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あなたにネコを飼う資格があるのかについて答えなさい。

作者: 古川アモロ
掲載日:2026/04/21

 




「しっかりするんだ! しっかりするんだ!」



 犬飼ダイスケは、ネコを抱いて商店街を駆けぬける。もう30代も(なか)ばの犬飼だから、500メートルも走ったあたりでフラフラになった。


 だが足を止めている場合ではない。


 今朝、ペットのネコが吐いたのだ。


 ニャーン。

 ニャーン。


 9歳の茶トラ。

 昨日ぜんぜんゴハンを食べなかったので、おかしいと思ったのだ。水しか飲まなかった。なんだか元気もなさそうに見えた。


 なにかおかしいと思い、明日には動物病院に連れて行くつもりだった。


 そしたら翌日。

 つまり今日だが、ネコは吐いた。青天の霹靂(A)である。


 犬飼は驚きのあまり飛び上がり、大あわてでネコを抱いて走りだした。最近、商店街のなかに動物病院が開院したはずだ。

 そこなら家から3キロも離れていない。


 連れて行かねば、病院に連れて行かねば!

 ネコを抱いて走る、走る。



「いま助けてやるからな! いま助けてやるからな!」


 ネコを(はげ)ます犬飼。

 なんとか助けてやりたい一心だった。いや、※錯乱状態だった。大切なネコを失うのではないかと恐怖した。


 ネコはぐったりとしたまま動かない。ただし全力疾走する犬飼の腕のなか、振動でメチャクチャに揺さぶられている。


「ニャッ、ニャンッ」


 切り刻むような鳴き声。

 どうも犬飼の呼びかけに答えるというよりは、振動のせいで自然に声が漏れているだけのようだ。



「着いたぞお! ああ着いたぞお!」


 やっと到着した。

 新しく開業したばかりの動物病院だ。小ぢんまりした居ぬき物件だが、さすがに改装したばかりでキレイな外見である。


 ウィイイン……


 ドガシャン!



「痛え!」


 自動ドアが開くのを待ちきれず、犬飼は体当たりをかます。自動ドアは安全装置によって止まってしまった。


 中途半端に開いたスキマに、ぐいぐい体をぶつけながら院内に押し入る。まるでラグビーだ。腕のなかでネコは圧迫され、またニャンと悲鳴をあげた。



「ネコが吐いたんです! ああ、ネコが吐いたんです!」


 メチャクチャに叫ぶ。


 受付の女性はドン引きしながらも、興奮状態の犬飼をどうにか落ちつかせた。とにかく順番を待つように(うなが)した。


 待合室のイスに、犬飼はようやく腰かける。ゼーゼー、ハーハー、もう息も絶え絶えだ。日ごろの運動不足のせいか、足はガクガクだった。


 クリニックには、すでに先客がいた。

 品のいい老婦人だ。

 

 しかし、彼女は動物を連れていない。たぶん彼女のペットは、今まさに診療中なのだろう。だとすれば、次が犬飼のネコの順番なはずだ。



 ゼーハー!

 ゼーハー!

 ニャーン。

 ニャーン。


 やかましい犬飼とネコ。

 老婦人の視線は、珍しいものを見るかのようだった。


 そこへ。

 

 さっきの受付が、ボードとペンを持ってきた。



「こちらの問診票に記入をお願いします」

「も、問診……だってネコですよ!?」


 おどろく犬飼。

 も、問診票!?


「あ、はい。書いていただきます」

「いえ、吐いたのは私じゃなくてネコなんです!」


「わかってます、大丈夫です。みなさんに書いていただいてますので」

「そ、そんな! 私はネコで手がふさがって書けないんです!」


「キャリーは今日はお持ちじゃありませんか」

「キャリーって? 財布はあります! お金ならありますから、どうかネコを……!」


「あの、バッグです。ネコを入れるカゴはお持ちですよね」

「いいえ! ネコしか持ってきてません!」


「なぜ……じゃあ、どうやってここまで」

「家からネコを抱いてきたんです! ああ、抱いてきたんです!」


「……うちのケージをお貸ししますんで、そちらをご利用ください」

「は、はやく()てやってください。お願いします……!」



 受付の人が、診察用のケージを持ってきてくれた。上下がぱかんと開く、小動物用のカゴだ。犬飼は泣きそうになりながら、ネコを慎重にケージに寝かせた。


 ようやく両手が自由になった犬飼は、いそいで問診票を書き終える。

 そして、ネコの入ったカゴを抱きしめた。


 犬飼には、カゴが小さな監獄のように見えた。まるで虫かご……いや、ネコと自分を分断する鉄格子のように感じた。

 (あわ)れにもネコは、暴れる元気もなくケージに横たわっている。


 ニャーン。



「ああ、ああ……」


 犬飼は心配そうにカゴをなでる。本当ならケージから出して()でてやりたい。だが触れると壊れてしまいそうな我がネコの小さいことよ。


 苦しむネコに、犬飼はただただ無力だった。ただ診察の順番を、ひたすら待つことしかできない。まるで1分が1時間にも感じられた。

 

 できることなら代わってやりたい。

 自分には祈ることしかできない。


 犬飼は無力感でいっぱいだった。なぜ自分は若いころに、獣医師を志さなかったのだろう。もし自分に獣医の資格があれば、自分がネコを診てやれるのに。


 犬飼は、タイムマシンで過去の自分を殺しに行きたい気持ちになった。そして現在の自分も消滅するのだ。

 いやいや。



「心配なさらないで。きっと大丈夫ですよ」

「は、はあ」


 老婦人が、心配そうに声をかけてくれた。たぶん70代くらいの女性は、憔悴(しょうすい)する犬飼をほっとけなかったのだろう。


「かわいらしいネコちゃんだこと。すぐに先生に見てもらえますからね。ここの先生は、こないだまで大きな病院にお勤めだったんですよ」


 女性は犬飼を励ますように、ケージのネコをほめた。それに、病院の先生がたしかな腕だと教えてくれているようだった。

 彼女の親切な言葉に、犬飼もどうやら落ち着きはじめた。


 だが、話が病状のことになったのがマズかった。

 犬飼はまた取り乱した。



「朝に吐いたんです、吐いたんです!」

「よくあることです。うちのネコも、ときどき吐くんですよ」


「お宅でもですか!? うちのネコは、吐くなんてはじめてで……水しか飲んでないのに吐いたんです。まるでマーライオン……!」

「よくあることです、心配いりませんよ」


「ほ、本当ですか……しかし、しかし……!」

「きっと大丈夫ですよ。ほんとに行儀のいいネコちゃんねえ、名前はなんておっしゃるの?」


「犬飼ダイスケです。信用金庫に勤めてます」

「あ、いえ。ちが……ネコちゃんのお名前は?」


「……え? はい?」 

「……ネコちゃんのお名前です」



「名前って、ネコですか?」

「え?」


「え?」

「あの、ネコちゃんのお名前……」


「え? ありませんが……」

「……え?」


「え?」

「え、ちょっと待って。ネコちゃんに名前つけてあげてないんですか? そんなことないわよね?」


「つけてません……え、だってネコですよ? 名前なんかいります?」

「おほほ、面白いご冗談だこと!」


「……え?」

「……冗談でしょ?」


「名前はありません……ネコですし。え、お宅のネコは名前があるんですか?」

「当たり前です! 名前つけない人なんていませんよ!」


「いえ、うちではつけてません」

「じゃああなた、このネコちゃんをなんて呼んでるの!」


「オイ、とか。お前とかですが」

「あなたなに!? 本当にこの子を飼ってるの?」


「飼ってるかって……飼ってます。いやいや、よそのネコなわけないでしょう!」

「愛情は無いの!? ネコちゃんに!」


「バ、バカなことを……! ありますとも、だからこそこうして病院に!」

「じゃあなんで名前つけてないの!」


「名前をつけてなかったらネコを愛してないって言うんですか!」

「愛してるわけないでしょ!」


「愛してます!」

「あなたにネコを飼う資格なんかないわよ!」


 ニャーン。



「お静かに願います! 高杉さん、モモちゃんの検査が終わりましたので、診察室にお願いします」


「す、すいません」

「すいません……」


 ケンカになりそうだった2人だが、そろって受付の女性に怒られる。しゅんとなった老婦人は、(うなが)されるまま診察室へ入っていった。



 待合室に残された犬飼も、さすがに反省していた。動物病院で言い争いなど、大人がすることではない。

 ましてネコの名前などという、わけのわからないテーマの口論など……恥ずかしい。



「どうもありがとうございました」

「お大事になさってください」


 さっきの婦人が、シャムネコの入ったキャリーバッグを持って、診察室から出てきた。ただちに会計をすませ、薬を受け取った。


「モモちゃん、さあ帰りましょうね」



 婦人はわざと聞こえるように、ネコの名前を呼びつつ犬飼の横を通りすぎた。そして早々と去って行った。


 犬飼はモモちゃんどころではない!

 は、はやく順番が来てくれ……はやく呼んでくれ!



「犬飼さん、どうぞ」

「はははははい!」


 名前を呼ばれるや、すさまじい速さで診察室に飛びこむ犬飼。あろうことか、ネコの入ったカゴを持っていない。


 興奮のあまり、床に置いたままだった。

 ネコを忘れて、手ぶらで診察室に入ってしまった。



「朝から吐いたんです! ネコが……あれっ?」


「犬飼さん、ネコネコ!」

「え、ああ! ネコ!」


 受付の女性が、ネコを持ってきてくれた。

 ニャーン。


 ケージから出されたネコが、ただちに診察台に寝かされる。ふつうなら暴れそうなものを、ネコはぐったりしていた。

 ニャーン。

 とりあえず、まだ生きてる。


 診察台をはさみ、若い獣医師が質問してきた。問診票を読みつつ、ネコの腹をやさしくなでる獣医師。

 さすがにプロだけあって、なでるというより触診といった感じだ。



「えっと、朝から吐いたと?」


 彼がこのクリニックの院長にちがいない。若いのに大したものだ。いや、今はそんなことどうでもいい!

 犬飼は、若い獣医に取りすがるように叫んだ。



「朝から吐いたんです! ああ吐いたんです!」

「なるほど、ちょっとお(なか)が張ってますね。下痢はしてましたか」


「朝から吐いたんです!」

「なるほど。えっと、下痢は……」


「よくわかりません! ああわかりません!」

「なるほど、ちょっとお腹の音を聞いてみますね。もしかしたら胃の炎症かもしれません」


「昨日から水しか飲まないんです! 食事をしないんです!」

「なるほど、えっと犬飼さん。まずあの、心音を聞きますんで」


「朝から吐いたんです! マーライオンのように!」

「なるほど、あの犬飼さん。聴診器の音が聞こえないんで。あの……いや、待合室でお待ちください」



 診察室を追いだされる犬飼。

 どうしようどうしようと泣きそうになりながら、ふたたび待合室のイスに座った。


 神に祈った。

 人生ではじめて、犬飼は神に祈った。


 なにとぞ、なにとぞネコをお助け下さい。

 どうか……


 そして10分も経っただろうか。

 犬飼は、受付の女性に名前を呼ばれた。



「犬飼さん、診察室にどうぞ」

「はははははい!」


 すごい速さで犬飼は診察室に飛びこんだ。診察台には、さっきのケージが置かれている。

 そのなかにネコはいた。


 だが。


 だが、その姿はどうだ。



「ネコ! あああ!」

「ニャーニャー」


 ネコはピンピンしていた。

 犬飼を(イ)あざわらうかのように、軽快にケージの中でジャンプしているではないか。どったんばったん。


 自分はもう大丈夫。

 そうアピールしているようだった。



綿(ワタ)ぼこりを飲みこんだことで、吐き気を(ロ)もよおしていたようですね。さっきまた吐いたんですが、ぜんぶ吐き出したみたいです」


 若き獣医師の持つトレーに、ごっそりホコリの(かたまり)が乗っている。なんというか、子どもの握りこぶしくらいの大きさだ。

 こんなものが胃に入ってたら、そりゃ具合も悪くなる。


「先生! ああ先生!」

「胃薬を出しておきますので、朝夕の食後に飲ませてあげてください」


「ああ、ありがとうございます先生! ありがとうございます」

「はいお大事に」


 再三再四(B)、犬飼は礼を言って動物病院をあとにした。来たときと同じように、ネコを抱いてだ。


 元気になったネコ。

 よほど犬飼の腕の中が(ハ)ここちよいのか、ぐっすりと眠っている。まるで※全幅の信頼を寄せているように眠っていた。


 ニャーン。


 時計を見ると、まだ11時にもなっていない。

 あれだけ大さわぎしたというのに、家を出てからまだ2時間も経っていなかった。




  「あなたにネコを飼う資格があるのか」

   

   筆者 古川アモロ





  ※ ※ ※ ※





あなたにネコを飼う資格があるのかの本文を読んで、以下の問題に答えなさい。




問1.

文中の(イ)(ロ)(ハ)を漢字で書きなさい。

(配点 各10点)



(イ) あざわらう  (      )

(ロ) もよおす   (      )

(ハ) ここちよい  (      )




問2.

文中の(A)(B)の読みと、その意味を書きなさい。

(配点 各10点)



(A)青天の霹靂 (              )

        (              )


(B)再三再四  (              )

        (              )




問3.

文中の※の語句の意味を20字以内で説明しなさい。

(配点 各10点)



※錯乱状態

(                     )


※全幅の信頼

(                     )




問4.

犬飼が病院に来たとき、受付の女性はなぜドン引きしたのか。

次の選択肢の中からもっとも適当なものをひとつ選びなさい。

(配点 10点)



ア.犬飼がネコをキャリーに入れずに連れてきたから。

イ.犬飼がネコに名前をつけていなかったから。

ウ.犬飼が受付で叫びはじめたから。

エ.犬飼が自動ドアにぶつかったから。




問5.

なぜ老婦人が犬飼に怒ったのか、下の3語をすべて使って説明しなさい。

(配点 10点)



 ① 一般的  ② 不信感  ③ 見識


(                      )




問6.

文中で、直喩法が用いられている箇所を、2つ抜粋しなさい。

(配点 各5点)



(                      )

(                      )




問7.

作中の描写から、犬飼はどういう人間性の人物だと推察できるか。

次の選択肢の中から、ふさわしくないものをひとつ選びなさい。

(配点 5点)



ア.行動力があり、決して頭がよくないわけではない。

イ.情熱に対して、注意力や一般的常識が追いついていない。

ウ.正義のためなら、社会のルールを破ってもいいと思っている。

エ.非常に錯視的で、結果を考えない行動を取る。




問8.

ネコの飼い主に、犬飼と名付けた作者の意図はなにか。

次の選択肢の中から、ふさわしくないものをひとつ選びなさい。

(配点 5点)



ア.ネコの飼い主が犬飼だというギャップの面白さ。

イ.本文にネコという単語が頻発するため、まぎらわしくないように。

ウ.動物好きの主人公であると印象づけるため。

エ.犬なのかネコなのか? という導入部のつかみ。




問9.

文中から、ネコが犬飼を信頼している様子をあらわすシーンを抜粋し、またその根拠を記述しなさい。

(配点 15点)



(                      )




問10.

文中から、ネコが犬飼を信頼していない様子をあらわすシーンを抜粋し、またその根拠を記述しなさい。

(配点 15点)



(                      )






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イタいぜ!



チャッカマン



チャッカマン



チャッカマン

― 新着の感想 ―
 逆に名前さえつけときゃ、愛してることになるわけでもないですしね。
ーー500メートルも走ったあたりでフラフラになった。 ーーそこなら家から3キロも離れていない。 2キロくらいはフラフラダッシュ……?大丈夫この人?いろんな意味で おや、そういえばなんだか昔、小中高…
最初は本文中に書いてある(イ)や(A)に「これは何だろう?」と訝しんだものでしたが、最後まで読み進めていって膝を打った次第です。 なるほど、これは国語の現代文のテストの問題用紙だったのですか。 猫を入…
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