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第十三話 『現代魔術師』索川一弓

「さあ着きましたよ」

 風雲寺空が目黒尊を連れて来たのは、帯瀬間市の市役所であった。

 町の東寄りに位置する帯瀬間の行政事務を執り行うその場所は、高校生の尊にはほとんど縁が無い場所であったが、かつて社会科見学で一通り回らされた記憶があった。

「……ここで行うんですか?」

「ええ、そうです。何か不思議な事でもありますか? 言った筈ですよ、神代機関は政府の組織だと」

 確かに聞いたが、なにせ胡散臭かったのでもっと胡散臭い場所に連れて行かれるのだろうと尊は思っていた。

「離れず付いて来てください。こちらが手錠を外した以上、妙な真似をすれば解っていますね?」

「……」

 風雲寺空がその手に持った銃は明らかな法律違反だが、もう一々指摘するのが馬鹿らしいくらいに尊も慣れてきたものである。

 そんな一見だけはサラリーマン風に見える男と、相変わらず携帯電話から目を離さない索川一弓に挟まれて、尊は明かりの落ち始めた市役所の中に入って行った。



++++++++++++++



「ここが帯瀬間における我が神代機関の支部です。といってもただの事務所ですけどね」

 デスクとパソコン、それに応接用ソファー。市役所の他の部屋となんら変わらない風景のその場所まで通され、尊は本格的に気落ちし始めた。

「……ええと、ここで何をするんでしたっけ?」

「言った筈ですよ。キミの中にあるネクロノミコンについて調べます、その危険性と過去に存在した物との統合性についてが基本ですね」

「こんな場所で?」

「そうです。まあ、指定したのも行うのも索川氏なので、ここからは何か質問があれば彼女に聞いてください」

 そう言って風雲寺空は尊にソファーに座るよう促した。

(聞いてくださいったって)

 尊からすれば索川は裏切りを働いた人物という印象に近い、どんな顔をして話しかければいいのか困り果てる相手だ。

 索川の方も何を思ってか無言。それを見かねてか、何か言いかけた風雲寺空だったが、胸の辺りでマナーモードのバイブが鼓動し、携帯電話を取り出していた。

「……何てことだ」

 液晶画面を見て眉を曇らせた風雲寺空からは、今までの妙に余裕のある雰囲気が途端に抜け落ち出していた。

「ここは良いので、あちらの応援に」

ずっと無言だった索川が風雲寺空に向かって告げる。何か二人の間で通じる事があったらしく、そのまま軽く頭を下げてどこかに去って行くサラリーマンスーツの後ろ姿に、尊はかなり不安になった。

 というのも、風雲寺空が居なくなってしまえば索川一弓と二人きり。気まずさが格段に増すからだ。



「……」

「……」

 やはりと言うべきか、広い事務所の中を沈黙が支配する。

 しかしそんな中、先にそれを破ったのは以外にも索川の方からであった。

「質問が無ければ私は仕事を始めるけど、いいの目黒くん?」

「え? あ、ああ。質問……待ってたんだ」

「一応はね、色々と言いたいことがあるんじゃない? 私の方から話すつもりは無いけど、聞かれればちゃんと答えるから」

 相変わらず態度は素っ気ないが、少しだけいつもの毒が索川から抜け落ちているように尊には感じられ、それがどこか寂しいと思ってしまう。

(ああ、やっぱり。結構ショックだったんだ僕)

 索川とは一緒の委員会に所属しているだけで、クラスも違うし精々会えば挨拶を交わすだけの相手。

 言ってしまえば知り合い程度の関係だが、尊からすればそれでも貴重な相手だった。

「索川さんは最初から知ってたの? その……僕の事」

「……知っていた、と言うより予感があった感じかしら。貴方には何かあると……勘と言うよりは、魔術師としての見方から察したものだけど」

「ああ、やっぱり。そうだったんだ……」

 尊の記憶にある索川との初めての邂逅は、今年の年度初めに嫌々入れられた図書委員会で、向こうから話しかけられた時だった。

 容姿的にもかなりの美人であり、その時には既に学内でも有名人でもあった索川に話しかけられ、緊張した事を尊は昨日の事のように憶えている。

「目黒くんの周りには異様なほど人が寄りつかないでいた。それを目黒くんは自分のコミュニケーション能力が低いせいだと思っているようだけど、理由は恐らく私が感じたように、無意識的に避けざるを得ない何かを周囲が感じ取っているからだと思われるわ」

「それは……ネクロノミコンの?」

「ええ、貴方の魂に結びついていると思われる存在ね。栗栖野ミサのせいで微細だったその気配が以前よりも増している。風雲寺に気付かれたのも無理ないわ」

 その辺りの事は過ぎた事として、尊は悲観しないように決めているが、人が寄りつかない云々の話は寝耳に水の話であった。

「本当は、ネクロノミコンって何? 前に索川さんに聞いた時はなんとか神話に出てくる書物だと言ってたけど、実在するものじゃないって言ってたよね」

「そうね、あの時に話した事は嘘では無いわ。でもそれは一般的なネクロノミコンの認識であって、目黒くんの中にある『深書ネクロノミコン』とは別物よ」

「……ややこしいね」

「恐らくは深書ネクロノミコンを作った者は、目黒くんの言うそのややこしさを利用したんだと思うわ……」

 索川のその更なるややこしさを生みそうな発言に、尊は首を傾げるが、しっかりと補足の説明は続けられた。

「『魔具』や『神器』、あるいは『術式』と呼ばれるものに力を込めるにあたり、重要なファクターとしてはまず最初に『名前』があるの。『言霊ことだま』によってどれだけ有効な名を付けられるかによって、そのものの存在は大きく左右されるわ」

「ええと、聞きなれない言葉が多いんだけど……つまりどういう事?」

「……例えばそうね、ファンタジーのRPGで剣が登場したとして、エクスカリバーとロングソードという名前だったら、目黒くんはどちらが強そうに感じるかしら?」

「まあ、エクスカリバーかな」

「そうでしょうね、それが主な言霊の一種で『共通認識』に働きかけるタイプのもの。多くの者が本質を理解していなくとも、偏った語感と偶像によって力を増す、そう言った意味で一般的にもそれなりの知名度があるクトゥルフ神話の魔導書から、ネクロノミコンという名を流用するのは効果的な言霊よ」

「つまり有名な物と同じ名前を付ければ、それだけ力が増すって事?」

「それも一面だという話。名づける者の力によってそれも変わってくるし、一概には言えないけど、深書ネクロノミコンを作った者がややこしさを利用したと言った意味は解ったかしら?」

「ああ、うん。なんとなく……」

 だが、まだ尊のネクロノミコンに対しての疑問は解決していない。一番知りたいのは、そのネクロノミコンをどうして誰も彼もが気に掛けるのかという事。

 風雲寺空は、危険性と過去に存在した物との統合性を調べると言っていた。それがどういう意味か詳しい所を、尊は索川に尋ねる。

「目黒くんとの関係については解析してみないと解らないけど、私が知っている深書ネクロノミコンの記録ではこうあったわ……十三年前に起こった、『第三次世界大戦』の引き金でありその中心だったと」

「え?」

 唖然とする尊、ここまで突拍子もない事を言われるとは心の準備が出来ていなかったので、空いた口が塞がらなかった。

 それでも平然と索川は話を続ける。

「私も当事者ではないからそこまで詳しくないけれど、それは主に世界中の国家がある個人に対して挑んだ戦いの総称らしいわ。それより過去二度あった国家間での戦争では無くてね」

「……スケールが大きすぎて全然ピンとこないよ。いや、それに世界大戦と呼ばれるくらい大きな戦いだったなら、僕が知らなかったのはおかしくない?」

 本当にあった事ならば大々的に報道され、教科書に載るくらいあって当然の筈だ。

「教科書に載っている事が歴史の全てでは無いという事よ。神代機関の前身である陰陽寮も、飛鳥時代から明治時代まで国政の一部を担っていたのに今ではほとんど伝えられていない、同じように魔術が関わるような事は情報規制がかけられ、表には全く出ない事が多いもの」

 確かに、今まで尊は魔術だとかそういうオカルトめいたものが実際に存在するなどと、まったく知らないでいた。

「風雲寺が深書ネクロノミコンと目黒くんに対して危惧しているのは、新たな火種になるのではないかという事。特に当主はかつての大戦に参加していた事もあって、余計に潔癖になっているから」

「……僕が戦争を起こす?」

「その可能性もあるという事よ、深書ネクロノミコンは単なる魔具では無く、意思を持ち精神と結びつく程の特別な物。目黒くんにその気が無くても、第三次世界大戦を引き起こしたアンゴルモアのようになる可能性もあると、機関は考えているの」

 だからこそ尊を強制的に連行してまで、深書ネクロノミコンの解析を行う事を決めたらしい。

「そうなんだ……なんか色々聞かされて頭がごちゃごちゃしてきたけど、僕の平穏が随分と遠くにあるって事を実感しちゃうな」

「解析の結果如何ではそれなりの自由も約束される筈よ。それでも監視はつくでしょうけど」

「何にしても、僕に拒否権はなさそうだ」

 嫌だと言って済む話では無い事は、これまでの経験で尊はよくよく理解してきた。

「索川さんは僕の事どう思う?」

「は、私?」

 尊の問いかけが予想外だったらしく、索川は珍しく顔を上げて驚いた表情をしていた。

「ネクロノミコンがどうあれ、僕が何か大それたような事をするように見える?」

「ああ、そういう意味……そうね、私が持つ目黒くん個人に対する見解としては、無害であるという事が固まっているわ。これまで機関に報告をしていなかったのも、それが間違いないと思っていたからだから」

 索川の話から察するに、尊の異常にいち早く気付いていたのは彼女であった。栗栖野ミサによってそれが知れ渡るまで、尊の平穏を守っていたのはある意味彼女のおかげでもあるのかもしれなかった。

「そっか……」

「でも機関の命令があった以上、私はそれに従わなければいけない。今の世の中魔術師の肩身は狭いから」

 少し沈んだ様子で話す索川に、尊はそれ以上追及する事は出来なかった。

「それにしても今の状況なら、逃げようと思えば僕って逃げられないかな?」

 事務所内には尊と索川の二人きり、その気になれば逃げられそうな事もない。

「いいえ無理よ、ほらあそこ……」

 しかし索川は否定して事務所の隅の方を指差した。

「うわ、びっくりした」

 そこには男が壁に寄りかかって手を組んで立っていた。

 長身で髪の色は灰色、サングラスをかけていてと季節外れの黒いロングコートを着ているという、町を歩けば職質されかねない出で立ちのその男。

 何故そんな男の存在を索川に言われるまで尊が気付かなかったのか、甚だ疑問である。

「機関専属SPの間藤礼二まとうれいじよ。悪い事は言わないから下手な真似は考えない方が良いわ……じゃないと折られるから」

「何を!?」

 不穏な言葉の真意を、索川は語らずに頭を振るだけだった。

「他に何か質問はある? なければそろそろ解析を始めたいのだけれど」

「あ、じゃあもう一つ」

 間藤の姿に怯えつつ、尊は最後に索川に対して気になっていた事を尋ねることにした。

「あの風雲寺くんの兄さんが索川さんの事『現代魔術師』だって言ってたけど、あれはどういう意味?」

「……言葉で伝えるなら、現代魔術師は電子機器を魔術のツールに使う魔術師の事よ。魔具と呼ばれる魔道書や杖の代わりに、コンピューターやその他端末を使用し魔術演算の補助をしたり、あるいは術式を電脳空間に構築したりといった、現代の科学技術を利用する魔術師の事を指すわ」

「なるほど……わからん」

 予備知識の無い者に、ただ情報を垂れ流したのでは理解できるはずもない。索川もそれを解っているらしく、尊の事を責める様子は無かった。

「この手の事は実演してしまった方が速いわね。スクリプト・アジャスト……」

「え?」

 索川が携帯電話を操作すると、突如として尊の周囲の空間に数字が浮かび上がった。

 流れるようにスクロールされていく文字列にどんな意味があるのか、尊には理解できないが、空中に3D映像のように数字が浮かび上がっているだけで充分に驚きに値する。

「これは私がここに構築した結界を可視化したものよ。普段は電脳空間に位相をずらして不可視状態にしているけど、この建物内全てに常時機能しているわ」

「それはすごそう……だけど、やっぱりイマイチ解りにくいね」

「……なら解りやすい方法として、目黒くんの身体を電子レンジの要領で加熱する事も出来るけど実演してみる?」

「――やめて下さい! いやあ、索川さんはすごいなあ、憧れちゃうなあ」

「下手な芝居はいいから。それじゃ、もう何もなければこのまま解析を始めさせてもらうわよ」

 索川はそう言って、ノートパソコンを取り出して膝の上に置いた。尊は冷や汗を拭いながら、観念したようにその正面で居住まいを正す。

「ねえ索川さん……」

「何かしら目黒くん? 言っても解らないかもしれないけど、精神感応の術式はかなりの精密さを必要とするから、できれば集中したいのだけれど」

「ごめん、でも一言だけ言わせてよ……僕は索川さんと友達になりたかった」

 尊のその言葉に、キーボードを打っていた索川の手が止まる。

 何故こんな事を今言うのか、言ってしまったのかという気持ちも尊にはある。だが今を逃してはいけないと思ったのだ。

「……私は友達だと思っていたわ」

 だが索川のその返答は、尊にとっては今日起こったどんな事よりも驚きに値する、何よりも意外なものだった。

 しかし、直後索川がキーボードを打つ手を再開させた事で尊に異変が起こった。

「――!?」

 体の自由が効かない、そしてだんだんと視界が暗転していく。

「……ごめんなさい」

 最後に聞こえた索川の細い言葉を皮切りに、尊は意識を失うのだった。 




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