一匹狼クール系女子と喫茶店に行く
「ここが私のお気に入りの喫茶店」
そう言って神崎さんに紹介された場所は徒歩十分圏内にある商店街の中にあるこぢんまりとした店だ。
〈喫茶カントリー〉
店内はシンプルな内装で余計に派手派手しい感じではなく素朴で落ち着いた感じだ。確かカントリーには田舎っていう意味があったはず。
俺達は一番奥のテーブルに腰を落ち着ける事にした。テーブルは小さく椅子もテーブルを挟んで向かい合うように配置されている。だから必然的に神崎さんとの距離が近くなる。
「……」
「……」
席に着いたのは良いものの、二人とも無言になる。こういう時男である俺が気さくに話し掛けて場を盛り上げるんだろうけど、残念ながら俺にそこまでのスキルはない。どうしたものかと困っていると
「どうもいらっしゃい。来るのが遅れてごめんなさいね」
とニコニコしながら女性の店員が寄ってきた。ふう気まずかったから非常に助かる。
「……ママ、お疲れ様」
神崎さんの言葉に俺はびっくり仰天。まさかこの女性店員が神崎さんのお母さんだったなんて。
「あ、あの神崎さんと同じクラスメイトの影野悟です。宜しくお願いします」
俺は席から立ち上がり神崎さんのお母さんに頭を下げる。
「あらまあそんなに畏まらなくて良いのに。私は神崎薫。燈の母親です」
と柔和な笑みを浮かべながら自己紹介される。俺はその顔をじっくりと眺める。確かに顔立ちがどことなく神崎さんに似ていた。
「ここはね私が開いたお店なの。こぢんまりとしているお店だけどご近所さんには人気でね。土日とかには燈にも手伝って貰ってるのよ」
そう言いながら薫さんは我が娘にたいして慈愛に満ちた目を向ける。その視線を向けられている神崎さんは照れくさそうに俯いている。へえ、神崎さんも照れたりするんだ。学校ではいつも誰も寄りつかせない鉄壁の態度だったからなんか新鮮。
「でもびっくりしたわ。あの燈が男の子を連れてくるなんて」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて薫さんが言うと
「なっ……か、影野はママが思ってるような関係じゃないからっ」
と慌てて否定の言葉を口にするけど最後の方は尻すぼみになっていた。いやそこは最後まで全力で否定して貰いたい。後、今になって思うけど神崎さんって母親の事をママって呼ぶんだな。
「あらそれは残念。でもこれからそう言う関係に……」
「そう言う関係にはなる予定はないからっ。ママ、珈琲とショートケーキ」
「もう照れちゃって可愛いんだから。悟君は何にする? 一応お薦めは今燈が頼んだ珈琲とショートケーキなんだけど」
「なら俺も同じ物をお願いします」
「はい畏まりました」
そう言って薫さんはそそくさと奥の厨房に向かって行った。
「もうママったら」
と頬を膨らませながら言う神崎さん。こういう表情もするんだなと俺が凝視していると、神崎さんが俺の視線に気付き顔だけではなく耳まで真っ赤にして俯く。
「そ、その……」
俯いたまま言い淀む神崎さん。一体彼女は何を俺に伝えたいのだろうか? そんなことを考えながら待つこと数秒。意を決したのか顔を上げる神崎さん。その瞳は凄く真剣味を帯びていた。俺は真面目な話なんだなと思い姿勢を正す。
「……昨日は本当にありがとう」
真面目な表情でそう告げられて拍子抜けしてしまう俺。そして俺はクスッと笑ってしまう。
「な、なんで笑ってるのよ」
「いやだって真面目な顔をされて何を言ってくるのかと思ってたから」
「だからって笑うことないでしょっ」
そう言ってぷいっとそっぽを向く神崎さん。どうやら神崎さんの機嫌を損ねてしまったみたいだ。
「せっかく勇気を振り絞って言ったのに」
「感謝の言葉を言うだけなのに勇気って……」
そこまで勇気の要る事かと俺は呆れてしまう。
「だって私……ママ以外に感謝の言葉を伝えたことが無かったから」
「え、そうなの? 小学校とか中学校で友達とかいなかったの?」
俺はそれを口にしてしまったと思った。神崎さんが俺の言葉を聞いて暗い表情を浮かべたからだ。
「神崎さんもそうだけど人には色々あるもんな。不躾な事を聞いてごめんなさい」
俺はそう告げて頭を下げる。
「別に謝るほどじゃ……」
「いや嫌な思いをさせたんだから謝るのは当然だよ」
俺がそう告げると神崎さんは口元を緩める。
「影野って優しいのね」
「そう?」
別にこれくらいは普通のことなのでは?
「優しいよ。少なくとも私の周りでそうやって言ってくれる人間は居なかったから」
何処か遠くを見るかのような目をする神崎さん。まあ彼女ほどの美人なら昨日のチャラそうな男達含め言い寄ってくる人間は多いだろう。神崎さんも神崎さんなりに苦労してるんだな。
「お待たせ~。こちら珈琲とショートケーキになります」
調理を終えたらしい薫さんが二人分の珈琲とショートケーキをお盆に乗せてこちらへやってくる。そしてテーブルに珈琲とショートケーキを置いていく。
「テーブルに砂糖とミルク置いてあるから苦いのが苦手なら遠慮なく使ってね」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよブラックのままで」
俺は基本的に珈琲はブラックが好きだ。食材飲み物問わずその本来の味を堪能する派なのだ。
「あら、悟君は大人なのねえ~」
にんまりとした顔で薫さんが言う。別に珈琲に砂糖を入れるか入れないかで大人か子供と決まるとは思わないのだが。
「それに比べて燈はねえ」
そう言いながら薫さんが神崎さんを見るので俺も吊られて神崎さんを見る。見れば神崎さんは砂糖を小さじ十杯、ミルクを五個入れている。俺と薫さんの視線に気付いた神崎さんが頬をほんのり赤く染め不服そうな目をして
「……なんか文句ある」
と言ってくる。いや文句なんてないけど、強いて言うならそこまで砂糖とミルクを入れなくても良いのではないか。
「燈は昔から苦いのが駄目でね。その代わり甘い物には目がないの」
「……ママ」
これ以上余計な事を言わないでと言いたそうな目で神崎さんは薫さんを見ていた。
「これ以上言うと拗ねそうね。どうぞ冷めない内に珈琲を飲んでね」
ニッコリとそう言われ俺はカップを手にして口に付ける。
「……美味しい」
凄いこんな珈琲初めてだ。口に広がる苦味。ただ苦いだけじゃなくてコクも感じる。あまりの美味しさに自然と頬が緩む。
「お気に召したようで良かったわ」
「これどこの国の珈琲豆を使ってるんですか?」
「これはねえブラジルのアラビカ種を使ってるの」
「アラビカ種?」
そんな珈琲豆があるのか。
「ええ、世界で一番の珈琲豆と言っても良いんじゃないかしら。まあでもドリップ式のコーヒーメーカーを使ってるから多少味は落ちてるかもだけど」
「いえいえ、十分美味しいです」
こんな苦いだけじゃなくて甘味もあるんだから不味いわけがない。
「嬉しいことを言ってくれるわね。燈が気に入るのも納得だわ」
「……ママぁ」
恨みがましそうに神崎さんが不服そうな声を立てる。と言うか俺神崎さんに気に入られてるのか? 昨日今日知り合ったばかりの人間だぞ。それなのに気に入るってそこまで神崎さんはガードは緩くないだろう。
「ショートケーキも食べてねっ」
不服そうにしている神崎さんを無視してイチゴの乗ったショートケーキを進めてきた。俺は迷わず皿に乗せられたフォークを手にしてショートケーキを縦に切り分け口に入れる。
甘い。生クリークの味が一気に口内に広がった。生地の食感も柔らかくとても味わい深い。
「悟君は甘いのもいける口みたいね」
薫さんが微笑みながら言う。俺は基本美味しければ何でも良いという考えだ。暫く黙々と食べる。あっという間にショートケーキが無くなってしまった。俺は薫さんに身体事向けて合掌し
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
と告げた。それを受けて薫さんが満面の笑みを浮かべる。
「どうもお粗末様でした」
そう言われ俺は苦笑する。飲食店はたまによく行くが店員とここまで仲良く話した事がないので少々戸惑ってしまう。
「悟君。家の燈が迷惑を掛けてたりしてないかしら」
「いや……あ、燈さんは学業でも成績優秀でスポーツ万能で他の生徒からは一目置かれてる思いますよ」
「そう。ちゃんとお友達作れてるのかしら」
「そ、それは」
俺は答えに窮する。普段の彼女は孤独で誰も寄りつかせないように過ごしているからだ。言い淀む俺を見て薫さんは溜め息を吐く。
「やっぱりその調子じゃ友達とか作ってないのね。この子はある出来事があってから無愛想になっちゃったから」
悲しげな表情を浮かべて薫さんが言う。恐らくその事が原因で神崎さんは人を心の底から信頼出来なくなったのだろう。ともあれ俺はそれを深掘りしようとは思わないが。だって俺と神崎さんは昨日初めて話した言うなれば赤の他人で信頼関係など一切築けていないのだ。
俺はカップに残っている珈琲をグイッと飲み込んだ。そしてズボンのポケットから財布を取り出す。
「すいません、お幾らですか?」
と俺が訊ねると薫さんは満面の笑みを浮かべた。
「今日のところはお代は結構よ。燈がお友達を連れてきたんだから」
「いやでもそういう訳には……」
「本当悟君は真面目ねえ。でも今日は良いの。その代わり次来たらその時はちゃんとお金は貰うから」
ニッコリとそう言われ俺は渋々ながら薫さんの言葉に従う。俺は席から立ち上がり薫さんに頭を下げる。そして出入り口の方に歩みを進める。
「……影野」
名前を呼ばれて振り向くと緊張した面持ちの神崎さん。
「また明日ね」
恥ずかしそうに言う神崎さんに俺は笑いながら手を振って店を出たのだった。




