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第十一話 『後輩』高台寧々

 目黒尊めぐろみことは気まずい雰囲気にじっと耐えていた。

 時刻は放課後、場所は図書室の貸し出しカウンター。図書委員である尊は委員の仕事に従事し、生徒が持ってきた図書のバーコードをせっせと読ましている。

 放課後の図書室を開けてすぐの時間は、図書の返却と貸し出しで少しだけ混み合う。それが今の尊には少しだけ喜ばしい事であるが、それも長くは続かない。

(……ラッシュが終わっちゃった。どうしよう)

 尊はちらりと隣に座る少女を横目で見る。

 そこにはいつものように、ケータイの液晶画面を見つめる索川一弓さくかわいちゆみの姿があった。

 だが見た目はいつも通りであっても、索川の醸し出す雰囲気はいつも通りとはどこか違う。

 少なくとも尊が気まずいと思ってしまう程度には、いつも通りでは無かった。

「あの、索川さん……」

「何?」

 機嫌は良くなさそうな索川の声音であったが、返答があった事に尊は少しだけ安堵した。

「今日の昼はありがとう。御堂に知らせてくれたおかげで、酷い目にあわずに済んだよ」

「そう、良かったわね」

「……うん」

「……」

 会話終了。

 そもそも図書室という空間では、会話する事はマナー違反である。

 静かな場所を求め勉強する為に来ている生徒もいる、それに貸出不可の図書を集中して頭に入れたいと思っている生徒もいるだろう。

(だから別に無言でも問題は無い。いや、むしろ無言でなければいけない筈だ)

 そう思い、固く口を閉じて虚空を見上げる尊。

 別に本が好きな訳では無いのに、候補者が居ないからと無い崩し的指名された図書委員の仕事が、退屈だと思うのはいつもの事。

 だが胃の辺りがズキズキと痛むのはいつもの事では無かった。

 しかしそんな空気を吹き飛ばすような突風が、大きな音を立て図書室の入口をこじ開けてやってきた。

「尊先輩、一弓先輩、おっはようございま~す!」

 図書室内に鳴り響く大音響で挨拶しながら入ってきたのは、尊の一年後輩の図書委員。

「ちょ、高台さん静かに」

 挨拶もそこそこに、尊は完全なるマナー違反をおかした後輩の高台寧々(こうだいねね)を注意する。

「いや~そんな事言われても~、寧々は元気だけが取り柄だってよく言われるし~、元気なくなったら寧々には何も残りませんよ~」

 悪びれず、声のトーンを全く落とさない高台に自然と周囲から非難の視線が集まる。

(うわあ……自分の当番しか見てなかった)

 四条高校の図書委員は当番制で、朝昼と放課後に決まった人数が割り当てられている。

 一緒に当番になる相手によって苦楽の差があったりするが、今日の尊は最大のハズレを引いた形となっていた。

「目黒くん」

 嘆く尊に向けられた優しげな声に振り向くと、そこには普通なら一目惚れしてもおかしくない索川一弓の綺麗な笑顔があった。

(ああ……そうか)

 尊はそれでようやく気付く。

 索川が尊に、今日は委員会に絶対に来いと言った理由が。

「カウンターは私一人で充分だから、高台さんと裏でカバー付けをしてもらえる?」

 索川の言葉は疑問形だったが、それに対する拒否は許されていないのが尊には解る。

「……はい」

 とても解りやすいスケープゴートであった。



++++++++++++++



 図書室の隣の司書室に移り、尊は新刊図書のカバー付けを黙々と行う。

 しかし静寂とは無縁の高台は、委員の仕事などそっちのけで口だけを動かし続けるだけであった。

「それでですね~、テニス部の部長に美穂ちゃんが告られて~今彼とどっちを選ぶか迷ってんですよ~」

「……へえ」

「あ、でも~別に今の彼に不満は無いみたいなんですよ~。ただ相手がイケメンだからって話で~」

「……そうなんだ」

「む~、尊先輩ちゃんと聞いてますか~?」

 勿論ほとんど聞き流している。

 高台は他人の恋バナが好きらしく、ひっきりなしにネタを出してくるのだが、尊には全く興味が湧かない。

「も~、今の話はただの前振りで~寧々が話したいのは尊先輩の事なのに~」

「……いや、言われると思ったけどさ」

 どうせ朝から噂されている栗栖野ミサとのことだと、一周してその話は飽き飽きだと思っていた尊は適当に流すつもりであった。

 しかし、予想に反して高台が出した名前は別の人物。

「一弓先輩とはどうなんですか~?」

「へ?」

 なんでそこで索川の名が出てくるのかと、尊は間抜けな声を上げた。

「だって~お二人って付き合ってるんじゃなかったんですか~? 寧々はずっとお似合いのカップルだと思ってましたよ~」

「何をどうしたら、僕と索川さんが付き合っているとかいう事になる訳?」

 まったく心当たりも理由も思いつかず、尊は尋ねる。

「え~寧々のリサーチによると、尊先輩と一弓先輩は顔を合わせれば~挨拶を交わし合う仲であるとか~?」

「……いや、挨拶なんて誰でもするでしょ」

「私は一回も、一弓先輩から挨拶された事ありませんよ~」

 それは高台が索川に嫌われているから、とは流石に尊は言えなかった。

「そもそも~、一弓先輩が尊先輩以外とまともに話してるところ~寧々は見た事ありません」

「まとも……?」

 尊と索川の会話がまともかどうかはさておき、客観的に見て高台の言っている事は正しかった。

 先輩や教師が相手だとしても、索川は基本無視を決め込む。御堂も、索川に話しかけられた事にビビったと言っていた。

「それで~どうなんですか実際のところは?」

「どうもこうもないよ。索川さんとは同じ委員会ってだけだし、話をするって言っても大体一言二言で会話が終了する程度だよ」

「ふ~ん……」

 疑わしげに見つめてくる高台に、尊はまともに取り合ってはいけないとカバー付けの仕事を再開する。

「それじゃ~噂のミサ先輩とはどうなんですか~?」

「無駄な話はもういいよ!」

「うきゃ~尊先輩がキレた~ウケる~」

 先輩の威厳とは無縁な尊に高台を黙らせる事は出来ず。

 根掘り葉掘り質問攻めをしてくる高台に対して、生返事を返し続けるのが関の山であった。



++++++++++++++



 完全下校時刻になり、部活以外の一般生徒は帰る時間となった。

 それに合わせて図書室も閉館となり、ようやく尊は委員の仕事から解放される。

「それじゃ~さようなら~」

 真っ先に帰っていくのは高台寧々。終始しゃべり続けているだけであった彼女は、要領がいいというのか、当然のように後の事を自然に押し付けて一際元気に去って行く。

「はあ……まあいいか」

 後は日誌を記入して図書室を閉め、鍵を職員室に持っていくだけだ。それならば高台には帰ってもらった方がやりやすい。

「生贄ご苦労様」

「まさか生贄なんて言葉を、日常生活で自分に対して向けられるとは思わなかったよ……」

 索川からの皮肉な言葉を怒るような気力すら、今の尊には残されていなかった。

「これでも労っているつもりよ。おかげで有意義な時間が過ごせたわ」

「左様でしたか……あ、日誌書いてくれてる。じゃあ鍵は僕が持って行くから、索川さんも帰っていいよ。お疲れ様」

 色々と疲れた一日がようやく終わると尊はホッとしていたが、えてしてそういう時こそ予想外の事が起こるのかもしれない。

「いいえ、一緒に帰りましょうか目黒くん」

「え?」

 索川からそのような誘いがあったのは初めてだった。それがどういう風の吹き回しか、尊が疑問符を頭の上にあげていると手を引っ張られる。

「実は付き合ってほしい所があるの。女一人では入りにくい場所だから、お願いできない?」

「あ、そうなんだ。でも僕この後用事があって……」

 戸惑いながらも、尊は御堂との約束を思い出し断るつもりでいた。

「そんなに時間は取らせないわ」

 しかし珍しく積極的な索川の頼み、どういう訳か悪かった機嫌も直っているようなので尊としては無下にするのは憚られた。

「まあ少しなら……」

 自分が押しに弱い事を実感しつつ、尊は索川の頼みを承諾した。

 そこには少しだけ、高台から聞かされた事に対する意識が及んでいたのかもしれなかった。



++++++++++++++



(どうしてこうなったのかな……)

 ようやくにして尊は実感した。自分が日常生活を送るのに障害が多くなっている事を。

 そして一人では、それをどうする事も出来ないという事を。

 索川一弓に連れられて、一緒に歩く道の途中でそれは現れた。

「どうも、目黒尊くん。私の事を憶えているかな?」

「……確か風雲寺くんの家にいましたよね」

 かろうじて記憶に留めていた人物。

 尊が風雲寺家に拉致された時に居た、あの場には似つかわしくなかったビジネススーツ姿の眼鏡の男。

 名乗られた覚えは無いので名前は知らないが、風雲寺の関係者である事は間違いない。

「私は神代機関に所属する、総合対策課の風雲寺空ふううんじそらという者です。ちなみに君と同じ高校に通う凍夜は、私の弟にあたります」

 物腰柔らかく自己紹介を始める風雲寺空なる人物。だが決してそれは友好的な親睦を深める為のものでは無かった。

「一応聞きますが、その銃は本物ですか?」

「ええ」

 向けられた銃口と若干の冷めた声音。まるでいつでも殺せると明示しているようである。

(発砲事件なんてほとんどないこの国で、二度も銃口を向けられるなんて)

 当たり前だと思っていた平和が意外とそうでもなかった事に嘆きつつ、尊は隣の索川に視線を向ける。

 こんな時でも索川はケータイの画面から目を離そうとしない。まるでとるに足らない事のように、尊と風雲寺空のやり取りを無視している。

 そんな彼女の鈍感なのか気丈なのか解らない態度が、尊に少しの勇気を分け与えた。

「……僕に用なら彼女は関係ありませんよね。このまま帰してあげて下さい」

「その必要は無いわ、目黒くん」

 しかし尊の勇気を否定したのもまた索川であった。

「え?」

「そうです。彼女は私の協力者であり、同じ神代機関に所属する者ですから」

 そして尊が衝撃として受ける事実を告げたのは風雲寺空である。

「……そんな」

「まあ、それはおいおい説明するとして。まずは一緒に来て頂きましょうか」

 言葉を失い消沈する尊に、風雲寺空は無慈悲に手錠をかけるのだった。




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