第3話 ネビロス
耳障りなほどにサイレンが鳴る廊下を、1つの部隊が走っている。人数は5人。そしてその5人の中の先頭にいる男が、サイレンが鳴り響きあきらかに緊急事態はずのこの状況で冷静に無線機で誰かに連絡を取っていた。
「こちら4番隊、井村。研究所で何があった? 暴走か?」
すると無線の相手が答える。やけにテンションの高い女の声だ。
「正解! さすが井村さんってとこだね。かなり落ち着いて状況判断してるし、大人の余裕ってやつ? ちょっと違うかな? っていうかなんで暴走ってわかったの?」
その、質問攻めの女に対し井村はやはり落ち着いた様子で言う。
「わかってない。だからお前に訊いたんだ。それにお前、もう少し緊張感をもて。しかしやはり、暴走か」
「みたいだねぇ~。ま、ときどきあることだし、ぱぱっと片付けちゃってよ。あ、連絡くれたってことは井村さん達研究所の近くにいるの?」
「ああ、今向かってる。それより研究所の様子はどうなってる?」
それに女は目を細め、自分の目の前のモニターを見るめて、さっきまでの高いテンションとは打って変った落ち着いた様子で井村の問いに答える。
「なぁんかねぇ、今日はちょっと様子がおかしいんだよねぇ」
「おかしい? 何がだ?」
さらに女はモニターを食い入るように見つめて井村の質問に答え続ける。
「ほら、暴走した奴らって逃げ出したいがためになにもかも見境なしに破壊しまくるじゃん? でも今回のはなんか、意図的に破壊してるよぉな気がするんだよねぇ」
「意図的?」
質問攻めの井村に対し、女はめんどくさそうに言う。
「さっきから質問ばっかだなぁ。1つ1つ答えんのめんどいからまとめて言うね~」
それに井村もめんどくさそうにため息をつき、そうしてくれ、と言う。
「う~んとねぇ、今から約5分ほど前に研究所で原因不明の爆発? みたいなのが起きたみたいなんだけど、それにエクソシストの人達がやられちゃったみたいでさぁ。しかもその爆発みたいなやつであの拘束具が1つ壊れちゃったみたいでぇ、やばっ! 脱走しちゃう~って思ってたんだけどー」
と、女はそこで一度言葉を止め、モニターに映る人物を見つめて微笑を浮かべながら続けた。
「そいつ、逃げないで他の人たちの拘束具壊しまくってるんだよねぇ~」
あの拘束具。
「あの」の部分を強調するように、女は言った。
つまりそれは、大抵のことでは壊れないかなり|頑丈な物という意味だった。
いや、正確には<悪魔>の力に対してだけかなり頑丈な拘束具だ。
あの拘束具は、人間の器に悪魔の魂を宿すときの苦しみに人間が暴れないための拘束具でもあるが、一番の目的はその悪魔の魂を宿された人間が暴走した時のものだ。
悪魔は皆、なぜか人間界で活動できる体を欲しているのだ。しかし悪魔には人間界のように善悪のバランスがうまい具合に取れた世界では活動できないらしい。だから魂だけを人間界に持っていく。しかしそれは悪魔単体では不可能な事だった。だから悪魔祓い(エクソシスト)が必要になる。悪魔祓い(エクソシスト)はいくつもの魔術を駆使して、悪魔の世界へとコンタクトを取る。そして、人間界での器をやるから我々の命令に従え、と言う。それを承認した悪魔が悪魔祓い(エクソシスト)によって魂を人間界へと持っていかれ、器をもらう。
しかしまれに、承認したにもかかわらず器を手に入れた途端に逃げ出そうと暴れてくる悪魔が出てくる。それを暴走と称し、抑えるために特別な術式を組み込んだのが、あの拘束具だった。
が、ときどき強力な悪魔が出てきて拘束具を壊すことがある。その度に井村たち対悪魔部隊―――通称ネビロスと呼ばれる者達によって葬られてきたのだ。
しかし今回の悪魔はちょっと違うらしい。なんでも拘束具の破壊に成功したにもかかわらず、逃げようとせず他の奴らの拘束具まで壊しているという。
それに井村は、これはかなりまずい状況なんじゃないかと思う。
無線の相手の女はさほど気にしていないようだが、あきらかにまずい状況だった。
これまでネビロスは暴走した奴とは一体ずつとしか相手にしてこなかった。
しかし、今回の奴は他の拘束具も壊して回っている。ということは、仲間を増やしている可能性がある。とはいっても、生きているのは普通の人間だけだろうからいくら増えたところでどうということはない。
しかし、奴は悪魔祓い(エクソシスト)を蹴散らしているらしい。今までそんなことはなかった。なら、それなりに力をもっている奴なのだろう。
だから井村は女に言う。
「応援要請を頼む。今回の件はイレギュラーだ。何が起こるかわからない」
井村のその言葉に女はちょっとだけ驚く。井村の部隊は、組織の中ではかなり上のほうだったはずだ。その井村が応援を要請したことに、ちょっと異常事態なのかな、と思うが、自分の位置からアナウンスできる場所が少し離れていたのでめんどくさそうな顔になる。
アナウンスだと建物全体に声を届けられるが、無線だと一対一でしか話せない。なので複数の部隊に声をかけるのにいちいち無線を使って声をかけていくのはめんどうなのだ。
だから女は井村にこう言った。
「いやいや、井村さん達だけでいけるって。だって組織のなかじゃ井村さんとこの4番隊が最強じゃん? だったら・・・・・・」
が、その言葉を井村が遮って言う。
「だれが最強だ。適当なことぬかしてないで、さっさと他の隊も研究所に集めろ」
それに女がめんどくさいとばかりにため息をつくが、一応返事をする。
それを確認してから、井村は無線の通話を切った。
それから走るスピードを少しだけ速め、研究所へと向かっていった。
◆
ここでも、サイレンは耳障りなほどに鳴り響いていた。
そして、天馬の予想は見事に的中していた。
やはり天馬の台で実験はストップしてしまっていたのだ。
今彼は自分の台から左側の台をかたっぱしから順番に調べていっている。
最初に調べた左側の台から、今で9個目だ。その、9個ともの台にそれぞれ寝かされていた人たちがいたのだが、全員生きていた。
しかし、まだまだ台は並べられている。
そこで天馬は9個目の拘束具を壊したところで、前を見る。
見渡すかぎりに並べられている台の数を。
なんといっても奥が見えないくらいなのだ。
そしてそれを天馬は全て助けなければならない。いや、自分にそういう感情が芽生えてくるからそれに従って動いているだけなのだが。
しかしもしもその感情が芽生えなかったとしても、助けないわけにはいかない。
いつだって彼は困っている人を助けて・・・・・・
「いや、きっといつだってそうだったんだ。いつだって困ってる人を見るとその感情は・・・・・・」
芽生えてしまう。
その、困ってる人を見ると直前まで考えてたことなどそっちのけで人助けに専念してしまう。
その行動が異常すぎて、優衣にせかされて精神病院にまで行ったこともある。
優衣に言われて。
『天馬くんちょっと病院で診てもらったほうがいいよ』
と言われて。それに天馬はこう答えた。
『大丈夫大丈夫。いいじゃん、人助けしてるんだし。もしかして優衣ちゃん、俺が人助けするの嫌だった?』
『そ、そんなこと言ってるんじゃなくて! 人を助けるのもいいことだけど、自分の身も大事にしてってこと! だって普通、テストの追試ほったらかしにしてまで人助けするなんて・・・・・・天馬くん、自分の成績わかってる?』
『うっ・・・・・・で、でも』
『でもじゃない。とりあえず病院行こ? なにもなかったらそれにこしたことはないでしょ』
と、めんどくさかったが自分でも、なぜ自分はここまで困っている人を見ると放って置けなくなってしまうのか、気にはなっていたので優衣と一緒に精神病院に行った。
異常はなかった。
さすがにカウンセリングの人に最初、自分の症状を話したときは不思議がられた。
いろいろな精神的な悩み事に相談にのってきたであろう人でさえ、天馬の、異常なぐらい人を助けてしまうんです、という言葉にはちょっと驚いただろう。
それからいろいろ話し合い、ほどほどにということで話はまとまった。
その帰り道に優衣は天馬に言った。
『なにも異常なかったけど、あんまり無理しないでよ?』
『無理って?』
『変なことにまで首突っ込まないでよねってこと』
『変なことって?』
と、まるでなにもわかってなくて、今にでも変なことに首を突っ込みそうな天馬に優衣はちょっと強めの口調で言った。
『ん~、とりあえず! 自分の身を大切にして、危ない人には近寄ら・・・・・・あっ』
言葉の途中でなにかひらめいたように優衣は言い、それから天馬の顔をのぞきこんで言葉を続ける。
『も、もしかして天馬くん、ヤバイ人とかにも手を貸してないでしょうね?』
それに天馬は、まさか、と言う。
『なんかさぁ、よくわかんないけどそういう人には手を貸す気はないっていうか。当たり前なんだけど、その優衣ちゃんのいうヤバイ人が困ってるの見かけてもな~んも思わないわけ。ってか、ヤバイ人が困ってるのなんてそうそう見ないでしょ』
と言って笑う。
しかしそれに優衣は心の中だけで呟く。
(ちょっと心配だけどなぁ。やっぱ私が天馬くんのそばにいてずっと見てなくちゃ)
そう心の中で言い、今度はちゃんと声を出して天馬に言った。
『ま、天馬くんには私が付いてるから大丈夫だよ~』
『そうかな~』
と、2人で笑いあってるのを思い出して。
優衣の事を思い出して。
また、今すぐにでもここから優衣を探し出したくなるが、やはり「ここから人を助けろ」という感情は自分の自己的な考えなど関係なしにわきあがっていくのだ。
だから誰かを優先して探し出すことはできなかった。
しかし、こうして皆を助けていればきっと優衣のことも見つけられるはず。
もしくは。
と、考えたくなかったことを少し考えてしまう。
もしも優衣が、もう死んでいたら。
そんなことを考えそうになるが、例の「感情」がそれもかき消してくれた。
そこで天馬は深呼吸をする。そして、10個目の台にたどり着く。
拘束具に手をかけたところで、助け出した中の1人の男が天馬に聞いてきた。
「あの、これから自分達はどうする・・・・・・どうなるんですか?」
声をかけてきた男は30歳ぐらいに見える。あきらかに天馬よりも年上だが、このよくわからない状況に緊張しているのか、敬語だった。
それに天馬は落ち着いた声で言った。
「俺もよくわからないんです。気づいたらあの拘束具が壊れてて、握力ものすごいことになってるし。でもとりあえず、皆を助け出してここから逃げないと」
「助け出すって、ここの全員を?」
その問いに、天馬は手を止め、神妙な顔になって答える。
「たぶん、俺の台から右側の台の人は全員死んでます。俺のところで実験は止まってるみたいなんです。だから左側の台の人達を全員助けてここから逃げようかと」
すると男は、天馬の台から左側の台のほうへと指を差し、言った。
「さっき奥まで行って見て来たんだが、まだあと200個は台あるぞ? それを全部助けて逃げるなんてできるのか? それにこのサイレンの音は、ここの連中がもう気づいてるって事じゃないのか?」
そう言われるが、しかし彼にも時間がないことはわかっていた。
天馬が最初に台を破壊してからサイレンが鳴り、もう15分は経過している。
ならもう、今すぐにでもここから、ここの連中にみつからないように逃げたほうがいい。
じゃないと、さっきのアナウンスで呼び出されていた対悪魔部隊とか言う奴らに、みんなを助け出して逃げる前にここにたどり着かれてしまう。
そしたらもう、たぶん終わりだ。
また捕まって、拘束具で体を縛られ、逆戻り。
それならいっそ、全員捕まって終わるよりは今助け出した人達だけで逃げたほうがいい。
しかし。
「全員助け出して、ここから逃げます」
と天馬は言った。
その発言に、男は近くにあった台をドンッと強く叩き、さっきとはまるで別人のような態度になって怒鳴った。
「冗談じゃない! ここにいる全員助け出すって? 普通に考えて無理だ! お前が、お前のその腕がとんでもない事はわかった。 けど言ったろ? 200個は台あるって。それ全部壊してる間にここの連中が来たらどうする? 今やってることが全部無駄になっちまうだろ? それなら、今助けられた連中だけで逃げりゃ・・・・・・」
男の言葉に、天馬は目の前の10個目の台の拘束具を破壊して遮り、怒鳴る。
「そんなこと俺にだってわかってますよ! でも!」
体が、拘束具を破壊し続ける、という行為をやめてくれないのだ。
もちろん、その行為がやめられたからといってやめたりはしないが。
でも、やめられない。
「俺は、誰かに操られてるのか?」
そう呟き、彼は作業に戻った。
それを見て、男は舌打ちをする。
「ああそうかい。なら1人でやってろ。俺達はみんなこんなわけわかんねぇ場所からとっととおさらばしたいんだ」
そう言って歩き出し、逃げ出すための場所を探し始める。
それに、男を除いた他の助けられた7人も、顔を見合わせてから天馬を一度見て、男と同じように逃げられる場所を探し始める。
しかし、1人だけ付いていかなたった者がいた。
天馬と同じぐらいの歳の茶髪のショートカットの女の子。天馬が一番最初に助けた子だった。その子が逃げ場所を探そうとする男に向かって叫んだ。
「あなた達は彼を見てなんとも思わないんですか? 彼は、私達を助けてくれたんですよ? なのにその彼に向かって1人でやってろだなんて・・・・・・」
が、男はその言葉を無視する。他の人は一度動きを止めるが、すぐにまた逃げ場所を探し出してしまう。
そこで、また女の子がなにか言おうとするが、天馬がその子の肩に手をポンッと置いて微笑んでから言う。
「ありがと。でもいいんだ。あの人の言ってることはもっともだし、俺もそれが得策だと思う」
「でも」
「いいっていいって。それに逃げ場所探してくれるんならこっちにとってもありがたいし」
それから女の子は少し黙る。少し黙ってから、再び口を開く。
「名前・・・・・・名前なんていうんですか?」
少し小さな声でそう言った。
その声がボソボソとしていたので、天馬には聞き取れなかったみたいで、聞きなおす。
「え?」
「名前を」
教えてください。
と、言おうとしたところで、逃げ場所を探していた男が叫んだ。
「おい! こっちに扉あったぞ!」
それを聞いて、逃げ場所を探していた他の人達は、叫んだ男の所へ近寄る。
「本当だ!」
「これでにげられるのか?」
「早く開けてくれ!」
そう男はせかされ、扉に手をかける。
そして、横開きの扉だったので横に開こうとする。
「ぐっ! あ、開かない」
「ちょっとどけ。俺がやる」
と、集まった人全員が扉を開けようとするが開かなかったので、今度は全員で扉に手をかける。
男が言う。
「いくぞ、せーのっ!」
しかしそれでも開かない。びくともしない。
「くそっ!」
そう男は吐き捨て、扉を蹴る。
すると。
ガシャン、と音が扉から鳴り、徐々に開いていく。
「おお、やったぞ!」
「なんだかしらねぇが、これで逃げられる」
と、口々に扉に集まっていた人達が喜ぶ。
そして扉が、人1人は通れるくらい開いたところで、男が真っ先に扉に近づいていって出ようとする。
男が扉をくぐり、ここから出て行った。
瞬間。
その男が、吹っ飛んでまたここに戻ってきてしまった。
男はそのまま10メートルほど吹っ飛ばされ、倒れる。
それと同時に、ここに5人、武装した人が入ってきた。
それを見て天馬は、いや、ここにいる全員は思った。
まずい、と。
そして、武装した人の中の先頭に立ってる男が言う。
「ここから逃げることは許されない。もし逃げようとするなら、容赦なく殺す」
いきなりそんなことを言われ、天馬はすぐにこの事態にどう対処するかさほど良くない頭で考え始める。
すると。
「う、あ、あああああああああああああ!」
叫び声を上げて、扉の前にいた少年が扉に向かって突き進んだ。それに続いて、他の人達も扉に向かって突き進む。
それを武装した5人が、女もいたがお構いなしに全員の腹に拳を叩き込み黙らせる。
全員がその場にうずくまってしまい、動かなくなる。
そのうずくまってる人達を見下ろし、先頭の男が言う。
「お前らはこの状況が理解できてないのか? 次ここから出ようとしたら本当に殺す。お前らが言うことを聞けば手荒なまねはしない。だから」
その言葉の途中で、扉の前でうずくまっている40歳ごろのおじさんが苦痛に顔を歪ませて言った。
「手荒なまねはしないって、もうすでにすでにやってるだろう! 何だここは!? 何で私達はここにいるんだ!? 出せよ! こっから出してくれよぉぉぉぉ!」
その叫び声を遮るように、先頭の男、ではなくその背後にいた男が手に持っていたマシンガンを天井に向かって乱射する。
それでおじさんは黙ってしまう。
そして今度は、先頭の男がマシンガンを、天馬に向けて言った。
「お前が首謀者だな」
そう問われるが、天馬は答えない。
ここからどうやって逃げるかを考えるので精一杯だった。
が、思いつかない。
1つ思いついたが、それは完全に不可能な事だった。
この武装した奴らを倒して、逃げる。
しかしどう考えても普通の、いや、今はとんでもない腕力を持っている高校生だが、それでも天馬1人で武装した5人を相手にするのは無理がある。
歯向かおうとすれば、マシンガンを撃たれて即終了。
それで全てが終わってしまう。
しかしそれ以外思いつかない。天馬の、テストで50点以上取ったことのない頭ではまったく思いつかない。
思いつかないので、天馬は男と会話し、少しでも対策を練る時間を稼ぐことにする。
「そうだよ」
そう答え、そして男に訊く。
「お前らがネビロスとかいう奴らか?」
その天馬の問いに、先頭の男は少しだけ笑みを浮かべて言う。
「そうだ。お前のような悪魔を殺すためだけに作られた対悪魔部隊だ」
そう言われて、天馬はどうやってここから脱出するか考えるのをやめてしまう。そして先頭の男に問う。
「俺の力の事何か知ってるのか!?」
「ああ。教えてやる。お前の体の中には悪魔がいる。その悪魔がお前に力を与えているんだ」
「あ、悪魔?」
悪魔、とそう言われた。
それに天馬はまた男に訊く。焦ったような声で。
「な、なんで俺の中にそんなモノが・・・・・・まさか、さっきの実験で!?」
「ああそうだ。しかしお前のその様子を見ると、まだ自我を保ってるみたいだな」
そこで、先頭の男の後ろにいた男が言う。
「井村隊長、これ以上は」
「わかってる。ちょっと確かめたいことがあってな」
「確かめたいこと?」
「ああ。上の連中は暴走とか言っていたが、こいつに悪魔が宿ってる感じがしなくてな。すこしカマかけてみたんだが、どうやらこいつ今の自分の状況を理解してないみたいだ」
「じゃあ、あの少年には悪魔が宿ってないと?」
「わからん。自我を保ってはいるが、あの拘束具を壊せるとなるとあきらかに何かおかしな力があの少年の中にあるのは確実だな」
「では、少年の精神が悪魔の精神を喰ったのでは?」
「それもわからん。まぁ、そういうのは上の仕事だ。俺らは俺らの仕事をすればいいだけだ」
と、なにやらネビロスの奴らが話しているが、その会話が耳に入ってこなかった。
自分の中に悪魔がいる。それは信じられないが、だったらこの腕力はなんだ? だがもし本当に悪魔が体の中にいるんだとしたら、この腕力の説明もつく。
天馬はそのままその場に膝をついてしまう。
自分は悪魔だと言われてしまって。フードの男達がやっていたという実験に怒りが湧き上がり、あんな奴らは悪魔としか言いようがない思っていた。しかし、それと同じようなモノが自分の中にいると言われ、しかもそれは本当の悪魔らしい。
そう考えると、もうなにもする気が起きない。
が、その何もする気が起きないという絶望の感情が消えさり、また脳から感情が芽生えてくる。
しかしそれは、今までの「助けろ」という感情ではなくて、「目の前の武装した男達を倒せ」というものだった。
そしてその感情が芽生えたとたん、天馬はネビロスの奴らに向かって走り始めていた。