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第十話 『正義の味方』御堂烈斗

 目黒尊めぐろみこと風雲寺凍夜ふううんじとうやに半ば強引に連れてこられたのは、前に栗栖野ミサに呼び出された校舎裏であった。

 心情的に避けていたその場所だったが、尊が思っていたほど異常は無いようで、精々フェンスが少し曲がっているのと校舎の壁に擦ったような傷が見えるくらいだった。

「お前が降らせたでっけえ氷。あれよお、中々溶けなくてちょっとした騒ぎになったの知ってるか?」

「え? そうなの?」

 唐突に風雲寺から聞かされた事実に、尊は少なからず驚いた。

「クラスとかで誰かから噂くらい聞いてねえのかよ……」

 そういう噂話をするような友達がいない人間も尊のように確かに存在する。他の事で手一杯ということもあったのだが。

「それで風雲寺くん。僕に何か用?」

「何か用……だと」

 それまで背中を見せていた風雲寺が振り返り、尊をギロリと睨み付ける。

(恐っ! あの親にしてこの子ありだよ……)

 風雲寺の家に拉致された時に植え付けられたトラウマが、尊の中によみがえる。

 ごく平凡な高校生に過ぎない尊がどう見てもヤクザな方々に拉致されて、どう見てもその親分的な方の前に連れられた時の恐怖は、二日三日で消し去れるものでは無かった。

「暴発した銃の怪我で親父は入院してる。しかも栗栖野ミサが家に変な結界を構築したせいで若い衆はそれを解くために右往左往、俺にまで余計なお鉢が回って来てんだ」

「そ、そうお気の毒にね……」

「それもこれもてめえのせいだろが!!」

 風雲寺は尊の胸ぐらを掴みあげ、怒りの籠った視線を投げつける。

「てめえに関わりさえしなければ、こんな事にはならなかった! その落とし前はどうつけてくれんだ? ああ!?」

(えええええええええ……)

 不良の専売特許ともいうべきそれはどう考えても八つ当たり。尊はつくづく風雲寺に関わってしまった事を嘆いた。

「大体、あんなことがあったのに何でてめえは普通に学校に来てやがる? 何があってもあの化け物女が守ってくれると思ってんのか? だとしたら太い神経してやがんぜ」

 風雲寺の言う化け物女とは栗栖野ミサの事だろう。

「いや、別にそこまで頼っているつもりは無いよ。僕としてはできれば栗栖野さんも関係を持ちたくない相手だし……」

「あ?」

 胸ぐらを掴みあげられた状態で、尊は必死に自分の意思を伝える。

「僕が学校に来るのは、これが僕の日常だからだよ。風雲寺くんや栗栖野さんは住む世界が違っているみたいだけど、僕としてはむしろ学校に来てはいけないって理由が解らない」

 尊自身、理解の追いつかない事に巻き込まれている自覚はあるし、その問題を解決しなければいけないとも思っている。

 しかし、だからといって本来住む世界を放棄しようとは思わない。

「正直言えば、風雲寺くん達も栗栖野さんも僕の事は放っておいてほしいんだ。そうすれば他に僕に起こった異変を知っている人は居なくなるから。そうすれば誰も怪我したりしないで済むじゃないか」

 そうなれば後は自分一人で、ネクロノミコンというものについてゆっくり解決方法を探す事が出来ると、尊は単純だかそう思っていた。

「馬鹿かてめえ。てめえみたいなよく解んねえもんを放置できるかよ。そんなのは北の龍脈を守る風雲寺家の名折れになるんだよ」

「いやそんな事言われても」

 知らないし関係ないと尊は言いたかったが、言ったら殴られそうな気がしたので止めておいた。

「それに親父が言っていた……お前が持っているネクロノミコンってやつはかなりやばいブツだってな。なんでも十三年前の事件の原因を作っただとか」

「十三年前?」

 尊には聞き覚えのない事がいきなり風雲寺の口から飛び出した。十三年前といえば尊は四歳前後で、そんな幼い時の記憶なんて普通は憶えている訳がない。

 しかし何か引っかかりは覚えた。十三年前……平成で数えれば十一年、西暦ならば1999年。

(……何かあったような気がする。なんだろうか? ああ、こういう時に索川さんに聞ければいいのかもしれないんだけどなあ)

 近くに居ない上に、微妙な空気のまま別れたのでそれは望めない。

 しかたなく尊は風雲寺から聞き出す事を選んだ。

「その、事件って何があったの?」

「ずうずうしいなおい。俺が聞かれた事を素直に教えるように見えるのか? ああ?」

 自分の方から振った話題の筈であるのに、風雲寺はそれ以上何も言う気が無いようであった。

(め、めんどくさいよ……この人)

 本当に同じ日本で育ったのか尊が疑うレベルであった。

「てめえ、さっきから随分と余裕があるな。いくら校内があの化け物女の結界で魔術が使えねえっつってもな、普通に殴ったりはできんだぞ」

「え、ええと……すいません」

 どうしてこの流れで殴られなければならなくなるのか、尊にはさっぱり理解できないがとりあえず謝ってみる事にした。

「……ほお、やっぱり一発。いや、十発くらいいっとくか」

「ええ!? 何で!?」

 またも何かが風雲寺の怒りに触れてしまったらしく、謝り損の尊は窮地に立たされた。

 実は情けない事に、この時尊は助けを期待していた。もしかしたらまた栗栖野ミサが自分の窮地に駆けつけてくれるのではないかと。


 しかし、尊を助けたのは男の声だった。

「おい! 俺のダチに何してる!」

 学園ドラマでよく見かける光景。

 いじめっ子に殴られそうになるいじめられっ子を、助けに入る主人公なりなんなり。

 それが別に主人公ではなく、一年留年していてクラスに馴染めていないような男でも、この場では紛れも無く正義の味方といえた。

「み、御堂」

「何だ?」

 現れたのは御堂烈斗みどうれっと、尊の幼馴染。

「いいからその手を手を離せよ風雲寺凍夜。いつかみたいな二の舞になりたいのか?」

「御堂烈斗!?」

 風雲寺は御堂を見て驚いたのか、掴んでいた尊の胸ぐらをあっさりと放す。その強面の表情は少しだけ恐れているようでもあった。

「てめえ! 化け物女だけじゃなく、御堂烈斗まで手懐けてんのかよ!」

 風雲寺の恨めし気な視線は尊に向けて。

「手懐けるって、別に……御堂は幼馴染だけど」

 何故そんなに風雲寺が焦るのか解らず、首を傾げながら尊は御堂の方に視線を向ける。

 幼馴染は少しだけ怒っている様子であったが、それ以外は特に変わり映えの無いいつも通りであった。

「そう、尊は俺の幼馴染で最高のダチだ。風雲寺凍夜、お前が尊に何の用があったのか知らないが、今のはどう見ても交友を深めている様には見えなかったぜ」

 言いながら、御堂は一歩一歩風雲寺に近付いていく。

「おい、来んなよ。俺は別に何もしてねえよ」

 合わせて後ずさる風雲寺。御堂の圧力がそうさせるらしい。

「だったらこのままどこへなりと行けよ。そして二度と尊に近付くな」

「――!?」

 一瞬だけ、尊は自分の目を疑った。

 御堂の鋭くなった眼光が、実際に光を帯びた様に見えたからだ。

(見間違い? だよね……きっと)

 一瞬だけだったので、きっと太陽の光がガラスとかで反射したのだろう。そんな風に考えていると、尊の横を逃げるように風雲寺は走り去る。

「……ちっ、これもアニキにつたえておかねえと」

 そんな言葉を残し、結局尊に因縁をつけてきただけだった風雲寺は逃げて行った。

「よう、相変わらず尊はあんな感じの馬鹿に好かれるみたいだな」

 尻餅をついていた尊に御堂は手を差し伸べる。

「ありがとう、でも御堂も正義の味方が板につきすぎているんじゃないか? それなら僕なんかよりも悲鳴を上げる美少女を助けた方が、良い思いが出来ると思うけど」

 御堂の手を取りながら、尊は礼の言葉と憎まれ口を同時に披露する。

 憎まれ口の方は幼馴染に対する照れ隠しの様なものである。

「良い思いか、前に悪漢に囲まれた美少女を助けた事あるけど、がっかりするくらい何もなかったな……そもそも知らぬ間にその子逃げちゃってたし」

「うわあ……」

 冗談で言ったのに、本当にそんな武勇伝を持っていた幼馴染に、尊は羨ましがるどころかドン引きであった。

「そんな事より、なんでまた風雲寺なんかに絡まれてたんだ?」

「あーそれは……」

 聞いてくる御堂に、どう答えるべきか尊は迷った末、

「……カツアゲ?」

 誤魔化しにしては苦しい回答を零した。

「カツアゲって……マジで存在してたのか」

 不良の代名詞だが、実際に遭遇するのは宝くじで1等を当てるくらい難しいとされる(尊の私感)事に、御堂はカルチャーショックを受けたようであった。

 正義感の強い御堂に、風雲寺やその家のとの事を話せばどうってしまうか危惧しての尊の嘘だが、風雲寺の不良としての格を若干落とす結果になってしまったようだ。

「御堂は何で校舎裏に?」

 来てくれた事は助かったのだが、偶然にしてもわざわざくる場所では無いので尊は不思議に思い尋ねる。

「ああ、尊を探してたら索川がこっちだって教えてくれたんだ。あいつから話しかけられたのは初めてだからかなりびびったぜ」

「へー、索川さんが……」

 別れ際に何故か怒っていた様子だから、彼女が助け舟を出してくれていたのは尊にとって意外であった。

「それで御堂が僕を探していたのは何故? まさか……未だに馴染めてない自分のクラスから逃げてきたとか?」

「それもあるけどよ、お袋から頼まれごとがあったんだ」

 嫌な事をあっさりと認める御堂によりも、尊には後半の言葉が興味が湧いた。

「李里香さんが何て?」

「今日の夕食に誘えってさ。尊が前に言ってたお袋の手料理が食べたいって事を話したらノリノリでよ」

「そうなんだ……それは嬉しいけど」

 久しぶりに御堂母の手料理を食べたいと思う尊だったが、今は簡単に引き受けてよいものか迷う理由があった。

 居候の栗栖野ミサの事だ。

「ちなみ彼女を連れて来ても構わねえぜ、お袋は発狂するかもしれないけどな」

 まるで尊の心を読んだような御堂の言葉は、幼馴染だからこそ通じていたのか。しかしとりあえず、否定すべき所は否定しなければならない。

「御堂の耳にまでどんな噂が聞こえているのか知らないけど、栗栖野さんとはそんな関係じゃないよ」

「いいよいいよなんでも。とにかく遠慮せずに、何か問題があっても気にせずそれごと来いよ」

「……問題って?」

 その言葉に反応してしまったのは、尊が抱えている事が徐々に重くなってきているからなのか。

「なんつうか、何か悩んでる事あんだろ? ちょっと前の尊なら、誘ったら断るのが悪いからって気を遣ってたくせに、今はその逆になってるからな」

「そ、そうかな」

「言い難いなら無理には聞かない。だけど、俺はいつだってお前の力になりたいんだ、もう兄弟って言ってもいいくらい長い付き合いだしな」

 そんな言葉を真顔で尊にかける御堂。

(……本当に良い奴だ。羨ましいよ)

 嬉しいと思う反面、だからこそ尊は御堂にだけは心配をかけたくないと思う。

「解った、行くよ。今日の夜だね?」

 だからそれまで通りに接するのが一番だと考えた。

「おう、お袋は六時くらいには帰ってくるだろうけど、その前に少し遊ぶか?」

「いや、今日は委員の仕事があるし……僕も六時に行く事にするよ」

「待ってるぜ」

 御堂は何かまだ言いたそうであったが、尊が約束したからか、結局それ以上は何も言わなかった。



++++++++++++++



 昼休み終了の予鈴を聞き、尊が自分のクラスに戻るといつか光景が蘇るようであった。

(……あれ?)

 栗栖野ミサが居ない。

 それだけで不安になったのは、おそらくまた尊の与り知らぬところで、彼女が何か突拍子もない行動に出ていないかと思ったからだろう。

 そんな尊の心配をよそに、その日も栗栖野ミサが教室に戻ってくる事は無かった。






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