一匹狼クール系女子、俺と連絡先を交換する
「あら悟君。また来てくれて嬉しいわ~」
神崎さんと一緒に下校した俺は成り行きで〈喫茶カントリー〉に立ち寄ることになった。神崎さんがどうしても来てほしいと何度も言うので仕方なくだ。
「どうも暫くぶりです」
俺は丁寧に頭を下げる。暫くぶりと言っても一ヶ月も経っていないのだが。そんな俺に薫さんはニッコリと微笑む。
「本当に良い子ね。悟君は」
いや良い子って頭を下げて挨拶をするって普通だろう。別に感心されるような事でも何でもない。
「さあさあ、そんな所に立ってないで座って頂戴な」
そう言って薫さんは以前来た時と同じ奥のテーブル席を示す。俺も神崎さんもその指示に従い素直に席に腰を下ろした。
「ところで気になったんだけど悟君、顔が腫れてるみたいだけど。どうかしたの?」
どうやら痛みは引いたみたいだが、腫れは残っていたらしい。
「ママ、それは私のせいなの」
と言って神崎さんは薫さんに事の経緯を伝える。
「まあそんな事が有ったのね」
薫さんは俺を哀れむように見る。
「ごめんなさいね。家の娘が迷惑を掛けて」
「いや迷惑だなんて。そもそも神崎さんは俺を助けてくれました」
そう、彼女があの時現れていなかったら。そして証拠となる映像が無かったら。俺はもっと殴られて酷い目に遭っていたに違いない。
「本当悟君は優しいわね~。燈が気に入るのも頷けるわ」
「マ、ママっ」
薫さんの発言に神崎さんが耳まで真っ赤にして慌てる。俺はその光景を見て微笑ましいなと、つい思ってしまった。
「ちょっと待っててね。今珈琲入れてくるから」
そう言って薫さんは奥の厨房へと向かって行く。
「マ、ママが言ってた事気にしないでね?」
「ん、全然気にしてないよ」
俺が素直にそう告げると神崎さんはしょんぼりといった感じで身体を縮み込ませる。心なしか顔も泣き出す一歩手前のように感じる。
なんでそんな態度を取るんだ? 俺はただ気にしないでと言われたから気にしてないって答えただけなのに。やっぱり乙女心というのはさっぱり理解出来ん。あ、だから俺モテないのか。
「神崎さん」
俺が呼ぶと神崎さんが顔を上げる。瞳が心なしか潤んでいて今にも泣き出しそうだ。
「さっきは助けてくれてありがとう。凄く助かった」
俺はそう言って頭を下げる。そう言えば今の今まで神崎さんに礼を伝えてなかったなと思い至ったのだ。俺が頭を上げると神崎さんは顔を赤く染める。
「別に礼を言われるような事じゃ。でも影野の事を守る事が出来て本当に良かった」
優しい慈愛の満ちた目で神崎さんは言う。俺はその瞳を見てドキッとした。満面の笑みの上で慈愛に満ちた目。こんなのドキドキするに決まってるだろう。いやでも影野悟勘違いをするな。これは神崎さんの善意だ。決して好意ではない。
いや少なくとも神崎さんは俺を友達には思ってるみたいだから、その友達を守れて良かったってそういう意味だろう。
「あら良い雰囲気ね~。お邪魔しちゃったかしら」
薫さんが厨房から出て来てこちらに歩み寄りながら茶化してくる。正直助かった。いや茶化されて良い気分はしないが、これ以上二人きりの状態だったら色々と勘違いしそうだったから本当に良かった。
「ママ、そんなんじゃないからっ」
神崎さんが薫さんに対してプクッと頬を膨らませながら抗議する。
「はいはい、これ珈琲ね」
そう言って薫さんはテーブルに珈琲を置いていく。だが二つではなく三つだ。置き終わると薫さんはすぐ傍のテーブル席から椅子を持ってきて俺と神崎さんのテーブル席の前に置いて腰を下ろす。
「私も悟君の事を気に入っちゃった。だからお話しましょっ」
ニコニコしながら薫さんがそう告げる。神崎さんもそうだけど俺の何処を見て気に入ってるんだ? 全く謎だ。
「ママ、影野は渡さないから」
神崎さんが恨みがましそうな目を薫さんに向けて言う。
「分かってるわよ。でも気になるじゃない? 燈が気に入ってる男の子なんだから」
薫さんは神崎さんの言葉を軽く流す。
「程々に燈が焼き餅を焼かない程度にするわ」
そう言って俺の方に顔を向ける。
「悟君ってどこら辺に住んでるの?」
「ここから電車に乗って一駅超えた上山町ですね」
「あら電車とはいえ意外と近いのね」
まあ実際そんなに遠くはない。電車で通学してはいるが乗ってる時間はほんの五分程度だ。しかも上山町の駅から徒歩三分で家に着く。
「ご家族と一緒なの?」
俺はその質問にチクリと胸が痛む。
「いえ、一人暮らししてますね」
俺は精一杯の笑顔を作って答える。俺の心の内を悟られないように。
「その歳で一人暮らしって凄いわね。料理とかどうしてるの?」
「あー、俺料理出来ないんでコンビニの弁当やスーパーの惣菜で済ましてますね」
「食べ盛りの男の子なのにそれで足りるの?」
俺はその言葉に苦笑する。実際足りないがこちらにも事情がある。だから多少の我慢はしなくちゃ駄目なのだ。
「……影野って一人暮らしなんだ」
ぼーっとしながら神崎さんが呟く。ん? どういう意味で言ったんだ?
「まあ家庭にも様々な形がある物よね~。それにいずれは一人暮らししなきゃ行けないときが来るだろうし、早めに経験させるなんて良い家族じゃない」
俺はまたその言葉にチクリと胸が痛む。良い家族? 冗談じゃない。喉元まで出掛かった言葉を俺は必死に呑み込んで俺は平静を装う。
「でもそれなら悟君。土日とかたまに気が向いたらこの喫茶店に来てくれない?」
唐突の誘いに俺は固まる。どういう意図で薫さんは言ってるんだ?
「だってコンビニ弁当かスーパーの惣菜なんでしょ? それじゃ栄養も偏るし身体に良くないわよ。それに土日は燈も店にいるから。どうかしら、この店の制服とエプロンを着けた燈、見てみたいと思わない?」
ニコニコとしながら薫さんは俺に問い掛ける。確かに薫さんの着ている白いシャツに黒いズボン、そして淡い水色の頭から被って着るタイプのエプロンを着けている。全体的にシンプルに纏まっているが、その淡い水色のエプロンがどこか奥ゆかしさを感じさせる。
薫さんはやはり神崎さんの母親なだけ有って美人だ。だから当然神崎さんもこの店の制服とエプロンを身に着ければ当然似合うこと間違いなしだろう。
「か、影野が嫌じゃないなら来てほしぃ」
神崎さんが顔を真っ赤に染めて言う。最後の辺りは小声になっていて危うく聞き逃す所だった。
「そ、それに影野に体調崩されたりなんかしたら私が困るんだからねっ」
そして顔を俯かせてぷるぷる震えながら言って来た。いや俺が体調を崩したら困るっておかしくないか? 困るのは俺であって神崎さんではない。たまに神崎さんは謎な事を言うよな。
「まあ気が向いたらその内ね」
俺がそう答えた後、神崎さんと薫さんと三人で他愛のない話をした。まあ主に薫さんがどれだけ燈さんの事を大事に思っているのかという感じの話題ばかりだったけど。でも小さい頃の神崎さんの事を知れて少し嬉しくなった。
「と、そろそろ俺帰りますね」
そう言って俺はポケットから財布を取り出そうとする。
「悟君、今回はお代は要らないわ」
「でも前回もタダで頂きましたし」
「影野」
神崎さんに名を呼ばれたので顔を向ける。すると神崎さんは神妙な面持ちで俺を見つめていた。
「今回は私のせいで詰まらない諍いを起こさせちゃったから……今回はそのお詫び」
そこまで真剣に言われてしまっては断るのも失礼だな。俺はそう思いながら首肯する。
「じゃあお言葉に甘えさせて貰います」
俺は神崎さんと薫さんに対して頭を下げる。そして店の出入り口まで行き取っ手に手を掛けたところで
「……待って影野」
と神崎さんに呼び止められる。振り返ると肩が触れそうなくらいの距離まで神崎さんが来ていた。ふわりと甘い香りが鼻腔を擽る。俺は邪な考えに走りそうな自分に内心で喝を入れる。
「……なに?」
俺がそう尋ねると神崎さんは顔を真っ赤にさせ更に身体をモジモジさせる。目もずっと足下を見つめたままだ。
数秒待っていると神崎さんはスカートを両手できゅっと握りしめて俺に目を合わせてきた。
「……REIMU交換、しよ?」
――は?
俺は彼女の発言に頭がショートし掛ける。REIMU――いわゆるSNSで一度他者と友達登録すればいつでもメッセージでやり取りが出来る。勿論通話も可能だ。
一応太一に勧められてアプリはインストールしてはいる。と言っても登録してるのは太一だけで土日にたまに太一から遊びの誘いがメッセージで来るくらいだ。
「……ダメ?」
「……うっ」
上目遣いで見てくる俺を見上げてくる。因みに神崎さんは俺より背が高い。丁度俺の目線に彼女の肩が来るくらいの差がある。だから必然的に神崎さんが腰を落として俺の目線よりも下の位置から見上げる状態となる。
しかも俺が唸ってしまった理由はそれだけじゃない。神崎さんは顔を真っ赤にさせしかも目を潤ませながらジッと懇願するように見つめてくるのだ。
これじゃいくら異性にあまり興味がない俺でも至近距離にしかも美人にそんな顔をされたら誰だって唸りたくもなってしまうに違いない。
「い、良いよ」
俺はどもりながらも頷く。するとつぼみの花が一気に開花したかのように満開の笑みを浮かべる神崎さんがすぐさまスマホを取り出す。俺も神崎さんに倣いスマホを取り出してREIMUのアプリを開きQRコードを開くいて神崎さんに見えるように差し出す。神崎さんはすぐにそのQRコードを読み取った。
そして俺のスマホからピコンッと電子音が鳴り響く。通知をタップするとそれは神崎さんからのREIMUでそこにはクマの可愛らしいイラストに宜しくねと書かれたスタンプが送られてきた。俺は神崎さんのREIMUのIDを友達登録して、スマホから目を上げて神崎さんを見る。
すると神崎さんは顔を笑顔に両手でスマホを握りしめて胸に押し付けていた。まるで大事な物を誰にも奪われないようにするかのように。
「良かったわね~燈。悟君と連絡先交換できて」
生暖かい目で薫さんは神崎さんを見ながら諭すようにゆっくり言う。
「うん」
神崎さんは薫さんの言葉に対して幸せを噛み締めるように頷きながら微笑む。
「じゃあ俺はこれで」
そう言って去ろうとしたら
「影野」
と呼び止められる。まだ何か有るのかと思い俺は振り返る。すると満面の笑みで片手を振りながら
「バイバイ……また明日ね」
と言ってきた。
「うん、また明日」
俺はそう言って喫茶店から出て駅方面へ歩く。そしてさっきまでのやり取りを振り返る。まさか神崎さんからREIMUを交換しようと言われるとは。こんな事をクラス、いや学内の学生達に知られたらかなり厄介なことになるな。俺はこれから先面倒くさいなあと思いながら帰るのであった。




