第一話
二〇〇六年四月十一日―――。
校門をくぐる生徒達を追い抜き、私、長沢美愛樹は前を歩いている、背の高く茶色の髪をした彼、野田勝の背中を力一杯叩いた。
彼は少しよろけて、振り返る。
「おはよ!!」
「美愛樹………、お前はなーっ」
「そんなひょろい体しているあんたが悪い。バスケじゃ通用せんよ!!!」
「人が気にしている事簡単に言うな!」
勝の顔が少し怒った。勝とは中学からずっと同じクラスで、中一の時に出席番号が一緒だったのが始まり。
って言っても最初、私は愛想の悪い勝が嫌いだったし、勝も愛想の良すぎる私が嫌いだったみたいだ。
今ではお互い色んな事を言い合える、異性の親友のようなものだ。
「ね、昨日寝れた?ドキドキして寝れなかった?」
「お前じゃないし、ちゃんと寝たっての。」
「何か私が寝てないような言い方―………寝てないけど。オールだよん☆」
「寝ろよ!!!」
勝のツッコミに思わず笑ってしまう。
ちなみに何にドキドキするかと言うと、クラス発表である。
ウチの学校は四月十日が創立記念日なのだ。だから上手く八日が土曜日になると春休みが三日長くなるのだ。
「今年も同じクラスだといーね。」
「まーな」
「でも篤司とも一緒が良いなあ」
「それに蓮だろ?」
「そーそー。」
横山篤司と一ノ瀬蓮も中学時代からの仲間だ。
もっと深く言えば篤司は去年の暮れに付き合いだした私の彼氏で、蓮は小さい頃からの幼馴染みだ。
中学時代に私達四人が同じクラスになったのは中一の時だけだったけど、クラス替えしてもいつもつるんでいた。
「そーいや蓮はどうしたんだよ。今日は朝練ないだろ?」
「今日は新学期だからね。軽音部が朝練だよ」
私と蓮は家が近いけど、毎朝一緒に来るわけじゃない。
というのも私はバスケ部のマネージャーで、朝練で先に行くことが多いから、一緒に来る時は私の朝練がない時だけだ
でも今日みたいに始業式の日や、何かイベントがある日などは、バスケ部はないのだが、蓮の方が朝練があり、一緒には行かない。
クラス表は中庭に貼りだされていた。
私達が着いた時そこには人が集まり、平均身長の私じゃ何を書いているのか見えない。
「うわぁ……結構人いるな……」
勝がうんざりしながら言う。
「去年もそうだったじゃん。ね、その背の高さ生かして見てきてよ。」
「わーった……
「美愛樹―っ、同じクラスだぜっっ」
「篤司!?」
一歩踏み出した勝の声を遮り、元気な篤司の声がクラス表の方から聞こえた。茫然としながらしばらく待ってみると、篤司が人込みの中から出てくる。私は多分見る見るうちに顔を明るくさせただろう。篤司の方へとかけよる。そして思い切り抱きついた。
「やった―――!! 篤司と一緒だ――――!!!」
「やったな♪ 冗談抜きで嬉しいぜ!!!」
「お前ら………注目集めてる」
私は振り返り、苦笑しながら敦から離れる。そして呆れながらも私達を見ていた勝を見た。
すると篤司が勝を見て、「あ」と声を上げた。
「そーいや勝も一緒だぜ!」
「俺はついでか?」
あははは、私と篤司はお腹を押さえて笑った。勝は重い溜息をつき、そして薄く笑みを作った。
ここに蓮を混ぜて騒ぐのが私達の日常―――。
新しいクラスに行き、席に向かう。
隣に勝が座ったから、……また同じ出席番号かぁ。これで何年目だっけ?
「しっかしここまで来ると怖いな。俺らの縁」
「祟られてるとか言いたいの?」
「かも。……あ、松尾。俺CD返さねえと」
勝が立ち上がり彼のところに行った。
ヒロくん(松尾博紀だから私はヒロくんと呼ぶ)は同じバスケ部。中学の時からの付き合いだけ一度も同じクラスになった事はない。
クラスを素通りしようとしたところ、今年もクラスは違うみたい。
勝が彼と話している間、私は篤司の所に行こうと思ったが、……止めた。
女子の数人が彼を囲んでいたから。
楽しそうに笑っているところを見て、何だか嫌な気持ちでいっぱいだった
篤司は結構モテる。
私は中学三年の時から女子とあまり仲良くはない。必要程度に話すだけだ。
何と言うか……うん。中学の時に私はクラスの中心グループだったんだけど、同じグループの一人と酷いケンカをして……それから人に無視されるようになった。
勝がいてくれたか男子からは孤立しなかったけど、昨日まで話していた人と話せなくなったのは悲しかったなぁ。
私が通ってる高校は地元から近いから、同級生の殆どはここに入る。
そしてそのケンカした子も同じところで、……一年時同じクラスで、すぐに悪口を言われて結局孤立してしまう事になった。
私自身に悪いイメージを持っている人は少ないと思うけど、多分その子が怖いから私には必要以上に近づけないのだ。
本当に勝と同じクラスでよかった……。不幸中の幸い。
「美愛樹、松尾がこれお前にって。」
「え?……あ、そういや頼んでたんだ!!」
ヒロくんの家はケーキ屋さんで、私は今年から始まった毎月十日に発売される三十個限定のスペシャルクリームケーキをまだ食べた事がなく、ヒロくんに頼んでいたのだ。
私はそのままがぶりとケーキを一口食べる。
じんわりと甘い味が口の中に広がり、とても幸せな気分になれた。
ふと隣を見ると勝が見ていたので、私はケーキを差し出した。
「食べる?」
「一口」
「あ、でかっっ」
ケーキを受け取り、結構大きく一口を食べた。確かに一口だけど、それは酷い!!
私にケーキを返し、ぺろりと手についたクリームを舐めると勝は嬉しそうに笑う。
……正直勝のこんな笑顔はあまり見ないから、これを見せられるのは弱い。つい許してしまう。
「美味いな」
「よね。ヒロくんにお礼言っておこう。今日部活あったよね?」
「おー」
ケーキをまた口に入れる。あ、別に間接キスだとかは気にしない。中学からそうだし。
そしてチャイムが鳴ったかと思うと、慌しく誰かが入ってきた。
……蓮とこのクラスの軽音部の人。
蓮は私を見ると軽く手を上げ挨拶する。私も手を振り返した。
彼はそのままロッカーの方に行き、ギターを掃除用具入れとロッカーの間にいれた。
……あれ?てか蓮もこのクラス??
「……って、美愛樹!!お前もこのクラスか!?」
蓮の鍛えられた大きな声が教室に響く。しかも私が今まさに考えていた事。
クラス中の注目を集め、私は溜息をついた。
「そーだよー。久しぶりだねー。同じクラスー。」
「だなー。ってか勝と篤司も一緒か。三年前と同じじゃねぇか」
私と勝の方に来て、そう言う。
すると後ろから誰かに抱きつかれたと思ったら篤司だった。うわー……この三人揃うと目立つなー。
「そーいや転入生来るんだってよ」
「あ、新宮舞衣とかいう奴だろ!!名簿で知らねー名前あるとか思ってたんだよ」
「女の子かぁ……」
「つーかお前藤田と離れたんだから友達作れよ」
蓮に指摘され、私は少しふくれ顔になる。
もう私に近づくと酷い目が待っていると皆知っているからその子……藤田香織と違うクラスになっても無駄だ。
そりゃあ私だって作りたいとは思ってるけどさ。
おい、と今まで会話に加わっていなかった勝が私達に声をかける。
「っていうか宮ちゃん来てる」
「「「あ……」」」
三人の声がぴったり揃い、お互い顔を見合わせて笑った。
そして篤司と蓮はそれぞれの積に戻り、私もちゃんと前を向いて座る(今まで体が横を向いていた)
宮ちゃんこと宮原先生は一年の時からの持ち上がりの古典担当の教師で、一年の時は蓮の担任だった人だ。
来年定年だと噂されている彼は、優しくでも厳しくもあるおじいちゃん先生だ。
ゆっくりの話し方と生徒思いな所が私は結構好きだ。
「え〜……このクラスのー、担任になったー……宮原です。持ち上がりなんでー、知ってる人も多いかとー……思います。 それでー、今日はー……転入生がいるのでー……入ってきて良いよー……」
宮ちゃんがそうドアに向かって呼びかける。
するとドアが開いて、最初に見えたのはすらりと綺麗な黒のハイソックスを履いた足で、視線はだんだんと上に行き、細い体が見えた。
そして、私は息を飲み込んだ。
いや、私だけじゃなくクラスの殆どがそんな感じだったと思う。
話し声すら聞こえず、歩いてくる靴音だけが響く。
だって、本当の美人だったのだから……………
二話に続く