1 少しずつ
橋本 優子 (はしもと ゆうこ)
田中 三郎 (たなか さぶろう)
蒼は講義が終わった後、少しだけ教室に残っていた。ノートを整理しながら、誰もいない机の間を見渡す。
「柏木くん、ちょっといい?」
背後から柔らかく声をかけられ、振り返ると橋本優子先生が微笑んで立っていた。
「はい、先生。どうしました?」
少し緊張しつつも、自然に答える蒼。
「今日の授業の課題だけど、いくつか補足した方がいいところがあったから、説明しておきたいなと思って」
優子先生はノートを手に、机の横に軽く腰かける。
蒼は少し距離を取りつつも、先生の話を聞きやすいように椅子に座る。
「なるほど、そういうことだったんですね」
「うん、あと、柏木くんの意見も聞きたくて」
先生は微笑みながら、問いかける。
蒼は少し考えてから答える。
「自分でもこういう風にまとめてみたんですけど、こういう方向性で大丈夫でしょうか?」
優子先生はノートを覗き込みながら頷く。
「うん、いい感じだと思うよ。こうやって自分の意見を整理できるのは大事だし」
蒼は少し照れくさそうに、しかし少し嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、先生」
優子先生も微笑み返し、少し距離を縮めるように言葉を添える。
「柏木くん、何か困ったことがあったら遠慮せず相談してね」
蒼が頷き、返事をしようとしたそのとき、ポケットのスマホが震える。
「…あ、ちょっと失礼します」
蒼はスマホを取り出すと、画面には田中三郎の名前が表示されていた。
「もしもし、三郎?」
「おう、蒼!今からちょっと時間ある?急ぎじゃないけど、ゴールデンウィークの予定とか話したくてさ」
「うん、今ちょっと教室にいるから、後ででもいい?」
「そっか、じゃあ後で集合しよう。了解!」
蒼はスマホをポケットに戻し、少し間を置いて優子先生に微笑む。
「すみません、ちょっと連絡が入っちゃいました」
「そう、いいのよ。じゃあまたね、柏木くん」
蒼は少し心が弾むのを感じながら、教室を後にした。
――この日も、少しだけ大学での新しい日常が動き始めていた。




