影野にだったら勘違いしてくれても良いのに
今回はヒロイン視点です。
〈神崎燈side〉
「あら~燈。やけに気が入ってるじゃない」
私が厨房で料理に集中している傍らママが揶揄うように言う。
「まあ気合いが入るのも当然ね。なんたって好きな人のために料理作ってるんだから」
「ママ、揶揄わないで気が散る」
私はママを窘める。今私はかなり集中している。それは作る相手が影野だから。せっかく作るんだから美味しいって言ってほしい。
私が作っているのはオムライスだ。オムライスの材料は卵、2個。温かいご飯、茶碗:1杯分。鶏もも肉:1/6枚で1枚約240g相当。玉ねぎは、1/8個。パセリのみじん切り、大さじ1。牛乳は、大さじ1。バターは大さじ1/2。塩は、少々。こしょうも少々。トマトケチャップは大さじ2。サラダ油は小さじ1。
こうしてみるとオムライスだけでもかなりの食材と調味料を使う。でもこれは普段この〈喫茶カントリー〉でも出す品なので私としては作り慣れているから問題ない。
問題はオムライスの固さなんだよね。固すぎるのが好きなのか柔らかめが好きなのか……う~ん、分からない。
私は数秒考えて決心する。こうなったら出たとこ勝負。私は私自身が好きな半熟オムライスにすることに決めた。
一度決めてしまってからはテキパキと食材を切り刻んでいく。そしてボールを用意してそこに卵を割って入れて嗅ぎ混ぜてそこに塩胡椒、牛乳を入れる。
私はフライパンを取り出しサラダ油を入れて熱し、鶏肉を入れて肉の色が変わるまで中火で炒めた。そこに玉ねぎを加えてしんなりするまで炒めて、酒を加えて水分がなくなるまで炒める。
そこにごはん、ケチャップを加え、ほぐすように炒め、器に半量ずつ盛っていく。もうこれだけでチキンライスみたいな物で美味しそう。
その思考を振り切り私は今使ってるフライパンとは別のもう一つのフライパン用意してそのフライパンに半量のバターを入れて熱し、溶けたら半量の卵液を入れて緩めの半熟状になるまで混ぜながら中火で加熱する。この作業が地味に難しくて困る。
そしてラップにを用意して、オムライスの形になるようにラップで形をととのえる。半熟側を下にしたうえでフライパンに戻し入れる。
そして弱火で数秒熱し、下部の卵に火を通してフライパンからすべらせるように取り出してチキンライスの上にのせる。
そして最後にフライパンから皿に盛り付けて縦に切れ目を入れ、チキンライスをおおうようにして左右に広げる。これで私の好きな半熟オムライスの完成。
「ふう。もうお味噌汁やポテトサラダも前もって作ってあるし、これで料理は終わりかな」
私は一通り料理の出来栄えを眺める。食べ盛りの男の子にしては少々量は少ないかも知れないけど、栄養面では問題はないはず。私は壁に掛けられてる時計に目を向ける。時刻は17時40分。今のうちにお味噌汁を温め直さなくちゃ。
私はお味噌汁をコンロで温め直す。お玉でゆっくりかき混ぜながら。影野喜んでくれるかな。もし口に合わなかったらどうしよう……。
「大丈夫よ」
背後からママの声が聞こえて振り返る。きっと私の不安を感じ取ったんだ。
「燈がお店で作ってる料理人気なのよ。それに今回は他でもない悟君の為に愛情込めて作ったんだから」
「でもその影野は私の好意に全然気付いてくれないんだけど」
そう。あんなに勇気を出して影野に話し掛けたりREIMUを交換したりしたのに。影野は一向に私の事を意識してくれない。
「私ってそんなに魅力ないのかな」
「そんなはずないじゃない。燈は私に似て美人よ。そりゃ学校で無愛想で男女問わず人を寄せ付けてないみたいだけど。私や悟君に見せる恥ずかしそうな顔や笑顔なんて可愛いものよ」
染み染みというママ。そして少し間を置き安堵したように微笑む。
「ママね。嬉しかったのよ。……あのせいで誰にも心を開かなくなった燈が友達を、それも男の子を連れて来て。しかもそれが燈の好きな人じゃない。やっと燈は前に進めたんだなって」
「ママ……」
今にも泣き出しそうなママの顔を見て胸が痛む。まだ完全に人を簡単に信じる事が出来ない。でも影野だったら信用できるって思った。なんの見返りも求めずに、それが当然という感じで助けてくれたそんな影野を私は心の底から信じたい。
「でも悟君はなんて言うか燈とは似てるけど根本的なところが違う感じがするのよね」
「根本的なところ?」
ママの疑問を抱く。確かに私と影野はどこか似ている。私は人との間に壁を作ってる。対して影野はずっと目立たないようにひっそりとしている。
「悟君はさ。自分から進んで孤独になろうとしてる感じがするの」
「自分から進んで?」
私が疑問を投げ掛けるとママは頷く。
「でもそれじゃ、なんであんなに優しいの?」
自分から進んで孤独になろうとしてる人間がクラスメイトでもほぼ接点のない私を助けたのはどう考えてもおかしい。
「そこは悟君の奥底にある優しさじゃないかしら。まあ理由は分からないけど、これだけは言える。悟君も燈と一緒で他人には明かせない闇を抱えてる」
あの影野が? でもよくよく考えてみれば影野にはどこか陰を感じる。普段の様子を見ていてもまるで自分の事なんてどうでも良いって考えてるんじゃないかって、そう見えることがある。
「まあだから燈と一緒でいやそれ以上に簡単に心を開かせるのは大変よ」
そう言ってママはポンッと私の肩を優しく叩いて客席の方へ歩いて行く。
影野の抱えてる闇か……。まだ私自身の闇も打ち明けられてないけどお互いいつか打ち明けられたら良いな。
そう思っているとカチャッと扉の開く音が聞こえた。多分影野が来たんだ。
「あら~悟君いらっしゃい。随分格好いい服装と髪型ね」
え、何……影野オシャレしてきてるの?
「今燈が料理を持ってくるからいつもの席に座って待っててね」
そう言ってママは厨房に戻ってくる。
「燈、びっくりしたわ~。悟君って普段前髪で顔を目元まで隠してたけど、ちゃんと髪を分けて目元が見えたら凄いイケメンだったわ」
私はママの高揚した声を聞いて胸が早鐘を鳴らす。ママは滅多に人の容姿の事を口にしない。そのママがここまで言うんだ。早く影野の顔を見たい。
私は手早く装ったお味噌汁と皿に盛り付けた半熟オムライスにポテトサラダをお盆に乗せて影野の居る元まで歩いて行く。そして視界に入った影野の顔を見て私は息が止まる。
影野は下に白いロングTシャツ、その上に青色のジャケットを着ている。そして下は黒のスラックスだ。でも私が息を止めたのはそんな理由じゃない。私が息を止めたのは影野の顔を見たからだ。
センター分けにされた前髪。普段隠れていた目元がくっきりと見えた。
(影野の目って一重なんだ……)
影野の目は一重まぶたの特徴である細めだ。だけど睨み付けるとかそういう感じじゃなくて、どこかクールで奥ゆかしさを感じさせられる。
あっ、両目の端に髪が少しだけ被さってる。なんか色っぽくて良いなあ。しかもそれだけじゃない。スッと通った鼻筋。少し薄めの唇。私は今の影野から目が離せなかった。
「えっと神崎さん」
いつまでもその場に立ち尽くしてる私を困った顔で呼び掛ける影野。それで私はようやく止まっていた呼吸を再開させる。
「やっぱり、こういう格好似合わないよね?」
「全然っそんな事ないからっ」
もう何言ってるのよ。滅茶苦茶似合ってるからね。本当野呂君が言ってたけど、影野がしっかり身なりを整えればそれなりになるって言ってたけど。それなり以上じゃん。
私はお盆に乗った品をテーブルに置いていく。
「でもここまで来る道中、年上の女性に度々声掛けられたんだよね。あれはなんだったのかな? しつこく連絡先を聞き出そうとしてきたし」
それは俗に言う逆ナンだからっ。それはそうよね。年上の女性からしたら年下でしかもイケメンだったら可愛いって思って構いたくもなるわよね。
「わあ、これが神崎さんの料理か美味しそう」
普段目元が隠れていて感情が分かりにくい影野だけど、今の彼の目は私の料理を前にして目を大きく見開き瞳を輝かせていて明らかに売れしそうだ。
「べ、別に大した物じゃないけどっ」
私は恥ずかしくなってつい声を荒げてしまう。そんな私を余所に影野は合掌して
「いただきます」
と言ってスプーンを手に取りオムライスの卵の部分にスプーンを差し込む。
「あ、これ半熟なんだ」
「半熟嫌だった……?」
私が恐る恐る尋ねると影野は満面の笑みで
「ううん。寧ろその逆で半熟オムライス大好きなんだ」
と門面の笑みで言う。私はその満面の笑みを見てドキドキする。だって普段隠れてる目元が露わになった状態で満面の笑みって。そんなの……反則だよ~~っ。
「うん塩胡椒も効いてて食材もなんとも言えない食べ応えだし何より、このとろ~りとした半熟卵が良いね」
ヤバイ。普段口数の少ない影野が凄い喋ってる。それも私の料理を褒めちぎってくる。
「このポテトサラダもホクホクしてて美味しいね。水気も無くて食べやすくて俺凄く好き」
好き……好きっ!? それって料理の事だよねっ。頭では分かってるけど好きな人から好きって言葉にされるだけでこんなにも嬉しくなるものなんだ。
「へえ。この味噌汁大根と油揚げが入ってるんだ」
そう言って影野は大根と油揚げには手を付けず汁をゆっくりと音を立てないように飲む。が、熱かったのかすぐに口を離し何度もふうふうと息を吹きかけて冷ます。
このルックスで猫舌とか……ああ駄目。格好いいのに可愛らしいところがあるのはずるすぎるって。
「うおう。なんかコクと香りが強いね。それによくよく見たら油揚げや大根に隠れてたけど煮干しが入ってるんだ。神崎さん味噌は何を使ってるの?」
「味噌は赤味噌を使ってる」
「へえ。じゃあ出汁は煮干しなんだ。煮干しと赤味噌ってこんなに相性が良いんだな」
影野は一通りの感想を述べ終えると黙々と食べる。影野って綺麗な食べ方をするんだなーとつい見惚れてしまった。
「はい珈琲出来たから持ってきたわよ~」
そう言ってママが奥の厨房から出て来る。丁度影野が私の作った料理を食べ終わったタイミングだ。ママ狙ってこのタイミング出来たのかな?
「はい珈琲。空いた皿は下げるわね」
そう言ってママは空いた皿を手際よく重ねた上で盆に乗せてまた奥の厨房に戻っていく。
「神崎さん」
呼ばれて影野の顔を見ると満面の笑みを浮かべて
「ご馳走様。今まで食べたどの料理よりも一番美味しかった」
「……っ」
影野に満面の笑みでそう言われて胸がギュッと締め付けられる。影野はいちいち言う事が真っ直ぐ。
だから今言った言葉も心の底からそう感じたから出て来たんだと思う。でも今のオシャレした状態の影野が満面の笑みでそんな事を言うなんて……破壊力が半端じゃない。一体何度私、影野にドキドキさせられてるのっ。
「あらあら、なんだか楽しそうね~」
ニコニコしながらママが戻ってきて傍にあった椅子を手に取り影野が座っているテーブルの前に椅子を置いて腰を下ろす。私も影野の前にある椅子に腰を下ろす。瞬間、影野と視線が合い私は顔ごと俯かせる。
「でもびっくりしたわ~。悟君、オシャレをしたらこんなにイケメンになるのね」
「イケメンなんて……冗談はよしてくださいよ」
いやいや影野謙遜してるけど十分イケメンだからねっ。私はチラチラッと影野の顔を見ては逸らしてを繰り返している。
「冗談なんかじゃないわよ。試しに月曜日、服装は制服になっちゃうけど。その髪型で行ってみたら?」
「だ、だめっ」
私は席から立ち上がって否定する。こんな影野を他の人に見られたくない。だって見られたら他の女子が影野の事を意識するに決まってるもん。
「影野がその姿になるのは私とママ……それと野呂君、かな? とっ、とにかくその人達以外には見せちゃだめっ」
影野は困惑した表情を浮かべる。対してママは微笑ましそうに私を見ている。
「ところで悟君」
「はい?」
「燈のこの店の制服姿はどうかしら?」
ママ、ここでそれ聞いちゃうのっ。確かにずっと触れてほしいとは思ってたけど。
影野はジッと私の制服姿を上から下まで見て
「薫さんはエプロン淡い水色なのに神崎さんは淡いピンクなんですね」
「ああそれは悟君を意識して燈が――」
「ママっ、それ以上余計なことは言わないで」
そう、私は普段目立たないブラウンのエプロンを着けている。ただ前に影野が土日に店に来るという話が出たので柄にもなく淡いピンクのエプロンを購入した。営業中はブラウンのエプロンだったけどね。
「うん、神崎さんの銀髪に凄く似合ってると思うよ……あ、この場合そう言うのは違うか」
影野はそう言って慈愛に満ちた笑みで
「可愛いよ。神崎さん」
そう言われて私は固まる。あ、ヤバイ。これが俗に言うキュン死の前兆だ。キュン死なんて言葉馬鹿にしてたけど実際にあるんだ。だって今心臓が破裂しそうなくらい痛いもん。
「ふふふっ。悟君、燈を褒めてくれてありがとうね」
「いや俺なんかに褒められても嬉しくないでしょ」
もう、なんで影野はいつもそう卑屈なのかな。実際嬉しいよ。好きな人にそう言われて嬉しくないなんて有るわけ無いじゃん。
それからはまた他愛ない話をして過ごした。でも大半はママが喋って私が小さい頃の失敗談なんかが多かった。ママ、出来ればその話を影野の前でしないでよ。
「と、もうこんな時間か」
影野がそう言ったので私も時計を見る。時刻は午後八時を指していた。
「そろそろお暇させて貰います。お代は」
「要らない。だって私が影野に作ってあげたくてしたことだから」
「でも」
「要らないったら要らない。ママもそれで良いでしょ?」
「ええそうね。燈がしたくてしたことだものね」
ニコニコしながら言うママ。これ絶対に後でから揶揄って面白がるつもりなんだろうな~。
「それならお言葉に甘えて。後、神崎さん」
呼ばれて私は影野の顔を見つめる。すると苦笑しながら
「俺だったから良かったけどあんまり❤︎や顔文字は使わない方が良いよ。他の男だったから神崎さんみたいな美人からそんなのを送られたら勘違いされちゃうから」
影野はそれだけ言うと頭を下げて店から出て行った。
「……影野にだったら勘違いしてくれても良いのに」
拗ねたように私が言うと
「本当、燈が悟君の事を攻略できる日はいつ来るのかしらね」
と微笑んで面白がりながら言うのであった。




