「はぁ~っ!? 精霊~??」


 思いっきりすっとんきょうな声が出てしまった。…だめだ、この人怪しすぎ。うっかり、笑顔にだまされるところだったよ。あっぶねー。うん。春だからね。陽気に誘われて、こういう人も出てくるよね。


『“こういう人”とは何だ?』


 ギクッとして、電話に向かいかけてた足を止める。…なんで?私、今、声に出してた?


『声になぞしなくとも、お前の心の中などすぐ読める。』


「読まないでください!」


 ああ!思わず返事しちゃったよ。…にしても、この人、何者?通りすがりのエスパー?


『“えすぱー”とやらでもない!何度言わせる。私は、この桜の木の精霊の…』


「咲耶でしょ!? 分かったってば!」


 ああ、もー!何また返事しちゃってるの私。大体、頭の中に声が響くって気持ち悪いのよ。せめて普通に喋ってくれないかしら。この人。


「普通に話すこともできるぞ。」


 あら?今度は窓の外から耳に聞こえてきた。なんだ、できるんなら最初っからそうしてよね。


「そなたが、私の話を聞こうとしてなかったからだ。」


 そりゃそうでしょ。いきなり、ピンクの和服の濃いイケメンが立ってたら、誰だって腰抜けるわよ。


「私は、きちんと話しているのだから、そなたも声に出して話すのが礼儀だろう。」


「…まだ、人の心の中読んでるわね。」


「きちんと話をしてくれれば、読んだりしないぞ。」


「…分かったわよ…。」


 観念して少しだけ窓を開ける。いや、怖くないわけじゃないけど、なんとなくこの人から悪意は感じない。とりあえず、話を聞いて、気が済んだら穏便にお引取り願おう。


「で、あなたは何者だって?」


「そなたは理解力に問題があるのか?」


「なんですって!?」


 失礼な!そりゃ、お世辞にも賢いとは言えないけど、世間一般で言うところの“普通”の理解力は持ち合わせてます!!


「さっきから言っているではないか。この桜の精霊だと。名前は咲耶。」


「精霊って言われてもねぇ…。この木にずっと宿ってるってこと?」


「そうだ。かれこれ80年以上にはなるか。私が見える人間に出会ったのは40年ぶりだ。」


「80年って…、そんなおじいちゃんなの?」


「失礼な。精霊は歳をとらない。」


「へぇ~、便利ね~。で、精霊さんは何の用?用があってきたんじゃないの?」


「用などない。」


「へ?」


 聞けば、この精霊(認めることにした)は、ずっとここにいたらしい。ただ、私たちの目に見えないだけなんだそうだ。


「何で急に見えるようになったのかしら?」


「それが私にも分からないのだ。桜が咲き始めたせいもあるが…。」


「咲き始めると何か違うの?」


「パワーが強くなるのだ。」


 咲耶(名前で呼んであげることにした)は、ずっとここにいた。桜の木とともに。ただ、桜が咲き始めてから散るまでの、期間にしておよそ2週間ほどは、精霊としてのパワーが強まるらしく、木の中から姿を現すことができるらしい。今年は3日ほど前から出没していたと言う。


「その期間だけ、私の姿が見える者がまれにいる。」


「でも、私には今まで見えなかったよ。」


 毎年、桜が咲いている期間に出没していたのなら、とっくに出くわしていたはずだ。ここに住んでもう20年になるのだから。


「そこが、私にもわからないのだ。普通、見える人間は、私と波長が合う者のようだが…。」


「今年になって、いきなり合っちゃったってこと?」


 ふーむ…と、腕組みをして考え込む咲耶が、なんだかかわいく見えてきた。もともと、イケメンで私好みだし。優しくしてあげてもいいかしら?


「とりあえず、部屋に入んなさいよ。お茶でも入れてあげる。」


「いいのか?」


 ビックリした顔で、でも嬉しそうに声をあげた咲耶のために、窓を全部開けてあげることにした。


 が!その前に咲耶は、窓をすり抜けて入ってきた!!


「な、な、何!? 通り抜けの術?」


「精霊は、物体を通り抜けるなど訳ない。」



 …気持ち悪いから普通に入ってきてください…。





「コーヒー飲める?」


「コーヒー?それは何だ?」


 ダイニングテーブルに向かい合って座っている咲耶に、食後に取っておいたコーヒーを勧めてみる。でも、咲耶はコーヒーを知らなかった。そりゃそっか。桜の木にコーヒー蒔く人なんていないもんね。


「飲み物よ。あれ?精霊って飲んだり食べたりするの?」


「できぬことなどないぞ。」


 …えらそうに…。まあいい、人間(精霊だけど)チャレンジだ。


「熱いから気をつけてね。」


 咲耶は、湯気の立つマグカップをしばらく眺めていた。手に取るわけでもなくじーーっと。たまに、顔を近づけてにおいを嗅いでる。犬みたい。茶色の毛並みの大型犬。


 あ、やっと飲んだ。おっかなびっくりでかわいいかも~、なんてのん気に考えていたら、急に咲耶が「ぶーーっ!!」とコーヒーを噴出した。きたなっ!顔にかかったんですけど!?


「なにすんのよ!」


「貴様こそ何のつもりだ?毒など盛りおって!!」


「貴様って何よ!大体毒なんて入れてません!!」


「でも、こんなに苦いではないか!!!」


 思わずぷっと噴出してしまった。なんだ、ブラック飲めないのか。自分がいつもブラックだから気がつかなかった。悪いことしたな。しかし、何が“できぬことはない”だ。お子ちゃまめ。


「ごめんね。今、ミルクとお砂糖入れてあげる。」


 キッチンへ行って、ハタと止まった。コーヒー用のミルク無いな…。考えてみたら、うちにお客さんが来ることなんていつ以来だろう。法事とかで叔父さんたちが来ることがたまにあるけど、皆さん日本茶党だ。自慢じゃないが、就職してから彼氏なんてものもいたことない(短大時代にはいたのよ)。


 牛乳でいっか…。お砂糖は多めにっと。


「はい。これなら飲めると思うよ。」


 もう1度、咲耶にカップを手渡す。彼は、眉間にシワを寄せ、再びクンクンにおいを嗅いでから、ちょびっとなめてみた。


「うまい!!!」


「でしょ?」


 よかった。お口に合って。精霊って甘党なんだ。






ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


全10話程度を予定しておりますので、またお付き合いくださると嬉しいです。


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